AMD Ryzenプロセッサ製品紹介ページページ名を“New Horizon”(新たな地平)とだけ簡潔に記しており、並々ならぬ意欲と自信を示す

VRへの対応に必要な最後のピース ~AMD Ryzenプロセッサを見る~ 前編

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

by [2017年3月06日]

AMD Ryzenプロセッサ製品紹介ページページ名を“New Horizon”(新たな地平)とだけ簡潔に記しており、並々ならぬ意欲と自信を示す

AMD Ryzenプロセッサ製品紹介ページ
ページ名を“New Horizon”(新たな地平)とだけ簡潔に記しており、並々ならぬ意欲と自信を示す

昨年春、とあるVR関係のイベントで日本AMDの広報担当氏にインタビューをさせていただいた際に、筆者は一つ質問をしました。

「AMDはVRに熱心でRADEONシリーズとしてVRに適したGPUを製品化しているが、どうしてもう一つの重要な事業であるCPUで、Oculus RiftやHTC ViveなどのVRデバイスが要求する性能を充分満たした製品を出さないのか?」と。

この、ある意味大変に意地の悪い質問に対し、その時の広報担当氏は(余程似た様な質問を受けていたのか)苦笑すると、簡潔にこうコメントしました。

曰く、「Zen(コード名)をお待ちいただければ」と。

その時はまだ、コード名Zen、後にRyzenという製品名を与えられることになるそのプロセッサについての詳細情報は全くと言って良いほど公表されておらず、AMDがこれまで開発してきたプロセッサの改良発展型と共にひっそりとロードマップの片隅に記されたその名を見て「これは一体いかなる立ち位置のプロセッサなのだろうか?」と不思議に思う程度の扱いでした。

実のところAMDは丁度その頃、自社開発のx86系CPUについては市場で、かろうじてMicrosoft Xbox Oneやソニー・コンピュータエンタテインメント(現ソニー・インタラクティブエンタテインメント)のPlayStation 4といった据え置き型ゲーム機にCPUコアとRADEONシリーズに属する高性能GPUを一体化したAPUと呼ばれるプロセッサが採用されているような状況でした。

一時はx86系プロセッサの64ビット拡張アーキテクチャの標準を巡って本家たるIntel製品と争い、結果的にマイクロソフトの強い支持を受けてその勝者となるなど、積極的に製品開発を進めていたAMDのx86系CPUですが、Bulldozerコアと呼ばれる新規開発CPUコアでその開発の方向性が迷走し始め、充分な性能が得られなくなって以降、およそパーソナルユースでパソコンを使用するユーザーを満足させられないような製品しか出せなくなった結果、すっかり見る影も無くなってしまっていました。

代を重ねるごとに改良が繰り返されて性能も向上してきたCore iプロセッサと比較されたこともあって、当時のAMD製メインストリーム向けプロセッサであったFXシリーズは「8コアを謳うのは結構だが、むやみに発熱が大きくてその割にシングルスレッドでの性能が出ない」などと酷評を受けていたことは記憶に新しいところです。

しかし、長年のAMD製品愛用者である筆者でさえ不安に思った「Zen」が、このほど「Ryzen」という製品名を与えられた上で発売されることと、その試作プロセッサが同程度のグレードのIntel製Core iプロセッサに対抗するどころか、それらを凌駕するほどの驚くべき高性能を発揮することが明らかになりました。

今回はその「Ryzen」と、これまでのAMD製プロセッサについて考えてみたいと思います。

Ryzenとはどんなプロセッサなのか

Ryzenは14nm FinFETプロセスルールで製造され、2チャネルのDDR4メモリをサポートし、1プロセッサあたり8基のCPUコアを搭載し同時マルチスレッディング機能(Simultaneous Multithreading:SMT)により1基あたり2スレッド動作、つまり8コア16スレッドで動作するAMD64命令セット対応プロセッサです。

これだけ書くと何のことかよく判らない部分がありますが、要はこれまでのAMDプロセッサの設計を捨て、最新の半導体製造プロセスを利用し、IntelのCore iプロセッサに近いアーキテクチャとしてフルスクラッチでゼロから新規設計・再設計されたプロセッサだということです。

