6ピンPCI Express電源コネクタ(左)と8ピンPCI Express電源コネクタ(右)それぞれ最大75Wと150Wの給電能力を保証する。当初は6ピンコネクタが標準であったが、現在は拡張規格である8ピンコネクタが一般に使用される様になってきている

VR環境をより安く ~AMDの新グラフィックスカードが狙うもの~ 後編

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by [2016年6月22日]

前回はVR対応を謳いつつ低価格を実現したとされるAMDの新型グラフィックスカードであるRADEON RX480と既存機種との比較を中心に見てきました。今回はその低価格・低消費電力化の秘密に迫ります。

ここ10年ほどの半導体製造プロセスの縮小(シュリンク)状況を紹介するAMDのページ2009年まで順調に進んできたシュリンクのペースがそれ以降急速に鈍化したことと、14nm FinFETで製造されたチップが実は28nmプロセスで作られたチップの1/4サイズよりも大きくなっていることが見て取れる

ここ10年ほどの半導体製造プロセスの縮小(シュリンク)状況を紹介するAMDのページ
2009年まで順調に進んできたシュリンクのペースがそれ以降急速に鈍化したことと、14nm FinFETで製造されたチップが実は28nmプロセスで作られたチップの1/4サイズよりも大きくなっていることが見て取れる

28nmで足踏みしてきたGPUの製造プロセスルール

これまでRADEON R9 290、いやその前世代にあたるRADEON HD7950/7970の世代からRADEON R9 Fury Xまでの歴代AMD製GPUは、ながらく半導体製造プロセスが28nmのままで足踏みを続けていて(※注6)、上げたくともGPUコアやメモリの動作クロック周波数を上げられない状況が続いていました。

 ※注6:20nmプロセスでチップを試作してみたら従来の28nmプロセスのチップよりも性能が低下した、そもそも20nmプロセスだとチップ生産上の歩留まりが極端に悪いなど様々な問題があったことから28nmプロセスで造り続けるほかなかったのです。これは同じく他の半導体製造メーカーにチップ生産を委託しているNVIDIAでも起きた問題で、程度の差こそあれスマートフォン用統合プロセッサでも同様の状況にありました。

なお、同じ製造プロセスのままで高性能化するということは、回路設計で余程良いアイデアを思いつかない限り、必然的にトランジスタ数が増える分だけチップのサイズとチップそのものの製造コスト、そしてなにより消費電力の増大を意味します。

Sapphire R9 FURY X 4GB HBM 3DP HDMI PCIERADEON R9 FURY Xを搭載するグラフィックスカードの例。カード本体後部から冷却液循環用チューブと冷却ファン用電源ケーブルがラジエータユニットまで延びる。ある意味2010年代中盤の際限ないグラフィックスカードの大消費電力・高発熱化を象徴する製品である

Sapphire R9 FURY X 4GB HBM 3DP HDMI PCIE
RADEON R9 FURY Xを搭載するグラフィックスカードの例。カード本体後部から冷却液循環用チューブと冷却ファン用電源ケーブルがラジエータユニットまで延びる。ある意味2010年代中盤の際限ないグラフィックスカードの大消費電力・高発熱化を象徴する製品である

実際、RADEON HD7970以降RADEON R9 Fury Xまでの歴代AMD製ハイエンドGPU搭載グラフィックスカードでは、性能向上のためにチップ集積のトランジスタ数を増やし続けた結果GPUのチップサイズがどんどん巨大化し、その消費電力が250W~275Wと300Wを上限とするPCI Express 6ピン+8ピン電源端子搭載カードの上限に徐々に近づき、しかも現行のRADEON R9 Fury Xでは冷却ファンによるヒートシンクの空冷だけでは冷却しきれず、ポンプで冷却液を循環させ、より大きなラジエータユニットで外部への放熱を行う簡易水冷ユニット搭載が標準となってしまう(※注7)ほどの高発熱ぶりとなっています。

 ※注7:ただし前世代のRADEON R9 290・290Xの時点で高発熱はかなり深刻な問題と化していて、純正のいわゆるリファレンスクーラーを搭載した製品ではドライバ設定の温度・ファン回転数制御のパラメータを上手く調整しないと簡単に熱暴走する程でした。そのため、CPU用の簡易水冷キットを流用する水冷化キットが筆者が確認するだけでもNZXTとCorsairの2社から発売され、さらには本式の水冷ヘッドも何社かから発売されていました。

こうした中で登場したRADEON RX480ですが、現状では総トランジスタ数が明らかになっていないものの、その製造プロセスとして14nm FinFET技術が採用されていることが明らかになっています。

これまで20nmプロセスでのGPU製造が難航してきたのですが、新しいFinFET技術が実用化された結果、14nmでも充分実用になるGPUチップ生産が可能となったのです。

一方、28nmから14nmということは単純計算で同じトランジスタ数の回路が1/4のサイズのシリコンチップ上に形成できる(※注8)ということを意味します。

 ※注8:厳密にはそもそも製造プロセスのチューニングの相違の問題があり、チップの各層を貫通するピアのサイズや本数はむしろ大きく多くなる傾向にあって、またインターフェイス部分の端子周りは製造プロセスを縮小してもサイズを変えるのが難しいという問題があることなどから、チップサイズがちょうど1/4になることはまずありません。

