Sulon QVRとAR・MRの双方に対応可能なHMD。Windows 10がインストールされたスタンドアローンなパソコンが内蔵されており、中央部に横並びで2基搭載されたフロントカメラからの映像をディスプレイに投影し、それにオブジェクトを重ね合わせることで、透過型ディスプレイを使用せずにAR・MRを実現する

VR・AR・MRはどう違う? ~現実ならざる現実について考える~ 後編

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by [2016年5月09日]

前編ではVRについて主に考えてきました。後編ではAR・MRについて考えてみたいと思います。

ハードウェア的な条件の比較的緩いAR・MR

実のところ、ARとMRについては本質的には違いはありません。現実の視界に人工的なオブジェクトなどを重ね合わせる(=複合する)ことで、現実の視界を「拡張」するというのがそのあり方だからです。つまり、その名称の違いは手法を重視するか、結果を重視するかというだけの話で、同じものを別の側面から表現しているに過ぎません。

具体的に言えば、指定されたある特定の場所に行ってAR対応デバイスで「見る」とそこにあのゲームの美少女ヒロインがたたずんでいた、といった状況を作り出せるのが、ARあるいはMRの真骨頂というわけです。

VRがユーザーの視座が電脳空間にいるヒロインに会いにディスプレイの向こう側へダイブしてしまうイメージなら、ARやMRはヒロインを現実空間に引っ張り出してある場所に立たせて鑑賞するイメージと言えばわかりやすいでしょうか。

もっとも、このARあるいはMRはHMDデバイスのメーカー毎にARだと言ってみたり、MRだと言ってみたり、はたまたARとMRに両対応だと言ってみたりと混乱に輪をかけるようなカオスな状況が現出してしまっています。

ある意味、このARとMRの用語の不統一こそが、この辺の用語の混乱の諸悪の根源とも言えます。

ARおよびMRの場合、実のところただ生成されたオブジェクトを現実の視界に重ねて表示するだけならばVR用ほど高性能なHMDは必要ありません。極論すれば、位置情報が検出でき、その現場やそこに置かれたマーカーを撮影・識別できるカメラがあれば、そしてその撮影した映像に重ね合わせてオブジェクトを表示する事のできるプロセッサがあれば、つまりカメラ内蔵でGPS機能を積んだスマートフォンがあれば、「現実を拡張」した空間を(ミニマムな形とは言え)表現できるためです。

「NEWラブプラス」用ARマーカー公開ページさまざまなシチュエーション・コスチュームのARマーカーが公開されている

「NEWラブプラス」用ARマーカー公開ページ
さまざまなシチュエーション・コスチュームのARマーカーが公開されている

実際、この手法を用いたスタンプラリー的なイベントも既に各地で行われており(※注6)、これは基本的には視界の広がる空間の全てを用意せねばならないVRと比較すれば実現のハードルが大幅に低い表現手法であると言えます。

 ※注6:例えばゲーム「ラブプラス」(コナミ)や「STEINS;GATE」(Nitro Plus・5pb.)のキャラクターによるARイベントが以前秋葉原で行われたことをご記憶の方もおられることでしょう。ちなみに「ラブプラス」の場合はARマーカーを識別し撮影時に恋人に指定のポーズを取らせ指定のコスチュームを着用させるアプリが「NEWラブプラス」向け「ラブプラスTOOLS」に収録されていて、これを購入しPDF形式のARマーカーを紙に印刷して任意の場所に設置すれば恋人との思い出の写真が自由に撮影できるという趣向になっています。

ただ、そうしたスマートフォンレベルで可能な範囲を超え、HMDでより高度なARを実現しよう、となると話が違ってきます。

というのは、現実の視界に重ね合わせてオブジェクトなり何なりを合成表示するには、例えば戦闘機など軍用航空機を中心に使用されているヘッドアップディスプレイ(Head-Up Display:HUD ※注7)がそうであるように、目の前に置かれた透明のガラス板などに生成された映像を反射・投影して合成表示の形にするか、それともVRで使用されるHMDの前面などにカメラを内蔵し、そのカメラが撮影した映像に表示したいオブジェクトをオーバーラップ表示させる、といった手法を用いる必要があるためです。

