QualcommのSnapdragon Wear 製品紹介ページトップ画像からしてスマートウォッチとなっており、Qualcomm側がこの用途での普及に大きな期待を寄せていることが見て取れる

新しい酒は新しい革袋に ~Qualcommのスマートウォッチ用新チップセットを考える~

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by [2016年7月13日]

QualcommのSnapdragon Wear 製品紹介ページトップ画像からしてスマートウォッチとなっており、Qualcomm側がこの用途での普及に大きな期待を寄せていることが見て取れる

QualcommのSnapdragon Wear 製品紹介ページ
トップ画像からしてスマートウォッチとなっており、Qualcomm側がこの用途での普及に大きな期待を寄せていることが見て取れる

いわゆるCDMA(Code Division Multiple Access:符号分割多元接続)方式の通信技術の標準規格化で重要な役割を果たし、それ以外にも移動体通信技術にかかる多くの基幹技術についての特許を持つQualcomm。

同社がこの分野においてどれほど重要な地位にあるかは、あのAppleですらiPhoneに搭載のRFトランシーバやコミュニケーションプロセッサ、つまり外部との無線通信を行う回路の心臓部に位置するキーデバイスについてはQualcommのGobiシリーズに属するチップセットを採用していることでも明らかです。

自社で開発したAndroid搭載スマートフォン用チップセットであるSnapdragonでも当然にこのGobiシリーズを組み合わせて使用していますが、その競争相手であり、何かと自社独自開発技術を前面に押し出してくるAppleでさえ、他社製コミュニケーションプロセッサやRFトランシーバを採用せずあえてQualcomm製のチップセットを採用しているのですから、ただ事ではありません。

QualcommのSnapdragon用モデムシリーズの製品紹介ページ実はある意味Snapdragonそのものよりも重要な、Qualcommの本業である無線通信機能だけを抜き出したこれらの製品はSnapdragonシリーズだけでなく、AppleのiPhone/iPad用プロセッサなどと組み合わせて使用されるためこれだけ単独でも外販されており、プロセッサ製品とは独立した紹介ページを持つ

QualcommのSnapdragon用モデムシリーズの製品紹介ページ
実はある意味Snapdragonそのものよりも重要な、Qualcommの本業である無線通信機能だけを抜き出したこれらの製品はSnapdragonシリーズだけでなく、AppleのiPhone/iPad用プロセッサなどと組み合わせて使用されるためこれだけ単独でも外販されており、プロセッサ製品とは独立した紹介ページを持つ

それはつまり、QualcommのGobiシリーズをはじめとする無線通信機能チップセットには自社/他社製チップセットを押しのけてでも採用する価値があるとAppleが認めている(※注1)ということなのです。

 ※注1:CDMA方式に対応するコミュニケーションプロセッサを製造するには、よほど何か上手い手を思いつかない限りはQualcommが持つ特許権の利用が必要です。実は他社製のモデムではそのあたりを回避するためにハードウェアとしてモデム機能を作り込まず、ソフトウェアによってモデム機能の一部を構成した機種があります。それらはソフトウェアのアップデートで性能向上が図れるというのがうたい文句だったのですが、遺憾ながらそれが実現された製品を筆者は実見した記憶がありません。そのあたりを勘案すると、下手に他社製のチップセットを購入したり自社開発する位ならばQualcommからGobiを購入した方がまだまし、ということになります。

こうした事情もあって、世界中のスマートフォンやタブレットの大半にはメーカーや搭載OSの種類に関わりなくQualcommのチップが採用されていて、それ以外でインテル製のAtomプロセッサなどが搭載されています。

そんな風にモバイル機器市場では大きなシェアを持つQualcommですが、それでも何もかもが上手く行っているわけではありません。

中でも問題なのが、鳴り物入りで登場したスマートウォッチに用いられているSnapdragonシリーズです。

これらはSnapdragon 200・400シリーズといったスマートフォン用Snapdragonの中でも下位、それもその時点での最新機種より一世代以上古い機種が駆動電圧や動作クロック周波数を引き落として消費電力を低減した上で転用・搭載されているのですが、それらは充分目的を達する事ができず、色々な機種でバッテリーの持ちが悪い、バッテリーが1日しか持たないと非難される一因となっています。

まぁ、これは考えてみれば当然の話で、スマートウォッチならば必要ない、スマートフォンでしか使わないようなオーバースペックな機能まで実装したままのチップを転用しているのですから、いかに各機能ブロック毎に使用しない場合に電源をカットするなどの工夫を凝らしたとてリーク電流の問題が完全になくなる訳ではありませんから、省電力性能の向上には限界があります。

