SAITECの研究成果を受けて埼玉県が発表したプレスリリース

ウェアラブルの課題を一気に解決? マグネシウム二次電池の実用化に目処 ~SAITECが発表~

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by [2016年1月27日]

SAITECの研究成果を受けて埼玉県が発表したプレスリリース

SAITECの研究成果を受けて埼玉県が発表したプレスリリース

1980年代後半に技術的なブレイクスルーを達成したソニーと旭化成によって実用化に成功して以降、2016年の今日に至るまで、モバイル機器用二次電池は電圧の問題からその利用が難しい乾電池タイプ(※注1)のものを別にすると、リチウムイオン二次電池が大きなシェアを占め続けてきました。

 ※注1:一次電池タイプの乾電池との互換性維持の必要から端子電圧が1.2V~1.5V程度となることが求められ、そのため最小単位の1セルでも3.7Vと高い公称電圧となるリチウムイオン二次電池を利用することができません。こうした事情から乾電池タイプのものについては現在もニッケル水素二次電池(1セルの公称電圧は1.2V)が広く利用され、大手電池メーカーであるパナソニックなどによって性能向上のための研究開発が続けられています。

しかし、このリチウムイオン二次電池は二次電池としてみた場合、非常に高いエネルギー密度を実現できて(※注2)搭載機器のコンパクト化や高性能化に大きく貢献した一方で、過放電・過充電で簡単に発熱・発火・破裂といった危険な状態になる恐れがあって制御・保護回路の搭載が必須という、非常に厄介な性質が備わっています。

 ※注2:体積エネルギー密度も重量エネルギー密度も共にニッケル水素電池よりも理論上限値が高く、同じ容量ならばより軽くよりコンパクトな電池が作れます。

このためリチウムイオン二次電池の後継となるべき新しい二次電池の研究開発は早い時期から始まっていたのですが、単位質量・容積あたりのエネルギー密度をリチウムイオン二次電池よりも高くできて、少なくともこれと同等レベルで高速充電が可能、しかもリチウムイオン二次電池よりも高い安全性を実現可能な電池をより廉価で、などと虫の良い要求を並べると途端に候補となりうる電極・電解質の材料の選択肢が狭まってしまいます。

さらに、そうした候補材料にはこれまで「二次電池として利用されてこなかった」だけの理由となるような制約や条件があるのが一般的(※注3)です。

 ※注3:何の制約も条件もないなら、とっくの昔にその材料が二次電池として利用されていた筈だからです。

そうした、制約や条件のある材料の中で、新しい二次電池の電極・電解質候補として最有力のものの1つに、マグネシウム(Mg)があります。

これは一般的には合金としたものが一部のノートパソコンの筐体材料としておなじみですが、電池の分野では先に挙げたような二次電池の電極・電解質材料としての素性の良さから、様々な研究者たちによって研究が続けられてきました。

この元素は原子番号12で周期表第2族に属し、イオン化しやすくなおかつイオンの価数が2価で1価のリチウムよりも大きな理論容量密度を実現でき、何かと不安定なリチウムイオン二次電池のような大規模な制御・保護回路が不要、レアメタルに属するリチウムよりも廉価に調達でき、しかもリチウムよりも格段に高融点で安定性が高い、などと一見良いことずくめです。

しかし、このマグネシウムにはそうした優れた特性の一方で2価のイオン故に充放電の速度が非常に遅く、しかも充放電によって正極がすぐ劣化してしまうという厄介な問題があります。充放電の際に生じる強いイオン間相互作用が原因で、固相内で拡散しにくく電極での反応速度が非常に遅く同じエネルギーを出し入れするのにより多くの時間がかかり、またそれによって電極も短期間で劣化してしまうのです。

