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例え乗除算が遅くとも ~樫尾俊雄発明記念館で黎明期のリレー式計算機を見た~後編

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by [2015年12月24日]

前編では、計算機の歴史を振り返りました。ここからは「樫尾俊雄発明記念館」に収蔵されているリレー式計算機を見ていきます。

カシオ計算機の処女作

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カシオ計算機 14-A
世界初の小型リレー式純電気計算機

「樫尾俊雄発明記念館」の展示品中で目玉の1つとなるのが、「14-A」と名付けられたオフィス用デスクサイズのリレー式計算機です。

この機種は1957年に開発されカシオ計算機設立のきっかけになった、同社の製品化された計算機としては処女作にあたるもので、同時に世界初の小型純電気式計算機でもあります。

この機種はデスクサイズの筐体背面部に演算素子として341個のリレースイッチを搭載し、これにより14桁(※注9)の四則演算を実現しました。

 ※注9:「14-A」という型番の「14」はこの桁数に由来します。

ここで、「ふーん」とだけ思った方も多いと思いますが、実はこれ、大変なダウンサイジングでした。

同時代の大型リレー式計算機ではリレースイッチを1万3千個ほど搭載して、あるいは部屋一杯になるような大がかりなハードウェアとすることで実現していた機能が、わずか341個のリレースイッチによりデスクサイズにコンパクト化の上で実現してしまったのです。

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カシオ計算機 14-Aの心臓部たるリレースイッチによる演算機構部
ご覧の通り、デスク状の機体本体の背面部全面にわたって合計341個のカシオ計算機自社開発リレースイッチが並べられており、その動作状況が外部から見えるようになっている

これは直列演算回路の考案や新型リレースイッチの自社開発など、俊雄氏らによる様々な回路構成・部品設計の工夫によって実現されたもので、「14-A」がデスクサイズに収まり、しかも当時としては静かで高速な計算処理を実現する上で大きく寄与しています。

同時代の電動歯車式計算機と比較すると、これは演算内容にもよりますがおよそ3倍から7倍程度の高速演算が可能となっていたとのことで、翌1958年に発売された国産初の大衆車である富士重工業「スバル360」の価格が365,000円であり、また一般的なサラリーマンの大卒初任給が1万円台中盤であった当時、485,000円という非常に高額な価格にも十分な価値があったわけです。

14-Aの特徴

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カシオ計算機 14-A テンキーおよびディスプレイ部
電源が切れているためにわかりにくいが、上部のディスプレイには各桁ごとに上から0~9の数字が並んで配置されており、下の数値入力によってそれらの数字が点灯される仕組みとなっている。このため、同じ数字が並ぶと横一直線、2つの数字が交互に並ぶと千鳥配置など、値によって様々な模様を形成した

この「14-A」の最大の特徴は、入力にテンキーを使用しその上部に設けられた表示窓に入力数値や計算結果を点灯表示するようになっていることです。

つまり現在の電卓のユーザーインターフェイスの原型が、既にこの時点でほぼ確立されていたことになります。

これより前の計算機では、歯車式計算機の機構的な事情に由来するフルキーボード(※注10)が採用されていましたから、シンプルでわかりやすいテンキー方式は本当に大発明であったと言えます。

 ※注10:各桁ごとに別々に0~9のボタンを設けて入力する方式をこう呼びます。つまり、この方式では扱える桁数を多くするとその増えた桁数×10ずつ入力用キーが増えることになります。

もっともテンキーを搭載しているとは言っても、まだ試行錯誤が続いていた時期の製品らしく、後の機種には継承されなかった機能も少なからずあって、例えば小数点位置の移動のための専用キーを備え、表示されている数値の小数点位置を自由に変更できたり、また累積計算も可能となっています。

また、テンキーの配列を見ると乗除算と加減算の指令に用いるキーが明らかに分けて配置されているのが目を引きます。

一方、数値の表示窓は縦に0~9の数字を並べ、それを横方向に14桁分並べて、所定の数字の下に内蔵されたランプをそれぞれ点灯することで数値を表示するという至ってシンプルなものです。

リレー式の弱点

十分に高速な現在のCPUなどではほとんど意識されなくなっているのですが、現在の目で見るとあきらかに低速で動作するリレースイッチを利用した論理演算回路の場合、回路規模が大きい乗除算、特に除算は恐ろしく時間がかかるもの(※注11)でした。

