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本当にSIMカード交換が不要になる? ~コンシューマ向けeSIMの可能性~

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by [2017年4月24日]

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nano SIMカード(右)とSIMカードトレイ(左)
搭載されるべき端末の小型化、あるいは薄型化要求から非常にサイズが小さくなっており、その交換作業は繁雑を極める

一部のタブレットやスマートフォンを含む広義の携帯電話において、最重要部品の1つがSIMカードである事には恐らく多くの方の同意をいただけるのではないかと思います。

物理的には、ごく僅かな容量のフラッシュメモリなどの記憶媒体を特定の寸法・インターフェイス規格で携帯電話本体に接続し、必要に応じて中に書き込まれた契約情報を読み出せるようにしてあるだけのこの小さなメモリカードが無ければ、今の携帯電話では殆どの機種で電話回線網を利用した通話・通信サービスが利用できない※注1訳ですから、これは携帯電話が携帯電話として機能する上で「なくてはならない」部品であると言えます。

 ※注1:過去の携帯電話では、専用のメモリカードを利用せず、チップセットの基本的なプログラムを格納するメモリの一部にSIMカードに書かれているのと同等の書き込んで利用するようになっていた機種があり、この場合はSIMカードは不要です。ただしこの種の機種では契約内容の変更に当たって各端末の機種ごと、あるいはメーカーごとなどに分かれて専用の情報書き込み用機器(ROMライタ)による書き込み作業(俗にこれを「ROM焼き」と呼びました)が必要で、SIMカードの場合のように差し換えて別のキャリア・別のMVNO事業者のサービスを利用することは困難です。

増えてきたSIMカードの使い分け

iPhone 6 Plusで本体右側面のSIMスロットイジェクトピン孔にイジェクトピンを差し込んでSIMカードトレイを引き出した状態非常に細く剛性の高いピンでないと引き出せず、またnano SIMカードは非常に小さくピンセットが無ければまともにSIMカードトレイにセットするのも一苦労という状況である。SIMカードを取り替えて使用する限り、こうした苦労がなくなることは無い

iPhone 6 Plusで本体右側面のSIMスロットイジェクトピン孔にイジェクトピンを差し込んでSIMカードトレイを引き出した状態
非常に細く剛性の高いピンでないと引き出せず、またnano SIMカードは非常に小さくピンセットが無ければまともにSIMカードトレイにセットするのも一苦労という状況である。SIMカードを取り替えて使用する限り、こうした苦労がなくなることは無い

一方、最近のスマートフォンで流行しつつあるデュアルSIMカード搭載対応機種で、MVNO事業者などによる異なったサービスに対応するSIMカードを使い分ける、あるいは通常の機種でも海外旅行時に現地で買ったプリペイドタイプのSIMカードに交換して利用するなどといった形で、この「なくてはならない」SIMカードを必要に応じて交換し利用する状況が近年増えてきています。

これはそれだけ通信市場の自由化・回線の開放が進んで通信回線の選択肢が増え、かつてのガラケー時代のように大手キャリアと契約した1枚のSIMカードを挿しておけばそれで万全、といった状況ではなくなった※注2ことを示すものです。

 ※注2:事実、筆者の周囲でも最近になって既存の大手キャリアとの回線利用契約を終了し、MVNO事業者の提供するサービスに乗り換えるケースが増えてきており、総務省の推進する通信自由化が広がってきていることが実感できます。

nano SIMカードの裏面接点部小さなカード面積で確実に端子が接触できるよう、パターン分割について工夫が凝らされ、耐久性を向上させている

nano SIMカードの裏面接点部
小さなカード面積で確実に端子が接触できるよう、パターン分割について工夫が凝らされ、耐久性を向上させている

SIMカード自体の耐久性はそれなりに高いものの、この小さなカードを何枚も入れ替えて使うにあたっては通常頻繁な開閉を想定していないスマートフォン側のSIMカードトレイを繰り返し開閉することになるため、交換中にカードを紛失するリスクがありますし、ことによるとトレイを紛失して代品のトレイを入手するまで一切通信も通話も出来なくなってしまう恐れもあります。