そのため、この材料を用いた二次電池を実用化するにはこの辺の諸問題、特に電極の劣化問題をどうにかして解決する必要があって難航していたのですが、このほど埼玉県の県産業技術総合センター(SAitama Industrial TEchnology Center:SAITEC)からマグネシウム二次電池について「世界初の実用化に目途をつける画期的な研究成果が得られ」たことが発表されました。

実を言えば、マグネシウム二次電池そのものは、実験室レベルであれば既に実際に動作するものが存在していて、他でもないこのSAITECがNEDO(独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)と共同で2009年に世界で初めて安定した充放電を行える電池を開発・発表していました。また日本国内でもSAITEC以外に京都大学と高輝度光科学研究センターの研究チームが開発を進めていて、2014年7月に高エネルギー密度マグネシウム金属二次電池の開発に成功し、さらに安定で高エネルギー密度の充放電反応メカニズムの解明にも成功しています。

もっとも、2009年に発表されたSAITECのものは正常に充放電できたことはできたのですが、電気容量がリチウムイオン二次電池と同等程度しかなく、「安定的に充放電できる」だけでそれ以上のものではありませんでした(※注4)。

 ※注4:このときの電気容量はリチウムイオン二次電池並の200mAh/gで維持率は5サイクル後でほぼ100パーセント。言い替えれば、5サイクル以上充放電を繰り返した時の維持率を示せない程度には電極の寿命に問題があったと解することができます。もちろん、これまで理論上の可能性が示されていただけで実際には作れていなかったものを作り出して動作させ、実現可能であることを証明したことには大きな価値があったのですが。

また、これまでに発表された他の例でも例えば電池そのものの温度を上げて内部組成を活性状態にしなければ機能しないであるとか、充放電を何度か繰り返しただけで電極が劣化して充放電できなくなるであるとか、二次電池として工業製品レベルで実用化するには割と致命的な問題点を抱えたものが少なくありません。

そのため、今回の発表で示された「安全性や大容量といった長所を持ったまま、室温での動作の安全性確保と、充放電を繰り返しても劣化を少なくすることに成功した」というのは、非常に重要な意味と価値を持ちます。

特に、室温で安定的に動作する電池が作れるようになったというのは重要で、記事執筆段階では詳細が示されていないためによくわからない部分も多いのですが、これだけでも格段に実用性が高まったと言えます。

ただ、気になるのは「充放電を繰り返しても劣化を少なくすること」しかできていないとしている点で、わざわざこう書いていることからその充放電性能は、少なく見積もっても現行のリチウムイオン二次電池(※リチウムポリマー二次電池を含む)で実現されている充放電回数レベルに達していないことが推定できます。

正直、現在のリチウムイオン二次電池の公称充放電回数(≒寿命)でもスマートフォンなどで小刻みに充放電を繰り返すようなハードな使い方をしていると2年とたたずに電池容量が急減し電池パックそのものも膨張して機器破壊を引き起こしてしまう状況で、それよりもかなり少ない充放電回数しか保証できないような電池を出されても、それ以外で何かよほど大きなメリットが提示されない限りは普及が進まない気がします。

もちろん、マグネシウム二次電池にはその電極・電解質の主原料がリチウムイオン二次電池に用いられるリチウムより格段に安く入手が容易(※注5)という大きな強みがあります。

 ※注5:マグネサイトなどの鉱物資源の形でも手に入りますが、これらは中国やロシアなど産出国が極端に偏っています。一方、海水中の塩分の約15パーセント(※海水全体に含まれる割合は0.5パーセント程度)が塩化マグネシウムや硫化マグネシウムといったマグネシウム化合物で、海水を主原料としてイオン交換膜製塩法にて塩(塩化ナトリウム)を精製する際の副産物(にがり)として塩化マグネシウムが得られます。このため、今後マグネシウム二次電池が実用化した際には、輸入品の酸化リチウムを主原料とするリチウムイオン二次電池と比較して大幅に低廉になると考えられています。

