「VRサイエンスCG」ビタミンB12を取り込んだタンパク質のクローズアップ。黄色いビタミンが複雑に折りたたまれたタンパク質のどこに囲われているかがよく分かる

Ocufes Final を見て歩く 【その2】ハウジングVR~VR・サイエンスCG

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by [2016年3月01日]

Ocufes Finalを前回の『Ocufes 2015夏』と比較した場合、2つばかり目立った傾向がありました。

一つは、前回ご紹介したゲームの他に、何らかの「実用の道具」としてこのVRデバイスを利用することを目的としたアプリの出展が増えたこと。

もう一つは入力デバイスに工夫を凝らした出展が多くなったことです。

今回と次回は、その中でも「実用の道具」としての性格の強い出展を中心にご紹介したいと思います。

気分はマンションモデルルーム

株式会社ファインのブース新開発の『ハウジングVR』を前面に押し出した展示であったが、3D素材データを提供する会員制素材サイトの運営が本業の会社であったりする。

株式会社ファインのブース
新開発の『ハウジングVR』を前面に押し出した展示であったが、3D素材データを提供する会員制素材サイトの運営が本業の会社であったりする。

まずは株式会社ファインさんの『ハウジングVR』から。

これはその名の通り、仮想空間上に構築された実物大の建物の室内で家具の配置などを自由に変えて体感できるようにしたシステムです。

設置あるいは変更可能な家具はベッド・テーブル・ライト・絵画・イス・床の色の6つで、これにより実際にそれらの家具を部屋に設置した場合にどのような印象となるのかが確認可能となっています。

ハウジングVR操作手順基本的には(部屋に置きたい物を)選ぶ・置く・体験するの3段階よりなっている

ハウジングVR操作手順
基本的には(部屋に置きたい物を)選ぶ・置く・体験するの3段階よりなっている

さすがに、現状のバージョンでは窓の外、つまり室外については自由に選択できないのですが、家具類の配置や種類の変更が自由にできるのであれば、ありものの家具が小綺麗に並べられているだけのモデルルームよりもずっと実際に生活した場合の環境がどうなるかを確認するのが容易になるでしょう。

問題は、その確認を行うにあたっての操作が煩雑だとVRに興味も関心も無いようなお客さんには忌避されてしまう(≒マンションの部屋を買って貰えなくなる)恐れがあることですが、このハウジングVRはその辺の問題を念頭に置いていたと見えて、下手に利用者にジョイパッドなどの入力デバイスを持たせず、箱庭的なミニチュアを使った視線入力によるシンプルなUIで選択・構成後に実物大のサイズまで拡大表示することで解決しています。

今回のOcufes Finalの展示では入力系の諸問題を自作デバイスの作成や既存デバイスを上手く利用することで解決した、ある意味力業に打って出たケースが特に目立った(※注1)のですが、このハウジングVRのように一切余計なデバイスを付加せずに視線入力だけで操作できるような、シンプルなユーザーインターフェイスを構築するというのも1つの見識です。

 ※注1:Oculus自体は標準入力デバイスとなるべき『Touch』を発表していますが、これとて操作に使用するボタン数が意外と多く、本質的にはOculus Riftに付属するXboxシリーズ用ジョイパッドと大差ありません。もちろん、UI側でのソフトウェア的な工夫や一ひねりを無視して、純粋にハードウェア的な観点から一定の汎用性を付与しようとしたら、この『Touch』のように結構な数のボタンを用意する必要があることは確かなのですが・・・。

ハウジングVRで家具類の選択と配置を行い、実物大表示のモードに切り替えた状態このように設置した家具類の色のバランスや置いた位置による部屋の印象の変化などを自由に検討できる

ハウジングVRで家具類の選択と配置を行い、実物大表示のモードに切り替えた状態
このように設置した家具類の色のバランスや置いた位置による部屋の印象の変化などを自由に検討できる

実のところ、部屋に家具を実際に設置してみたら思ったより使い勝手が悪かった/予想したより狭く見える状態になってしまったというのは特に珍しい話ではありません。また、部屋からの眺望あるいは景観がパンフレット等で謳われていたそれと大きく乖離していたためにデベロッパーと購入者の間で訴訟沙汰になることも、時折ニュースになっています。

そのため、事前にある特定の大きさの家具をその部屋にどう置いたらどのように見えるのかを手軽に変更して確認・検討でき、今後うまくすれば部屋ごとの景観もシミュレーションできそうな、この種のVRコンテンツがマンション購入者にとってもマンションのデベロッパーにとっても、非常に有用なツールとなるであろうことは容易に予測できます。

現在のマンション販売ではわざわざデベロッパーがモデルルーム、ショールーム、あるいは気取ってマンションギャラリーなどと銘打って、建設中のマンションの標準的な一区画を再現した部屋を展示したり、あるいは先行して一部屋だけ完成させた部屋の見学を可能としたりして購入検討者の参考に供するという、考えるだに大変にお金のかかる手法が用いられている(※注2)わけですが、こうしたVRデバイスを利用すれば、わざわざ実際にモデルルームを建設せずとも、それもうまくすれば特定の部屋からの眺望なども含めて、購入検討者が体験できるようになるわけです。