また、本当に僅かなデータ量しかない加入者情報や電話番号などを保存しておくためだけに小容量のメモリチップを使用し、しかも専用のカードリーダーを搭載するというのは、スマートフォンの生産コスト削減の観点では褒められた話ではありませんし、SIMカードトレイ周辺の防水防塵対策やカードリーダー部そのもののコスト、それに筐体薄型化への対応などを考えると、現在のスマートフォンなどではこのデバイスを搭載するため、かなり大きな犠牲を強いられていると言えます。

更に言えば、SIMカードはキャリアごとに専用となるため、端末メーカーでの端末生産時に同じ機種でキャリアごとに個別の対応が必要となり、それも生産コスト増大につながっています。

このあたり、SIMカード1枚に複数のキャリア・MVNO事業者などのサービスの加入者情報や電話番号などの各種情報を一括して保存できるような仕様になっていれば、またオンラインで契約を結ぶと自動でその1枚のSIMカードに保存されている各種契約などの情報が更新できる様になっていれば話が簡単なのですが、これまで一般向けにはそうした便利な仕様のSIMカードは存在しませんでした。

これは、情報の読み出しはともかく書き込みを稼働中の、その契約を利用する端末で可能とした場合、ウィルスやマルウェアなどによるサイバー攻撃で勝手に書き換えられたりする可能性があることなど、さまざまなリスクが存在していることが一因でした。

実際、いかなるウィルスやマルウェアであろうと、そもそも物理的に読み取りしかできない=書き込みのできない専用リーダーに接続されているSIMカードをソフトウェア的な手段で改変することは理屈上できませんから、端末そのものの固有性を保証するセキュリティとしてはこれは最強の対策であると言えます。

しかし、ショップのSIMリーダ/ライタを使用しなければSIMカードそのもののデータ書き換えができないことは、こうしたセキュリティ面での大きな利点がある一方で、ここまで触れてきたとおり使い勝手の面では様々な問題を抱えています。

NTTドコモによるM2M機器向けeSIMカード発表時のプレスリリース車両や建設機械などで出荷先ごとに異なるSIMカードを用意・搭載して対処していたものが、同じeSIMカード搭載で出荷し、後からその契約者情報などのプロファイルを遠隔で書き換えられるようになることのもたらす効果は非常に大きい

NTTドコモによるM2M機器向けeSIMカード発表時のプレスリリース
車両や建設機械などで出荷先ごとに異なるSIMカードを用意・搭載して対処していたものが、同じeSIMカード搭載で出荷し、後からその契約者情報などのプロファイルを遠隔で書き換えられるようになることのもたらす効果は非常に大きい

そのため、特にワールドワイドで出荷・販売される車両や建設機械など遠隔操作時にSIMカードを利用した通信機能(M2M:Machine to MachineあるいはMachine to Management)が必要で、しかもその通信機器の取り付け位置の関係でSIMカードの交換が難しい機器用としてネットワーク経由の遠隔操作でSIMカード内容を書き換え可能とした規格の制定が求められました。

これはeSIM(Embedded Subscriber Identity Module:組み込み用契約者特定モジュール)として既に規格化されていて、日本国内でもNTTドコモが「docomo M2Mプラットフォーム」の一環として2014年から法人向けにeSIMを提供開始しています。

個人向けeSIMサービスの問題

それなら何故個人向けにもこのサービスを開始してくれないんだという話になるのですが、個人でのeSIM利用にあたっては1つ重大な問題があります。

それはeSIM利用の場合、ほぼ全ての手続きをオンラインで完結させられて便利な反面、窓口での手続き・確認が主体の現行SIMカードの手続きの場合と比較してどうしても本人確認※注3が難しくなる傾向があって、不正利用の危険性を考えると音声通話可能契約・端末での契約にリスクがあることです。