 ※注11:実は半導体でも乗除算回路の構成は必要となるトランジスタ数が非常に多く、そのため初期の8ビット~16ビットCPUでは乗除算命令を省略し、加減算命令の組み合わせやビットシフト操作などによるソフトウェア処理で乗除算を行うようにしていた機種が少なくありませんでした。また乗除算命令をサポートしたものでも、初期の機種では固定小数点演算の加減算命令ならばせいぜい6クロックもあれば演算が終わるのに、乗除算、特に除算命令を使用すると数十クロック以上の長大な演算時間が必要な機種が珍しくありませんでした。ちなみに十分に高速化されたはずの現在のCPUでも、アーキテクチャの種類にかかわらず除算は決して得意とは言いがたく、例えばx86系CPUのSSE系拡張命令でも同条件で加減算命令なら1クロックか2クロックで済む処理が除算命令だと40クロック以上かかるケースが今もあったりします。

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カシオ計算機 14-Aのテンキー部クローズアップ
ご覧の通り、機能別に分けてキーが並べられており、左の加減算操作系キーには小数点移動キー(左端上2つ)、右の乗除算操作系キーには除算停止キー(「St」キー:右端一番上)と現在の電卓ではお目にかかることのないキーが搭載されている。特に後者は除算の激烈に遅いリレー式計算機ならではのキーであった

そのため、回路が簡単で高速に処理できる加減算と処理に時間のかかる乗除算関係の指令キーが意図して分けて配置されていた(※注12)のです。

 ※注12:除算に時間がかかることを象徴するものの1つとして、これらの乗除算指令キー群の中にわざわざ専用キー(「St」キー)として「除算途中停止ボタン」が設けられていることが挙げられます。つまり、この機種では除算にあまりに時間がかかるため、途中で待つのに音を上げたユーザーが計算を諦めて計算を停止させることが少なからずあると開発陣自身が想定していたわけです。加減算や乗算にはこうしたキーは用意されていませんから、いかに除算が厄介で時間のかかるものであったかが見て取れます。ちなみにこの「他の四則演算に比べ除算が激烈に遅い」と極端な形で目立ってしまい「(除算の)計算が終わるまでにタバコが1本吸い終わってしまう」と揶揄されたことが、リレー式計算機そのものの早期退場を決定する結果になりました。

意外とアナログな定数入力機構

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カシオ計算機 14-A 定数入力用ロータリースイッチ群
本体のテーブル部前面下の目立たない位置に搭載されている。物理的に10接点のロータリースイッチを並べ、ダイレクトに定数を入力させるというある意味力業の仕組みだが、適切なメモリが使えなかった当時としては、他に選択の余地は無かった。

この「14-A」では5桁の定数3組を指定し利用可能な機能が搭載されているのですが、これは何とテーブル前面下部に用意された5桁×3組=15個の10接点ロータリースイッチによって直接数値を設定するもの(※注13)でありました。

 ※注13:これら3組の定数はテンキーの「X」「Y」「Z」の3キーによって呼び出し利用を行います。

これは今の電卓で言えば「K」表示されるモード(定数計算モード)に相当する機能で、DRAM発明前で適切なメモリ素子が得られなかった/非常に高価だった時代における苦労や工夫が見て取れる部分ですが、テンキーの付いているこの機種でこんなダイヤルがあっても、機能や操作法を知らなければ「??」で終わってしまいそうです。

国内に3台しか残っていない14-A

なお「14-A」はヒットを受けて平方根の計算を行う「√」キーを追加するなどユーザーの声を反映した改良を施した後継機種である「14-B」(1958年発表)にモデルチェンジしてトランジスタによる電子計算機が普及し始めた後の1965年まで生産され、長期にわたってカシオ計算機の屋台骨を支える機種であり続けました。

この「14-A」は現在この「樫尾俊雄発明記念館」保存の機体以外にもその技術発達史上における歴史的価値を認められ、上野の国立科学博物館やアメリカのスミソニアン博物館などでも保存展示されています(※注14)。

 ※注14:もっとも、可動状態を保っているのはこの記念館所蔵の機体と東京・浅草橋の日本文具資料館にもう1台あるかないかという状況(文具資料館の機体は既に乗除算が正常にできなくなっている由です)で、カシオ社内でもこれを修理できる技術者がほとんど残っていない状況であったりします。

歯車式のプログラミング機構を備えたAL-1

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カシオ計算機 AL-1
独自の歯車式プログラミング機能によりユーザーが直接かつ任意にプログラミングを行い、計算を実行させることのできた初めての科学技術計算用計算機。その歴史的価値を認められ、国立科学博物館から重要科学技術史資料として認定されており、その認定盾がデスク部のテンキー横に置かれている