具体的に言えば、例えば小さな画面しか備えていないスマートウォッチで3Dグラフィックス機能の充実したGPUはほぼ不要ですし、高度な動画再生支援機能もハイレゾサウンド機能も今のところこの種のミニマムなウェアラブルデバイスには必要ありません。

つまるところ出力先となるデバイスの性能が貧弱な現在の製品では、いわゆるマルチメディア機能は最低限の機能があれば充分で、たとえ積んでいても使いどころがないというのが実情なのです。

これまでのSnapdragonシリーズは、それはそれなり以上の大容量バッテリーが利用できるスマートフォン/タブレットが主たる用途であったことから、総じてこうした高度なマルチメディア機能まで網羅する高機能性を重視したリッチな設計・実装となってきました。

Snapdragon Wearの製品化を発表するQualcommのプレスリリースウェアラブルデバイスの利用目的に合わせたサポートが謳われており、Qualcommがスマートウォッチの第一世代製品とそれに搭載されたプロセッサについて問題点の把握に努めてきたことが見て取れる

Snapdragon Wearの製品化を発表するQualcommのプレスリリース
ウェアラブルデバイスの利用目的に合わせたサポートが謳われており、Qualcommがスマートウォッチの第一世代製品とそれに搭載されたプロセッサについて問題点の把握に努めてきたことが見て取れる

それが、今回発表されたSnapdragon Wear 1100・2100シリーズでは見直されてウェアラブルデバイスに必要な機能のみを段階的に選択搭載することで最適化が図られることになったのです。

もちろん、ウェアラブルデバイスというからにはスマートウォッチだけでなく、Google GlassのようなARデバイスも対象として想定されていて、そうした異なった用途が幾つかあることから階層化して2シリーズが製品化されることになった訳です。

不要な機能をそぎ落として限定用途に最適化されたSnapdragon Wear 1100

まずSnapdragon Wear 1100はより小さく、よりバッテリーが長持ちし、各種センサーや正確な位置情報取得機能、そして常時接続性の確保を重視した、ミニマムなスマートデバイス用プロセッサとなります。

機能的にはバッテリーの持ちを良くするためのパワーセーブモードの実装や、LTE/3G通信をサポートするカテゴリ1の次世代モデムの搭載、Wi-FiやBluetoothへの対応、そして音声認識などがサポートされており、明らかにスマートウォッチをメインターゲットとしていることが見て取れます。

ちなみにこの機種のアプリケーションプロセッサ、つまりスマートフォンで言うアプリを動作させるためのCPUはARMのCortex-A7が1コアだけと本当に最小限の機能・性能に限定して実装されており、これによりLinuxベースのアプリケーションを動作させるのに必要なレベルを満たしているとアナウンスされています。

まぁ、同じくシングルコアの、それもより低性能なARM系CPUを搭載していたRaspberry PiでもLinuxベースのアプリケーションが充分動作していた訳ですから、機能の極端に限定されるウェアラブルデバイス向けとして考えればこれで必要十分という判断なのでしょう。

ちなみにGPUは「文字が出て絵が表示できる」レベルの最低限の機能のものが搭載されている由で、これも消費電力低減や必要とされる機能に最適化した選択となっています。

これだけ削れる機能を可能な限り削ってもLTE通信機能を死守したあたりはさすがQualcommというべきでしょう。

LTEモデム搭載のメリットはウェアラブルでも色々あるのですが、その最たるものはなんと言ってもこのプロセッサを搭載するデバイスを単独で動作させられることです。

現在のスマートウォッチなどではAndroid Wear対応デバイスでもApple Watchでも結局何らかの「母艦」となるそれなり以上に高性能なスマートフォンの併用が前提となっている訳ですが、LTEモデムを搭載しそれ単独でインターネットに接続できるようになれば、無理にスマートフォンに接続せずともスタンドアローンで充分利用可能となります。

冷静に考えてみるとここまで挙げた機能はシングルコアCPUに貧弱なGPU、それにその時点での最新通信規格に対応、といったあたりで10年くらい前のガラケー向けチップセットに酷似した仕様となっており、それを現行の半導体製造プロセスを用いて製造したもの、つまりこれは基本的には「帰ってきたガラケー用プロセッサ」とである考えるのがわかりやすいかも知れません。

もっとも、携帯電話では重視されていなかった、ウェアラブルデバイスでは必須の機能である正確な位置情報取得のための機能(Qualcomm iZat Location Engine)の搭載や、センサーの常時動作などがサポートされており、これは安易に古いガラケー用プロセッサの設計をそのまま転用した訳ではありません。