 ※注3:現在のSIMカードの場合はいわゆる振り込め詐欺に利用されるといった犯罪での不正利用防止対策の必要から、音声通話可能なSIMカードについては「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律」第三・五・九条の規定から本人性確認のため契約時に必ず運転免許証などの本人確認書類を提示する必要があって、更に身分詐称などで本人確認できない契約は後から強制解約できるようになっています。こうした事情から、音声通話可能なSIMカードについてはネット経由でのMVNO事業者などとの契約の場合でも本人確認書類をスキャンあるいは撮影した画像をアップロード提出する制度になっていますが、本人確認書類を直接確認する場合と比較して身分詐称・書類偽造のリスクはどうしても大きくなってしまいがちです。

実際、2017年2月にNTTドコモが「eSIMプラットホーム」と称して一般向けのeSIM提供サービス開始を発表した際に、これで通話可能なSIMもeSIM化が実現するのか、と思ったらこの問題を回避する必要から、音声通話可能なスマートフォンでのeSIM提供は行わず、2台目以降の追加契約となる音声通話機能を持たないタブレット機などについてのみeSIM提供を行うことが示されていてがっかりしたことでありました。

このNTTドコモの「eSIMプラットホーム」は世界的なモバイル通信業界団体であるGSMA(GSM Association)が策定した「Remote SIM Provisioning Version2.0」という遠隔操作によりSIMカードの内容を書き換えるための標準仕様に準拠していて、それはSIMカードのeSIM化、つまり契約者情報などのプロファイルを遠隔で書き換えることを認める様、キャリアなどへ向けられる圧力の高まりが世界的な潮流となりつつあることを示しています。

にもかかわらず、音声通話可能SIMおよび通話可能端末でのeSIM対応を、この標準仕様の策定に長く関与していてその実態をよく知るNTTドコモが回避したということは、何か余程上手い回避策を見出すか、さもなくば本人確認義務の根拠法となっている「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律」を改正しeSIMを音声通話で利用する際の規定を行うかしない限り、その対応実現が非常に難しいことが判ります。

LG電子 LG Watch Urbane 2nd Editionnano SIMカードを搭載し3G/LTE通信通話がスタンドアロンで可能なスマートウォッチの1つ

LG電子 LG Watch Urbane 2nd Edition
nano SIMカードを搭載し3G/LTE通信通話がスタンドアロンで可能なスマートウォッチの1つ

今考えてみれば、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスで、あってもおかしくなかった筈の直接通信通話可能な、つまりスマートフォン無しでスタンドアロンで利用可能な機種がこれまでほとんど存在しない※注4のも、これまでeSIMのような手段が音声通話について認められていないためウェアラブルデバイス本体へSIMカードスロットを搭載しnano SIMカードなどをそこへ挿入できるようにする他なく、それが原因でただでさえかさばるスマートウォッチ本体の大型化につながるのを忌避したことが一因としてあったのだと思います。

 ※注4:例外的にLG電子の「LG Watch Urbane 2nd Edition」がSIMカードを搭載し3G/LTE通信に対応していた位です。ただし、この機種は日本では技術基準適合証明、つまりいわゆる技適に合格しておらず、そもそも使用できません。なお「通話が可能」なスマートウォッチ自体は他にも幾つかありますが、それらは基本的に「母艦」となるスマートフォンとの間でBluetoothにより音声をやりとりして「通話」を中継する仕組みとなっています。

正直な所を言ってしまうと、あれほど鳴り物入りで登場した各社のスマートウォッチがその後市場であまりぱっとしないのは、こうした部分で使い勝手を改善しまた小型軽量化するための努力が法律に妨げられてしまっている部分が大きいのではないでしょうか。

恐らく、現行の法制度下でスタンドアロンで通話可能な、eSIM搭載のスマートウォッチがワールドワイドで発売されたとしても、少なくともNTTドコモの「eSIMプラットホーム」で利用する前提での日本市場発売は、この「携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律」に引っかかる可能性が高く難しいでしょう。