 ※注2:言い替えれば、販売促進のためにそうした実物大のモデルルームを建設するのに一定のコストを投じても充分利益が出る程度には、マンションの分譲販売にはうまみがあるということになります。

現状でOculus Riftの製品版とその動作に必要となるパソコンを新規購入するには何十万ものコストがかかるわけですが、それでもモデルルーム建設に比べればずっと安く済ませられるため、分譲マンションを何軒か建設してその販売時にそれそれのモデルルームの代替としてこの種のVRコンテンツを利用すれば、恐らくはそれで機器購入やアプリ購入のコストは十分元が取れることでしょう。

株式会社ファインのブースに展示されていたチラシ類元々は建築パース作成のための各種部品作成やそれらを利用したシミュレータの開発提供を行っていた。今回のハウジングVRはそうした過去の蓄積を有効活用した企画である

株式会社ファインのブースに展示されていたチラシ類
元々は建築パース作成のための各種部品作成やそれらを利用したシミュレータの開発提供を行っていた。今回のハウジングVRはそうした過去の蓄積を有効活用した企画である

なお、この種の部屋のシミュレーションをゼロから開発する場合、配置する家具類などのデータ化に莫大な人手と時間が必要となるのですが、ブースにおられた係員氏にそのあたりのことについて質問したところ、株式会社ファインさんは元々『DATA STATION members』という建築パース作成に特化した各種家具類などの添景素材を提供する会員制素材サイトを運営しているとのことでした。

つまり、既に「ある」=開発コストを他と分担できる/既に負担する必要のない家具などの素材を有効活用するために、今回このような実物大のモデルルームを仮想空間上に構築するコンテンツの研究開発に乗り出したのだそうです。

そのためこのハウジングVRでは開発にあたって一番手間と金のかかる家具類のデータについて「既にある」ものを流用することによって非常に低コストで済ませられており、開発がゼロから出発する場合と比較して大きなアドバンテージになっているのです。

正直、10万点を超える素材データを、それも3Dでモデリング可能な形で作成するとなると、金に糸目をつけない予算青天井の体制で行っても相応の時間が必要で、その時間を省けるだけでもこのハウジングVRは(仮に競合製品が現れたとしても)圧倒的に有利です。

もちろん、優位性を維持するためには常に新しい素材データの作成・蓄積やアプリそのものの改善を怠るわけにはゆきませんが、現時点でこれだけの完成度に到達できるのであれば、それもさほど難しくは無いでしょう。

研究発表に使えるVRコンテンツを低コストで

ハニュー(羽生雄毅)さんの『VR・サイエンスCG』ブースSCIGRA名義で理系研究者のためのサイエンスCG制作の手段を提供するための新規サービスを提案している

ハニュー(羽生雄毅)さんの『VR・サイエンスCG』ブース
SCIGRA名義で理系研究者のためのサイエンスCG制作の手段を提供するための新規サービスを提案している

次はハニューさんの『VR・サイエンスCG』です。

このブースでは『SCIGRA ~オープンソースソフトによるサイエンス視覚化~』を標榜して複雑な折り畳み構造を持つタンパク質やその中に取り込まれたビタミンなど、通常の平面図ではおよそその位置関係を把握することも困難な分子構造をもった物質をVRデバイス上で表示することで、視点を変えたり視線の向きを変えたりして容易にその構造把握が可能となる、といった展示が行われていました。

これだけなら「あら、そうなの?」程度の話で終わるのですが、ここの展示の肝は実はそこではありません。

『VR・サイエンスCG』タンパク質にビタミンB12が取り込まれた状態を示したCG。これを視点を回転させたり移動させたりできない2Dの画像だけで理解しろというのはかなりの無理難題である

『VR・サイエンスCG』
タンパク質にビタミンB12が取り込まれた状態を示したCG。これを視点を回転させたり移動させたりできない2Dの画像だけで理解しろというのはかなりの無理難題である

そうした、研究発表などの際に相手に理解して貰えるような図を作成するのがはなはだ困難な立体構造物のモデリングデータをオープンソースソフトを用いて作成し、さらに充分発表に耐えるクオリティのCGとして出力する作業を、研究室の予算を使わずに、また作成者が余計なプログラミング等の勉強をせずに行えるようにすることにこそあります。

ブースに立っておられた代表の羽生雄毅氏によれば、理系研究者が学会発表などのためにCG作成を行おうとすると、便利な市販ツールを買うには予算が出ないと怒られ、かといって研究者が自分でプログラミング言語を覚えて3DCGを作成できるようにしようとすると、先生にそんなことをしている暇があったら研究をしろ、と怒鳴られる状況を何とかしたかった(※注3)とのことでした。