このRyzenで最初に発売される製品としては、以下の3モデルが提供されます。

  1. Ryzen 7 モデル1800X
  2. Ryzen 7 モデル1700X
  3. Ryzen 7 モデル1700

これらは基本的には同じアーキテクチャで、定格・ターボクロックでの動作周波数の高低と、新しいインテリジェントな自動オーバークロック機能であるXFR(eXtended Frequency Range:拡張周波数領域)の有無(モデル名末尾XありがXFRあり)で区分されています。このXFRというのはCPUクーラーの状態などを自動的にチェックして、空冷、水冷などその冷却性能に合わせて通常のターボクロック以上のオーバークロック動作を可能にする技術です。

また、「7」という数字がCPUの機種名のサフィックスとして導入されていることから、多分にCore iプロセッサを意識したグレード区分が行われている事が見て取れます。今後は恐らくCore iプロセッサと同様にGPUを内蔵する、コア数を削減する、あるいはスレッド拡張機能を無効化するなどの手法によってRyzen 5やRyzen 3といったグレードのモデルが登場することになるのでしょう。

事前に発表された価格は日本では上から順に59,800円、46,800円、38,800円(いずれも税抜)とのことで、モデル1700と1700Xの価格差からXFRには8,000円のプレミアがついていることになります。

これら、ことにRyzen 7 1800Xは約12万円弱で販売されているIntelのCore i7-6900Kを上回るほどの性能を叩き出しているとの、耳を疑いたくなるようなリーク情報が出回っていて、このため「ひょっとして話半分としてもこの石はかなり性能が良いのでは無いか?」とこれまで何度もAMD製プロセッサに泣かされた長年のAMD信者たちでさえその性能について半信半疑になりつつも希望を抱くような大変不安定な状況でした。

それを、その高性能を半ば確信に変えたのが、2月後半になってからのアメリカでのCPUを扱っている小売店による唐突な、そしてあまりに露骨な形でのIntel製プロセッサの大幅プライスダウンでした。

皮肉なことなのですが、歴史的に常にx86系プロセッサの「本家」であったIntel製プロセッサとの比較でその性能を評価されてきたAMD製プロセッサは、その「本家」であるIntelのプロセッサの価格に与えた影響という相対的な形での指標こそが、もっとも正直・正確かつ客観的な市場・ユーザーの性能評価指標となってきたという悲しい歴史があります。

分かりやすく言ってしまうと、AMDのプロセッサが発売される直前にIntelが自社製品の大幅値下げを断行するか、さもなくば(在庫処分のために)小売店や代理店がそうすることを容認するような状況になったとすれば、それはAMDの新プロセッサの性能が高い≒Intelがその時点で販売している製品そしてその価格設定では競争力が維持できないと判断された、ということなのです。

実際、ここ数年の例で言うとAMDがいくら新プロセッサを発表してもIntelはそれこそ相手にもしないような有様で、全くと言って良いほど脅威と見なされていなかったのですから、今回の発売直前大幅値下げは異常事態です。

過去の例で言うと、AMD最初の躍進となった初代Athlonプロセッサ(K7プロセッサ)の発売時や、それに続く初代Opteronプロセッサ(K8プロセッサ)の発売時などには、Intelは決まって大幅値下げかより魅力的に見える対抗製品の発表をぶつけてきており、そもそもIntelが競合メーカーの製品発表に反応すること自体が、同社の競合製品の性能に対する正直な評価となっていたと言えるのです。

筆者が覚えている範囲でも、AMDにとって最も重要な新プロセッサであったK8プロセッサの登場時には、それこそ製品が出るかなり前からこれに対抗する意図が見え見えの新プロセッサを出してきていて、AMDがチップ製造上の問題からK8プロセッサ製品の発売スケジュールが遅延することを発表する度にそうした施策の実施スケジュールを遅らせるなど、相当切羽詰まった危機意識をもってIntelがことに臨んでいることをうかがわせる兆候が何度も出ていたものでした。

AMD Opteron 2752005年に発売された、第2世代Opteronの1モデル(K8 rev.E)で、CPUコアを2基内蔵するデュアルコアCPUである。この世代のOpteronの登場はIntelのサーバ・WS用プロセッサ市場でのシェアやその後のXeonの開発方針に大きな影響を与えた

AMD Opteron 275
2005年に発売された、第2世代Opteronの1モデル(K8 rev.E)で、CPUコアを2基内蔵するデュアルコアCPUである。この世代のOpteronの登場はIntelのサーバ・WS用プロセッサ市場でのシェアやその後のXeonの開発方針に大きな影響を与えた