いずれにせよ、これまでのスマートウォッチなどに搭載されていたプロセッサよりは格段に合目的な設計になっていると言え、バッテリーの持ちが劇的に改善されることや、機能縮減による搭載端末の低コスト化などが期待できそうです。

より汎用性の高いSnapdragon Wear 2100

Snapdragon Wear 2100発表時のSnapdragon Blog記事ここに掲げられたイメージ画像から、一見オーバースペックな印象を受けるこのプロセッサもスマートウォッチへの搭載が想定されていることがわかる

Snapdragon Wear 2100発表時のSnapdragon Blog記事
ここに掲げられたイメージ画像から、一見オーバースペックな印象を受けるこのプロセッサもスマートウォッチへの搭載が想定されていることがわかる

一方、より高機能なウェアラブルデバイスへの搭載を目的とするSnapdragon Wear 2100ではその構成ががらりと変わります。

CPUコアはSnapdragon Wear 1100と同じCortex-A7ながら800MHz~1.2GHz動作のクアッドコア構成となってアプリケーションの並列動作が安定して可能な実装となり、GPUは通常のSnapdragonシリーズで下位機種に使用されているのと同じAdreno 304で画面解像度は640×480ピクセル(VGA解像度)でフレームレート60fpsまで対応、オーディオ機能にはノイズキャンセリング機能や音声認識機能を実装、eMMC 4.5接続によるストレージデバイスの利用も可能、と利用できる画面解像度が限定されるものの使おうと思えばスマートフォンにも搭載できる程度にはリッチな機能・性能が与えられています。

このあたりは対象となるデバイスが曖昧で、そもそもAR対応のウェアラブルデバイスというのがGoogle Glassをはじめ開発中断となったり上手く行っていない製品が多いため、正直一体どのような市場・応用製品への搭載を想定して開発された機種なのかがよく分かりません。

ただ、これまでのQualcommのSnapdragonシリーズのラインナップを考えると、Snapdragon Wear 1100とその上のSnapdragon 200シリーズの間の性能差が大きすぎ、「あともう少し性能の高いプロセッサが欲しい」というニーズに応えきれないためにこの機種が設定された可能性があります。

このあたりのウェアラブルデバイスでは搭載できるプロセッサの性能がそのデバイスでできることを規制してしまう一面がありますから、その上限を低い中で引き上げるこの種の製品の存在は、実は思った以上に重要となるわけです。

まぁ、さすがにこの種のチップでGPUがOpenGL ES3.0をサポートしています、といわれても正直「それ、この解像度でどこでどう使うの?」と尋ねずにいられないのですが、この種のGPUでその機能を殺し他チップを別途新規に設計しても期待通りの消費電力で動作するとは限りませんから、既存品を流用したこのSnapdragon Wear 2100の判断が妥当だということになりそうです。

目新しい事は無いが実用上の効用は大きい

以上Qualcommが先日発表したSnapdragon Wearシリーズについてみてきましたが、これそのものは枯れた技術の水平展開と言うべきもので、技術的には目新しいものはありません。

しかし、機能を必要なもののみに絞ることで消費電力を可能な限り低減し実用性を高めようというアプローチは、半導体製造プロセスの早急なシュリンクが難しい昨今の状況を考えれば、ウェアラブルデバイスの実用性を今ある手札で可能な限り向上させようということですから、大いに評価できます。

問題があるとすれば、この種の問題はスマートウォッチの製品化が始まる前から分かりきっていたことだという点で、その意味ではこれらは「遅れてきたプロセッサ」であると言えます。

ただ、半導体の製造プロセスルールが古い28nmの低消費電力モードのものとなっているため、今後14nmあるいは16nmのFinFETに製造プロセスが切り替われば同性能のままでより低消費電力に、同消費電力ならばより高機能・高性能にできることになります。つまり、このシリーズには将来的に大きな伸びしろが残されていることになります。

もっとも、現状の14nm/16nm FinFETプロセスで半導体を生産可能なメーカーは各社とも高付加価値製品向けでラインが埋め尽くされているようですから、この種の廉価販売を目指す製品に振り向けるのは当分無理だと推定できます。

そのため、このシリーズが本領を発揮するとすれば14nm/16nm FinFETプロセスでこの種の製品が当たり前に生産できるようになってから、ということになるのではないでしょうか。

▼参考リンク
Qualcomm Extends Industry-Leading Snapdragon Wear Lineup with New Processor, Platforms and Support for Targeted-Purpose Wearables | Qualcomm
The Snapdragon Wear 2100 is made for next-gen wearables | Qualcomm
Snapdragon Wear 2100 Mobile Processor
Snapdragon 4G LTE Speed Modems | Wireless Internet Modems | Qualcomm
Snapdragon Wear Mobile Processors | Qualcomm

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