 ※注7:第一次世界大戦期の軍用機で照準表示などに使用された反射式照準器(例えばドイツ軍のRevi II系照準器など)のレティクル(照準計測線)投射表示機構が恐らくそのルーツで、表示内容は固定的な二次元画像から3Dグラフィックによるオブジェクトへ大きく変わったものの、この表示手法そのものは非常に古典的な光学技術によるものです。

前者の手法の場合は、ディスプレイに投影されるのは表示したいオブジェクトだけで、CPU・GPU性能的にはVR対応HMDとは比べものにならないほど「軽い」処理で済ませることができます。

実際、この種のAR対応HMDの代表例であったGoogle Glassは片目に表示部を重ね合わせて装着する構造で、それによって小型軽量かつ簡素、しかも低消費電力のウェアラブルARデバイス実現を目指したものでした。

もっともこれは、一度計画中止になったあとで再度計画がやり直しになるという経緯をたどっており、一見簡単そうですが連続稼働時間の問題をはじめ技術的なハードルが思ったよりも高いため、現状では本格量産製品化へ向けた動きが明確になっていません。

Sulon QVRとAR・MRの双方に対応可能なHMD。Windows 10がインストールされたスタンドアローンなパソコンが内蔵されており、中央部に横並びで2基搭載されたフロントカメラからの映像をディスプレイに投影し、それにオブジェクトを重ね合わせることで、透過型ディスプレイを使用せずにAR・MRを実現する

Sulon Q
VRとAR・MRの双方に対応可能なHMD。Windows 10がインストールされたスタンドアローンなパソコンが内蔵されており、中央部に横並びで2基搭載されたフロントカメラからの映像をディスプレイに投影し、それにオブジェクトを重ね合わせることで、透過型ディスプレイを使用せずにAR・MRを実現する

一方、後者の方式は撮影と表示のためのハードウェアは既存のものが流用できるため、HMDそのものを作るのはそれほど難しくありません。しかし、フロントカメラで撮影した画像に現在位置情報などから演算して生成・表示されるオブジェクトの画像を重ね合わせてディスプレイ上に表示するため、どうしてもVR対応HMDの場合と比較して映像表示の遅延の問題がつきまとうことになります。

分かりやすく言うと、何かアクションを起こしても、それが実際の視界に表示されるオブジェクトに反映されるまでにタイミングのずれが生じてしまう可能性が高いのです。

まぁ、0.5フレームの遅延が命取りになる対戦格闘ゲームをプレイするのでも無ければ、そこまで神経質になる必要はないのですが、それでもそうしたずれが酔いを誘引する可能性があるため、何らかの解決策を講じる必要があります。

この問題の手っ取り早い解決策はVR対応HMD自体にカメラを搭載し、そのカメラからの入力画像とオブジェクトの画像を生成し重ね合わせ表示する処理を行うための高性能GPU搭載コンピュータを積んでしまう、あるいはそれに加えて固有の処理をおこなうための専用ハードウェアを搭載してしまうことで遅延を最小限に抑える、といった力業の手法です。

実際、スタンドアローンなコンピュータを前面カメラと共にHMDに内蔵してしまう手法はこの種の問題に対して有効であるようで、カナダのスタートアップ企業であるSulon Technologiesが発表したVR/AR・MR両対応HMDである「Sulon Q」ではHMD本体にAMDのFX-8800Pと呼ばれるノートパソコン用APUを搭載し、さらに空間処理プロセッサユニット(Spatial Processing Unit:SPU)と呼ばれる専用のプロセッサを搭載してトラッキングなどの処理を分担させるという構成の「Windows 10パソコン」を内蔵してしまっています。

また、マイクロソフトが開発している「HoloLens」はGoogle Glassに近い視界投影型のディスプレイを搭載している様なのですが、「Sulon Q」と同様に32ビット版Windows 10をOSとして搭載するパソコンを内蔵しており、スマートフォンやパソコンなどに接続せずともHMD単独でVR・AR・MRに対応できるという利便性の高さもあってか、今後はこの手法を採るデバイスが増えそうな状況です。