ちなみにそうして実際に発売されたK8プロセッサ、サーバやワークステーション向けはOpteron、デスクトップパソコン向けはAthlon 64と命名されたそれらのプロセッサは、製造上の問題から供給不足になったりしてビジネスチャンスをやや逸したのですが、それでもIntelがこれらにぶつけてきた新製品※注1と比較すると目に見えて低消費電力かつ低発熱量でより高い性能を発揮しており、つまりIntelが焦ってそうした行動に出る=競合であるAMDの製品が脅威と判断しているという推測が概ね正しかったことが確認できたものでした。

 ※注1:例えばPrestonia-1MあるいはPrestonia-2Mとして知られる、3次キャッシュを1メガバイトあるいは2メガバイト搭載して当時のXeonプロセッサの弱点であったメインメモリアクセス性能の低さを隠蔽する設計のXeon。具体的にはXeon 3.20 GHz(2M Cache 533 MHz FSBモデル)など。筆者はこのタイプのXeonを搭載したマシンと、これに競合したOpteron 252搭載のマシンを共に持っていて長期比較を行ってみたことがあるのですが、同じ作業をさせた場合のあまりの消費電力の差に愕然とした記憶があります。

実のところ、その頃のIntelは前世代のK6~K7対Pentium III~Pentium 4の競争の過程で市場での勝利をもたらしたNetBurstアーキテクチャ※注2の成功とそれに続く発熱過大による失敗に、それに64ビットCPUとしてアーキテクチャの全く異なる、既存の32ビットコードで書かれたアプリで全く性能の出ないIteniumの開発を推進するという方針によって一種の自縄自縛状態になってしまっていたのですが、その結果、スケーラビリティに優れしかも32ビットコードでも64ビットコードでも同じように性能も良かったOpteronによってIntelにとって金城湯池だったサーバ・ワークステーション市場でのシェアを大きく落とす結果になってしまった※注3のです。

 ※注2:とにかくパイプラインを超多段化してプロセッサ内での処理を細分化し、これによって通常よりも高いクロック周波数でプロセッサを動作させることでより高い性能の発揮を狙ったアーキテクチャ。従来よりも高いクロック周波数で動作する点でマーケティング上は大変大きな効果があったのですが、その反面当時の半導体製造プロセス技術では予測できなかったリーク電流問題(チップの基板部から電流が漏洩し、プロセッサの動作に必要なそれよりも過大な電力を消費し高発熱となってしまう問題)を露呈させ、しかも当時の条件分岐命令の予測精度では充分なパイプライン充填効率が得られず「すかすかのパイプラインを無駄に空回りさせているだけ」の状態となってその高いクロック周波数故に期待される性能が全く出なかったことや、高クロック周波数故の大消費電力=高発熱に悩まされるなど、様々な問題を抱えていました。
 ※注3:当時PCサーバを手がけていた大手メーカー各社は例外なくIntelのXeonやIteniumといったプロセッサを採用していたのですが、Opteronの登場後はヒューレット・パッカードやIBMがまずOpteron搭載製品を出し、さらには当時Intelと蜜月関係にあると言われていたDellまでもがAMD製プロセッサの採用に踏み切るなど、一時はOpteronプロセッサがこの分野で大きなシェアを獲得し、文字通りIntelのシェアを蚕食しました。

こうした歴史的経緯を知っているので、筆者のような長年のAMD製品支持者※注4でありまたAMDウォッチャーは、Ryzen(Zen)のベンチマークテスト実行結果のリーク情報が出てもそれほど重要視せず、むしろそうしたAMDの動きに対してIntelがどのような反応を示すかでRyzenの性能評価を試みるという、ある意味大変にAMDに対して失礼なことをやっていたのでありました。

 ※注4:筆者の場合、Windows 95登場前の頃に発売されたAMD-X5-133ADZ(Am5x86-P75)というCPUとそれに装着する電圧変換アダプタを用いて当時の自分の愛機であったパソコンに搭載されていたIntel 486DX2を換装したりしていたので、近年のGPU製品も含め、もう四半世紀ほどもAMDに貢いできたことになります。

それだけに、今回のRyzen 7発売直前になってからの土壇場での大幅製品価格値下げの報を聞いた筆者は、「この反応なら(IntelのCore iシリーズに)勝てるだけの性能が十分出ているに違いない!」という確信を抱くと共に、そんなことになってしまった≒ずっとトップシェアに安住し安穏として製品の充分な性能向上を怠ってきた(と考えられる)Intelに対する苦笑を禁じ得なかった※注5のでした。