 ※注3:そうした事情から、VRでの表示にあたっては、学会などで標準的に利用されているアプリを用いて作られたデータファイルを利用可能となっているとのことです。余談ですが、このSCIGRAは首都圏の幾つかの大学の学生が起業した学生ベンチャーなのだそうで、実際に自分たちが陥った苦境を何とかしたい、ということがこのSCIGRA誕生につながったようです。

『VR・サイエンスCG』ビタミンB12を取り込んだタンパク質のクローズアップ。黄色いビタミンが複雑に折りたたまれたタンパク質のどこに囲われているかがよく分かる

『VRサイエンスCG』
ビタミンB12を取り込んだタンパク質のクローズアップ。黄色いビタミンが複雑に折りたたまれたタンパク質のどこに囲われているかがよく分かる

実際、学会発表などではいまだにPowerPointを使ったプレゼンテーションが幅をきかせていて、そのスライド作成のために研究者や学生たちがえっちらおっちら作業を行っているという、扱っている物やテーマの先進性の割には至って前近代的な状況だというのです。

まぁ大学の研究室、特に理系の学部のそれの場合、メインの研究に結構な費用がかかるため、周辺の機材やツールとなるソフトの購入、あるいはCG制作の外注まで手が回りきらないことが結構あります。

かつて筆者が大学生の頃にサークルの後輩に用があって彼の所属している研究室を訪れたところ、研究の先進性の割に計測機材に接続されているコンピュータがやけに旧式で驚いたことがあったのですが、他の先輩に訊けばそこはまだマシな方で、ひどいところになると大昔のPC-8801を積み上げて共食い整備で計測機器の制御などで使用しているところも少なくなかったということでした。

筆者自身の経験でも、重回帰分析をおこなうための特別なアプリケーションパッケージを使用した計算処理で、当時の普通のマシンであればわずか数秒で済む処理にいつまでも15年ものの古いパソコンが専用されていたため、一回につき半日から1日以上がかかってしまうという恐ろしい時間の無駄を強いられていたことがありました。その間は他のことをやっていれば良い、という考え方だったようなのですが、一瞬で結果が出ればすぐに別の可能性を検討できたことが、延々計算待ちをしていたがために無駄な作業を続けざるを得なかったことが何度もあって、ああ、予算不足を言い訳にしてこういう状況を放置していることが研究そのものの効率を悪くし、それがさらに予算削減につながるという悪循環をもたらすのだなと痛感させられたものでした。

違う専門分野・違う学部の話ですがそうした経験があるため、筆者はこのSCIGRAの主張するところには大いに共感せずにはいられません。

『VR・サイエンスCG』3DCGによるVRが有益なのは有機化学ばかりではない。天文学の分野も利用範囲が大変に広い

『VR・サイエンスCG』
3DCGによるVRが有益なのは有機化学ばかりではない。天文学の分野も利用範囲が大変に広い

無料で使える専門分野に適したソフトウェアの組み合わせによって初心者でも効率的に分子構造や天体の軌道などをモデリング化できるようにし、それをVRデバイスで体験できるようにコンバートする環境を作るというのは、現状では肝心のVRデバイスのお値段があまりに高価であるためモデリング以降の部分でつまづいてしまう感じですが、そこがクリアできて普及すれば、それこそ学会発表などのスタイル、いや研究そのものを一変させるほどの大きな影響を及ぼす事になるのではないかと思います。

何しろ、紙の資料やPowerPointにて2Dで描かれた分子構造図ではその分子の「向きを変えて」知りたい部分の確認をするなどということはできなかったのが、自由に回転させたり向きを変えたりして確認できるのですから、その発表の際に聴衆の理解が大きく促進されるのは明らかです。

百聞は一見に如かずと言いますが、「あれ、この構造は以前どこかの発表で見た記憶があるぞ?」という状況になれば、紙資料などで流し読みして済ませていた時にはなかったような新しい発見が連鎖的に生じるかも知れません。特に有機化学の分野はそうしたひらめきがもたらす発見が大きな成果をもたらすことが少なくないため、VR技術の導入によって研究が急進展する可能性もあるのではないでしょうか。

ただ、筆者的に1つだけ気になったのは、コストをかけずによりリッチでわかりやすい3Dグラフィック表示を、というのが基本方針であるのに、よりにもよって個人向けに市販が計画あるいは予定されているVRデバイス中では現時点で2番目に高くて普通の研究室ではなかなか手が出せそうに無いOculus Riftを(特に高分子のタンパク質などの表示だとどうしても高解像度表示可能なハードウェアが欲しくなるのは嫌という程理解できるものの)出力デバイスとして選択していることです。

根底にある趣旨からすれば、むしろこれはスマートフォンを使用した低価格VRデバイスでこそ実現すべき性質のものではないでしょうか?

以下、次回に続きます。

▼参考リンク
FINE ハウジング VR バーチャルリアリティコンテンツ│ 営業支援ツール │ 株式会社ファイン
SCIGRA
Oculus Festival in Japan | into VR

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