Microsoft HoloLens オフィシャルページ「The  first devices shipping now.」の文字が誇らしげに示されており、開発者版の出荷が開始されている

Microsoft HoloLens オフィシャルページ
「The first devices shipping now.」の文字が誇らしげに示されており、開発者版の出荷が開始されている

もっとも、現時点でその販売価格が予告されていない「Sulon Q」はともかくとしても、「HoloLens」は開発者向けに提供されている開発者版でお値段何と3,000ドル、つまり記事執筆時点での為替レートで換算して約32万円とVR対応HMDであるOculus RiftやHTC Viveが3セットほど買える、もの凄い値段となってしまっています。

VR対応HMD本体とその性能要件を満たすパソコンをセットで購入すると、一式で概ねこれに近い金額になってしまったりするので一概にこれらのデバイスが高いとは言い切れないのですが、それでも普通に購入を決断するにはちょっと勇気というか清水の舞台から飛び降りる度胸のいるお値段です。

この種のVR/AR・MR両用HMDで難点があるとすれば、VR対応HMDとしての性能が、VR専用のHMDと比較するとどうしても劣ってしまうことです。

これはGPUがCPUと統合されたAPUではビデオメモリもメインメモリと共用となっているため、現在の技術ではどうあがいても専用に高速かつ大容量のビデオメモリを搭載しAPU内蔵GPUとは比較にならないほどのシェーダを搭載した高性能GPUカードを利用できるVR専用HMDに3Dグラフィック性能で勝てないためです。

AMD FX-8800P APU 製品紹介ページ「PLATFORM」欄に「Laptop」、CPUコア数が4、GPUコア数が8とそれぞれ明記されており、性能的にはPlayStation 4やXbox OneのAPUに及ばない程度の性能であることがわかる

AMD FX-8800P APU 製品紹介ページ
「PLATFORM」欄に「Laptop」、CPUコア数が4、GPUコア数が8とそれぞれ明記されており、性能的にはPlayStation 4やXbox OneのAPUに及ばない程度の性能であることがわかる

「Sulon Q」の公表されているPC部分のスペックを確認すると、APUがCPUコア4基内蔵のAMD FX-8800Pで8GBの DDR3Lメモリを搭載しているとあり、FX-8800PのGPU部分の性能はシェーダコア数512でRADEON R7クラス、つまり「Oculus Rift」や「HTC Vive」で要求されるRADEON R9の最上位クラスのモデルと比較すると、比較するのもかわいそうなくらいの性能差(※注8)があります。

 ※注8:例えばAMDで現行最新機種の1つであるRADEON R9 Nanoはシェーダー数4,096基で、これだけでFX-8800PのGPU部分の8倍の性能となります。この機種はさらに、グラフィックメモリが転送帯域幅512.0GB/sという空恐ろしいスペックのHBM1と呼ばれる新規格積層メモリに変更されており、FX-8800Pのメインメモリが2chのDDR3-2133メモリで転送帯域幅が34.134GB/sとなりますから、メモリ周りの性能差は単純比較で約15倍、FX-8800PがCPUとGPUでメモリをシェアしていることを考慮すると、性能差は更に大きく広がります。

また、現状の開発者版「HoloLens」はメモリ2GBで32ビットのIntel製CPU搭載となっていることから、恐らくAtom系のCPUが搭載された、いわばスティックPCと同程度の性能しか出ないハードウェアを搭載していることになります。

ちなみにソニーのPlayStation 4も(そしてそのライバルたるMicrosoftのXbox Oneも)、「Sulon Q」と同様にAMDのAPUを搭載しているのですが、こちらはCPUコア8基かつ8GBのGDDR5メモリを搭載、GPUも1152シェーダ搭載となっており、実は「Sulon Q」や「HoloLens」のパソコン部分よりもPS4の方が圧倒的に高性能ということになってしまっています。