また電気自動車やプラグインハイブリッド車の急増が原因で、リチウムイオン二次電池の主原料となる炭酸リチウムの原産国である中国での市場取引価格が短期間で3倍に急騰している現在の状況を考慮すると、現行のリチウムイオン二次電池を代替しうる、それと同等の性能・特性さえ確保できるのであれば、それだけでも相応の競争力を確保できる(※注6)と言えます。

 ※注6:ただし自動車用の場合、ブレーキ時に回生ブレーキ(駆動用モーターを発電機として利用し、運動エネルギーを電力に変換してバッテリーに充電することで制動力を得るタイプのブレーキ)を利用するため、特に市街地などで運転する場合にはかなり頻繁にバッテリーの充放電が繰り返されることになります。そのため、充放電回数に厳しい制約のある現状のマグネシウム二次電池でリチウムイオン二次電池を代替するのは困難、あるいは高頻度でのバッテリーパック/モジュール交換が必要と考えられます。

にもかかわらず、今回のSAITECの発表では「今回開発したマグネシウム蓄電池は、強みである大容量、高い安全性といった特徴を生かせる、スマートフォン、タブレット端末、ノートパソコンなど小型の民生用機器に適しています」としていて、2009年の発表時には真っ先に挙げられていた電気自動車用二次電池としての利用について全く触れていません。

それはつまり、これまでに挙げてきた電極劣化問題について、今回の研究成果が電気自動車などでの回生ブレーキ使用に十分耐えられるレベルの耐久性や応答性能を実現できていないことを暗に示していると考えられ、まずは自動車用よりも低い耐久性でも製品化可能と考えられる小型民生機器用二次電池として製品化を目指すことにしたと推測できます。

もちろん、SAITECとしては今後も製品化に向けて電極の劣化対策に全力を挙げて開発してゆくのでしょうが、2009年の発表後に正極材料について特許を取得し今回の発表で電解液について新しい特許を取得したとしていることから考えて、少なくとも筆者には、SAITECの研究チームは電極の劣化メカニズムに抜本的にメスを入れるような新しい技術開発ができたわけではないように見えます。

先に触れた京都大学と高輝度光科学研究センターの研究チームが研究にあたって解析で播磨科学公園都市にある大型放射光施設「SPring-8」を利用できるという恵まれた環境から、そうした劣化メカニズムの究明といった理論面での研究・検証に力を入れているのと比較するとSAITECの方はそのあたりに結構大きな弱点がありそうに見えます。しかし、それはそれとしても、これまで15年以上の長きに渡ってモバイル機器用二次電池市場に君臨してきたリチウムイオン二次電池を代替しうる新電池の製品化の目処が立ったというのは本当に朗報です。

同じように研究開発していても、それが実現可能かどうか判っているのと判っていないのとでは心理的に大違いですから、今後は世界中で急速に研究開発が進むようになることでしょう。

実際の応用製品が製品化するまでに果たしてどの程度の時間がかかるのかは定かではありませんが、これは特に電池の重量・容積ともに非常に厳しい制約のあるウェアラブル機器には福音となる技術開発であり、ことによると今のスマートウォッチなどの抱えているサイズや電池寿命といった諸問題はこの電池の実用化で一気に解決してしまうかも知れません。

そうなる日が一日も早く訪れることを期待したいものです。

▼参考リンク
先端産業創造プロジェクト“マグネシウム蓄電池” 世界初の実用化に目途 – 埼玉県

マグネシウムイオン二次電池の正極材料を開発(2009年11月24日発表の独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構および埼玉県産業労働部産業技術総合センター(SAITEC)によるニュースリリース)

共同発表:高エネルギー密度・高安全性・低コスト二次電池の開発に成功~リチウムからマグネシウム金属へ~(科学技術振興機構(JST)のプレスリリース)
高エネルギー密度・高安全性・低コスト二次電池の開発に成功 -リチウムからマグネシウム金属へ-(京都大学のプレスリリース)

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