また、消費電力もシリコンの基板層から漏洩する電流、つまりリーク電流の問題があるためこちらも単純計算通りにはなりませんが、それでも公称で150Wで、RADEON R9 Fury Xと比較すると約6割と劇的な省電力化を実現しています。

6ピンPCI Express電源コネクタ(左)と8ピンPCI Express電源コネクタ(右)当初は6ピンコネクタが標準であったが、製造プロセスの縮小が思うように進まない一方で性能向上が求められたグラフィックスカード側の消費電力増大に伴い、現在は拡張規格である8ピンコネクタが単独で使用される様になってきている

6ピンPCI Express電源コネクタ(左)と8ピンPCI Express電源コネクタ(右)
当初は6ピンコネクタが標準であったが、製造プロセスの縮小が思うように進まない一方で性能向上が求められたグラフィックスカード側の消費電力増大に伴い、現在は拡張規格である8ピンコネクタが単独で使用される様になってきている

このRADEON RX480を搭載するグラフィックスカードではPCI Express電源コネクタが8ピン1本のみ実装されているのですが、ここからカード単独での消費電力の上限は75+150=225W(※注9)となり、この構成でも十分な余裕が確保されていてオーバークロック動作が容易になっていることが見て取れます。

 ※注9:16レーンのPCI Expressスロット1本に許容される供給電力量が75W、6ピン・8ピンPCI Expressコネクタでそれぞれ給電可能なのが75Wと150Wとなります。つまり、このRADEON RX480は以前のパソコンで一般的だった6ピンPCI Express電源コネクタケーブル2本を搭載する機種でも(6ピン×2→8ピン×1の変換ケーブル/アダプタは必要となるものの)特に問題なく利用できる電力設計となります。なお、RADEON HD7970などでは6ピンと8ピンのPCI Express電源コネクタが各1本搭載されているため、給電能力の理論上の上限値は75+75+150=300Wとなっています。ちなみにPCI Expressの仕様としてはこれが給電能力の上限なのですが、昨今市販されている実際のグラフィックスカード製品ではそうした規格の上限を無視し、8ピンコネクタを2基以上実装して給電能力を375W以上としたモンスター級のカードさえあったりします。

単純に考えて、これまで250W弱程度の消費電力で動作していたRADEON R9 290と同程度の性能のグラフィックスカードが今までよりも100W、約40パーセントも低い消費電力で動作するというのですから、その効果は絶大です。

これは言い替えれば、これまで例えば600Wの電源を積まねば正常に動作しなかったマシンとほぼ同等の性能のマシンが、より廉価な500W電源搭載でも問題なく動作するようになるということを意味します。このため、この半導体製造プロセスの縮小はグラフィックスカードそのものの性能向上や価格の低減だけでなく、それ以外の部分の部品コストの、そしてもちろん電気代の低下にも大きく寄与し、さらにはこれまでよりも格段に小型のパソコンでもVR環境の提供が実現する可能性が高まってくるわけです。

こうしてみると、先日発売が開始されたNVIDIAのハイエンドグラフィックスカードであるGeForce GTX 1080の様にシングルカードで突き抜けた性能を実現することを目指す製品(※注10)ばかりでなく、ある程度安くて一定の性能条件を満たす「ミドルレンジのやや上」程度のグレードのグラフィックスカードで高性能化や低価格化が、それも消費電力の野放図な増大なしに進むことには、実は結構大きな意味と価値があると言えます。

 ※注10:もちろんこうしたトップレベルの性能のグラフィックスカードの性能が継続的に更新・向上し続けることにも大きな意味と価値があります。ただ、この種のカードは搭載GPUチップの生産歩留まりの低さやチップそのもののダイサイズの大きさなどの事情から非常に希少性が高く高価で、一般に広く普及する/できる性質のものでは無いという点で難があります。

ZIPPY HP2-6460P2003年頃に市販されていた出力460WのSSI-EPS電源ユニット。当時はこの程度の出力でも大出力の範疇に入った。それから13年が経過した現在、その倍の850~860W級の電源ユニットがパソコン用大出力モデルの中~下位機種として市販されている。こうした出力増大はグラフィックスカードの消費電力増大に依るところが大きい

ZIPPY HP2-6460P
2003年頃に市販されていた出力460WのSSI-EPS電源ユニット。当時はこの程度の出力でも大出力の範疇に入った。それから13年が経過した現在、その倍の850~860W級の電源ユニットがパソコン用大出力モデルの中~下位機種として市販されている。こうした出力増大はグラフィックスカードの消費電力増大に依るところが大きい