開発時期の違いを考慮すれば、CPU・GPUコアの性能は後発のAMD FX-8800Pの方が有利で、AMDなどが提唱していたHSA(Heterogeneous System Architecture:非対称システムアーキテクチャ)、つまりCPUとGPUで同じプログラムを走らせるための技術にも対応するなど最新の技術が盛り込まれているのですが、それでも物量の差やメモリの性能差を覆せるほどのレベルではありません。

とはいえ、HMD本体に高発熱のAPUなりCPU+GPUを搭載して冷却ファンで常時強制空冷、というのは悪い冗談のようなものですから、「Sulon Q」がノートパソコンへの搭載をターゲットとすると公称されるFX-8800Pを搭載しているのは、内蔵バッテリーの持ちなども勘案すると妥当なところなのでしょう。

いずれにせよ、この種のパソコン本体相当の回路を内蔵しているHMDはそれゆえに重量が重くなり、しかもパフォーマンスに一定の制約がかかってしまうため、パソコン本体から独立した構造のVR対応HMDと同等の性能は期待できない可能性が高いことは念頭に置いておく必要があります。

もちろん、この種のPC内蔵VR/AR・MR両用HMDには単能のVR専用HMDでは決して真似のできない体験ができるというメリットがあるため、単純なスペック比較でVR専用HMDと同列で論じるべきではありません。

言うなれば、それは水陸両用のシュビムワーゲンをF1のレーシングカーと同じ速度でサーキットを走れない、と難じる様な話なのです。

今後こうしたVR/AR・MR両用HMDとVR専用HMDの混在期間がしばらく続くと考えられますが、こうした土俵の違うデバイスを同じ土俵で単純比較して優劣を論じる様なことは避けるべきでしょう。

最終的にはデバイスレベルでは区別する必要がなくなる?

以上、VRとAR・MRについてみてきましたが、先にも触れた様に現状ではこれらに対応するHMDは用途別に個別に作らざるを得ない状況にあります。

しかし、今後充分にプロセッサ性能が向上すれば、「Sulon Q」のようにディスプレイ表示画面とその前面に搭載されたカメラ群、それにディスプレイに表示されるべき画像を生成・合成するためのプロセッサを組み合わせたタイプのVR/AR・MR両用HMDが一般的になるのではないでしょうか。

極論すれば、現状のAR・MR対応HMDでは様々な技術的制約から全画面を生成されたポリゴンオブジェクトで埋め尽くしレンダリングすることが困難な程度の3Dグラフィック性能しか得られないが故にAR・MR対応と謳っていると言えるわけで、その部分の性能が充分向上すれば、生産コストの差に由来する製品価格差の問題を別にすればVR専用、AR・MR専用とHMDをあえて用途別に区分する必然性はありません。

将来的に、GPUやCPUの性能が向上し消費電力が充分低減されれば、少なくともHMD側でVR・AR・MRを区別する必要はなくなることでしょう。何しろ、規模は異なりますがGPUやディスプレイでやっていることは本質的にどれも同じなのです。

後は、内蔵ディスプレイやカメラデバイス部が今後どのような形で発展を遂げるのか、製品毎の差別化要素を見出すとすれば恐らくそのあたり部分にかかっていると言えるでしょう。

筆者個人としては、人の視力に影響の大きなデバイスであるため、かつてのパソコン用キーボードの様に行き過ぎた価格競争でデバイスそのもののクオリティが著しく低下する状況だけは何とかして回避していただきたい所なのですが、本体価格がほどよく下がらないことには普及しようがないというのも確かで、これは本当にさじ加減が難しい部分です。

▼参考リンク
ARマーカーダウンロード | NEWラブプラス
人気ゲーム「STEINS;GATE」の聖地、秋葉原で最先端ARを駆使したデジタルスタンプラリーの実施について | ソフトバンク株式会社 | グループ企業 | 企業・IR | ソフトバンクグループ
Sneak peek of the Sulon Q™ – Sulon – Sulon
Microsoft HoloLens | Official Site
FX-8800P with Radeon™ R7 Graphics

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