また、デュアルSIMスロットの代用として複数プロファイルを記録し同時に利用可能とする理由での、eSIMのスマートフォンへの搭載、つまり利便性の観点ではスマートウォッチなどよりも格段にも必要性の高い用途でのeSIM利用についても、当然に先に触れた法制度の制約が引っかかるため、難しいでしょう。

DSDS対応を紹介するオンキヨー DP-CMX1製品紹介ページ2枚のSIMを載せたSIMトレイ(左)がmicroSDスロットと独立して用意されている。ただし、この構造故にmicroSDの入れ替え、着脱の際にはSIMトレイを引き抜かねばならない。これもまた、SIMカード規格制定時点では想定しなかったハードウェア構成と言える

DSDS対応を紹介するオンキヨー DP-CMX1製品紹介ページ
2枚のSIMを載せたSIMトレイ(左)がmicroSDスロットと独立して用意されている。ただし、この構造故にmicroSDの入れ替え、着脱の際にはSIMトレイを引き抜かねばならない。これもまた、SIMカード規格制定時点では想定しなかったハードウェア構成と言える

このあたりの必要な用途に対して法制度が適切に対応できない問題は、技術が進歩しこれまで想定していなかった用法が現れたために起きているもの※注5です。

 ※注5:SIMカードが最初に規格制定された時点では、複数の通信事業者による回線契約情報を頻繁に入れ替えて端末を利用するという利用状況は全くと言って良いほど想定されていませんでした。

もちろん、だからといって現行の法制度を安易に改正し本人確認の条件を緩くしてしまうというのも考え物ですし、DSDS対応のスマートフォンなどで場当たり的にeSIMを複数搭載して対策するというのも、ハードウェア設計的には何か間違っている気がします。

そもそも、振り込め詐欺をはじめ携帯電話を不正に持ちいた犯罪行為が頻発したことが、先に挙げた法律の立法のきっかけであったことを考えれば、その犯罪抑止力を削ぐような法改正は行うべきではありません。

そのため、何かよほど上手い仕組みを作って法改正を行わねばeSIMの音声通話サービス・対応端末への適用は難しいのですが、eSIMによってソフトウェア的な契約情報の書き換えが可能となる先には、SIMカードそのものの仮想化、つまり現在SIMカードに記録されている回線契約情報や電話番号などの情報をスマートフォンなどのプラットホームのストレージに隔離して記録し、これをオンメモリでチップセット経由であたかも本物のSIMカードが接続されているように振る舞わせることで代替する仕組みへの移行が視野に入ってきます。

法改正によってeSIMを音声通話サービス・端末で利用出来るようにするにあたっては、こうしたSIMの仮想化も当然想定・配慮せねばなりません。

ただ、仮想SIMの場合はSIMカードの内容を参照しあるいは書き込みを行うソフトウェア側からすればeSIMと基本的に同じ挙動を示すことになる※注6ため、eSIMに対応するための法改正は仮想SIMの場合も恐らくそのまま利用出来るのではないでしょうか。

 ※注6:仮想化=エミュレーションでソフトウェア的にターゲットデバイスと同じ挙動となるのが当然です。

いずれにせよ、eSIMを音声通話可能な端末で利用可能なよう、あるいはSIMの仮想化を音声通話可能端末で行える様にするためには関連する法律や通達などの改正が必要なのはほぼ確実と考えられ、そのためにはまず周知を尽くして制度を整備するための充分な議論の必要があるでしょう。

▼参考リンク
報道発表資料 : M2M機器向けeSIMの提供を開始 | お知らせ | NTTドコモ
報道発表資料 : コンシューマ機器向け「eSIMプラットフォーム」を開発 | お知らせ | NTTドコモ
LG Smart Watch Urbane 2nd Edition – Verizon LTE Compatible (W200V) | LG USA
Remote SIM Provisioning for M2M | Connected Living
携帯音声通信事業者による契約者等の本人確認等及び携帯音声通信役務の不正な利用の防止に関する法律
総務省|携帯電話の犯罪利用の防止
総務省|携帯電話の犯罪利用の防止|関係資料
契約時の本人確認について |一般社団法人 電気通信事業者協会(TCA)

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