ここ10年以上に渡って、グラフィックスカードはひたすら高性能化と大消費電力化が手を取り合って突き進んできたような状況で、パソコンに搭載される電源ユニットもそれに対応すべくひたすら大出力化の道を歩んでいたのですが、この製品はそうした状況に一石を投じることになります。筆者自身、定格出力1.1kWというWindows 98搭載パソコンを使っていた頃なら正気を疑うような出力の電源ユニットを搭載したマシンを常用しているだけに、グラフィックスカードの際限無い消費電力増大に歯止めをかけることになるこうした製品の登場は大いに歓迎したいところです。

なお、AMD自身はRADEON R9 Fury Xに代わるべきハイエンドモデルを発表していないことについて、電力消費の減ったRADEON RX480の2枚挿しとそれによるCrossFire構成で代替することを提案しています。

確かに、RADEON RX480を2枚用意すればAMDの主張するように(額面上の)演算性能は確実にRADEON R9 Fury X 1枚を上回ることになります。16レーンのPCI Express拡張スロットが2本と、それらに隣接するスロット各1本で4スロット分の拡張スロットを占有してしまい、しかもCrossFireに対応したマザーボードが必要となる、という難点がありますが、価格的には2枚買ってもGeForce GTX1080やRADEON R9 Fury Xのいずれか1枚を買うのよりも安くなる可能性が高いため、以前よりも拡張スロットの使用頻度が低下している昨今のパソコンではこの方法論に従うことによるデメリットが表面化することは少ないでしょう。

これは目新しい方法論ではない

以上、AMDの新しいGPU/グラフィックスカードであるRADEON RX480について、その位置づけなどを見てきました。

総じて、これは製造プロセスを縮小した以外はこれまでのRADEON R9 290/290Xの延長線上にある製品です。

しかし、そうして製造プロセスの縮小が実現したことで従来機種と比較して格段に扱いやすい、また廉価な製品となっており、VRの普及にあたっては大きな威力を発揮することが期待できます。

ちなみに、この製品の採ったミドルレンジの少し上レベルの製品を廉価に発売し、より高い性能を求めるユーザーにはこのカードを2枚挿ししてCrossFire動作させることで必要な性能を提供する、という戦略・方法論はRADEONシリーズの歴史の中では既に一度用いられ、成功を収めたものです。

Sapphire Radeon HD 4850 512MB GDDR3 PCIE AMDが2008年6月に発表したRADEON HD 4850を搭載するグラフィックスカードの1例。2万円前後の価格帯で投入され、そのコストパフォーマンスの良さで市場に衝撃を与えた。

Sapphire Radeon HD 4850 512MB GDDR3 PCIE
AMDが2008年6月に発表したRADEON HD 4850を搭載するグラフィックスカードの1例。2万円前後の価格帯で投入され、そのコストパフォーマンスの良さで市場に衝撃を与えた。

今から8年前、ライバルNVIDIAの後塵を拝していたAMDは、RADEON HD4850・HD4870という2種類のGPUチップを搭載したグラフィックスカードを発表しました。

この時、下位のRADEON HD4850に付けられた価格は今回のRADEON RX480と同じ199ドル、そして日本での初値はサポートなしを標榜していた玄人志向の製品であったとは言え、なんと22,800円(税込:※注11)という驚愕の低価格となっていて、しかも競合製品を凌駕するほどの性能を備えていたことから、このシリーズはAMDにとって久々のスマッシュヒットとなりました。

 ※注11:なお、このRADEON HD4850が発表された2008年6月の時点での為替レートは1ドル106円前後で推移しており、記事執筆時点とほぼ同水準でした。

この時にも、AMDの首脳陣は(NVIDIAが現在もそうしているように)ハイエンド製品向けとして大きなダイサイズのシングルGPUチップを特別に製造するよりは性能が必要な場合にはCrossFireのような高速化技術により複数枚のグラフィックスカードをマシンに搭載しスケーラブルな性能向上を行うべきだといった主張をしていたのですが、今回それが8年の時を経て復活した訳です。

そうした事情を踏まえてみると、今回の機種で唐突感のある「480」というモデルナンバーがわざわざ採用されたのも意味深です。

恐らく、AMDの首脳陣は今回のこのRADEON RXシリーズについて、かつて同様のコンセプトを標榜して大きな成功を収めたRADEON HD4800シリーズにあやかりたいところなのでしょう。

実際、GPUチップそのものの性能はもはや別次元ですが、搭載グラフィックスカードの値段やその方法論は間違いなくこのHD4800シリーズのそれを踏襲していると言えます。

そのため、果たしてこのRADEON RX480がかつてのRADEON HD4850と同様の成功を収められるのか、今後もAMDはこの戦略を踏襲し続けるのかが注目されます。

ただ、今後登場が予告されているXbox Oneの性能強化上位モデルではGPUの単精度浮動小数点演算性能がRADEON RX480の2割増しにあたる6TFLOPSに達する見通しですから、早晩GPUのコアクロック周波数を引き上げるなどした上位モデルが登場することにはなりそうではありますが…。

▼参考リンク
Polaris Architecture
Radeon™ RX 480 set to drive premium VR experiences into the hands of millions of consumers; starting at just $199
AMD Showcases New High-Performance Solutions at COMPUTEX TAIPEI 2016

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