 ※注5:まぁ、それはそれとしても、上位機種で最大300ドルのプライスダウンの報には「Intel、一体どれだけユーザーからぼったくってきたんだよ」と呆れずにはいられなかったのですが。Oculus RiftやHTC Viveを接続して動作させるパソコンではGPUもそうですが、特にCPUについて恐ろしく高いスペックを要求してきて、それ故にそのパソコンの価格に占めるCPUの価格のあまりの高さに頭を抱えてきました。それだけに、このRyzen登場に伴うVRデバイス対応パソコンの価格の大幅低下には、大きな期待をよせずにはいられません。

何にせよ、このタイミングで自社製品の大幅値下げを仕掛け、さらに市場投入が予定されていた製品のスペックアップを検討するなどといった、まるで掌を返したように精力的なIntelの販売施策実施を見ると、つくづく競争による市場経済の活性化の重要性を思わずにはいられません。

Ryzenは何故そこまで性能を上げられたのか

ここまで来るともう、Ryzen 7の高性能は疑う余地が殆ど無さそうです。

となると、気になるのはそのRyzen 7(コードネーム “Summit Ridge” )が一体どのようにして性能向上を実現したのかです。

こと半導体の開発製造にあたっては、突然性能を引き上げる魔法や呪いの類は存在しません。

遅いプロセッサには遅い理由が、速いプロセッサには速い理由がそれぞれあって、それは常に物理法則によって上限が規定されるのです。

実のところを言えば、Ryzenの高性能には一つ納得できる要素があります。

それは、このRyzen(Zen)の開発が開始された2012年夏にAMDへ1人の天才エンジニアが復帰し、その彼がZenの開発に関わったことです。

その人物の名はジム・ケラー。

元々はデジタル・イクイップメント・コーポレーション(Digital Equipment Corporation:DEC)という今となっては伝説的色彩を帯びて語られる事の多いコンピュータメーカーで、当時「世界最速のマイクロプロセッサ」と謳われたAlphaシリーズ※注6と呼ばれる64ビットRISCプロセッサの開発に携わり、そのDECが経営難から解体され、部門ごとに売却される過程でIntelではなくAMDに移籍した人物です。

 ※注6:この「世界最速」は単なるセールストークではなく、あのギネスブックにも掲載されたほどの、掛け値無し、文句なしの最速ぶりでした。

彼は最初のAMD時代にその開発経験を生かしてAMD K7(Athlon)プロセッサにAlphaで培った技術を導入、更にその後、K8プロセッサの開発にも参加してAMD64として知られる64ビット命令セットの制定に関与し、同プロセッサを成功に導いた、言わばAMDにとって「対Intelで充分な競争力を備えたCPU開発の成功請負人」的な経歴の持ち主です。

ちなみに、彼はK8プロセッサの開発が終わったところでAMDを退社、P.A.SemiというARM系CPUを手がける会社に移籍しました。

このP.A.Semiはあのスティーブ・ジョブズ氏が率いていた当時のアップルが買収、そのままメンバーはAppleが当時開発していたA4・A5プロセッサ、すなわちiPhone 4・4s用プロセッサの開発に携わったと言います。

つまり、このジム・ケラー氏は在籍した各社で極めて重要な仕事を成し遂げてきた人物ということで、そのAppleでの仕事を終えた後、2012年夏にAppleを退社し、ひっそりとAMDに戻っていました。

2012年と言えば、AMDは失敗作であったBulldozerコアの後継となるPiledriverコアを搭載したプロセッサの開発が行われていた時期で、以後もストップギャップ的にSteamroller(2014年)、Excavator(2015年)とこの系統のプロセッサの開発・改良が続きましたが、結局問題の根本的な解決とはなりませんでした※注7

 ※注7:これらBulldozer系コアが事実上失敗作となってしまったのは、シングルスレッド性能を軽視しサーバに特化し過ぎたアーキテクチャデザインに主因がありました。

Zen、つまり後のRyzenとなるアーキテクチャがジム・ケラー氏らによって(ARM系のK12コアと共に)開発・設計されたのはまさにそんなAMDのCPUがぱっとしない性能の時期で、結果としてZenはBulldozer系のCPUとは一線を画する完全新規設計された、あらゆる意味で新しい技術を満載したプロセッサとなりました。

以下、後編に続きます。

▼参考リンク
New Horizon
AMD Ryzen 7 Release – YouTube

タグ:
PageTopへ