次にご紹介するのは、リレー式計算機時代のカシオ計算機を代表するもう1台である「AL-1」です。

本当は「14-A(あるいは改良形の14-B)」やこの「AL-1」の後にもう1台、リレー式計算機時代のカシオ計算機製計算機群の掉尾を飾る大作「81」があったのですが、これはリレー式計算機のネックであった乗除算の内、乗算については九九の表の値を参照することで計算を高速化する(※注15)いわゆるルックアップテーブル方式を導入し新設計のリレーを搭載することで従来比5倍の高速化や小形化を実現したものの、当時既に市販が始まっていたシャープ「CS-10A」など他社のトランジスタを演算素子とする電子計算機と比較して除算があまりに遅かったために発表の時点で時代遅れと見なされ、販売店サイドの支持が全く得られず発売されずに終わりました。

 ※注15:製品名の「81」は先行機種からの連続性が皆無であることから判断すると、恐らくこの九九表参照から9×9=81に由来すると考えられます。

「81」の新製品発表会が図らずもカシオ計算機社内で試作中の新型トランジスタ電子計算機の技術発表会になってその開発を販売店から強く督促されたことは、リレー式計算機の時代の終わりを象徴する出来事として今も語り継がれています。こうした経緯で量産直前で発売中止となった「81」はその後全て廃棄処分されてしまい、1台も現存していません。

話を元に戻すと、この「AL-1」はそうしたトランジスタ電子計算機が製品化されリレー式計算機が終焉を迎える前夜の1962年に発表された、ユーザーが直接プログラミングを行って複雑な科学技術計算処理を行わせることのできる最初の機種です。

AL-1の特徴

その演算機構そのものの基本設計は「14-A」や「14-B」の系譜に連なるリレー式計算機なのですが、この「AL-1」の特徴は独自のプログラミング機能にあります。

樹脂製のプログラミング用歯車を6枚並べた歯車ユニットを用意し、その歯を適宜折ることでプログラム命令を記述し、それを「AL-1」本体に取り付けてプログラムを読み込ませることで、ユーザーが自由に計算処理の内容を変更することが可能となったのです。

また、この「AL-1」では四則演算精度が10桁(積は19桁)で10桁1組の変数を記憶でき、さらに定数を10桁2組記憶できるようになっていました。

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カシオ計算機 AL-1本体上部前面に搭載された10本のニキシー管による数値表示部
ご覧の通り、この機体も通電すれば「0」が表示される程度には機能が維持されているのがわかる

キーボード部に「14-A」にはなかった(そして「14-B」で新設された)√記号が追加されており、またディスプレイは「14-A」のような各桁10組ずつの数字のいずれかを点灯させる方式から、当時この種のディスプレイに多用されていたニキシー管(※注16)を10本並べて10桁表示としたディスプレイに変わっています。

 ※注16:放電管の一種で、ガラス製の管内に各種文字や記号の形状をした陰極を多数内蔵し、それと1組が内蔵された陽極の間で170V程度の電圧をかけて放電させ、密封されたガラス管内に充填されたネオンガスによって放電発光させることでそれぞれの陰極の形の文字や記号を表示するのに利用されます。自己発光デバイスであって視認性が良く、しかも比較的長寿命であったことからLEDが普及するまで様々な場所で使用されました。

もっともこのディスプレイは点灯していなければ傍目には全くディスプレイに見えない代物で、良いように言えば質実剛健、悪く言えば無骨で無愛想なインターフェイスとなっています。

ユーザーにプログラミングの自由を与えたAL-1

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カシオ計算機 AL-1の歯車式プログラムに用いる、歯車ユニット
ご覧の通り6枚の歯車を並べたユニットで、これら6枚の樹脂製歯車それぞれに刻まれた60枚の歯を適宜折ることで1から0へ状態を変化させ、6ビット58ステップのプログラムを記録する

この機種の中核的機能と言えるプログラム歯車は掌に収まる程度の小さな樹脂製円盤に60枚の歯が刻まれたもので、これを折ることで1ステップ(歯1枚)ごとにそのオンオフの状態を読み込ませて6枚分で6ビット長の命令を計算機に読み込ませる様になっています。

これは分かりやすく言えば、オルゴールの曲を記録するドラムの突起の有無を歯の有無で置き換えたと考えれば良いでしょう。

この時代、大型計算機などではパンチカードがプログラムの読み込みに利用されていたのですが、より簡便かつコンパクトに済ませる方法としてこの「AL-1」の歯車式プログラムはなかなか良いアイデアであったと言えます。

ちなみにこの機種の発売当時のお値段は何と995,000円と非常に高価で、重さ160kgと大変重い本体でしたが、当時パーソナルにプログラミングを行って利用できる計算機はなかったため、科学者や技術者が自身で直接プログラミングを行えその場で計算し結果を得ることができるこの機種もまたヒット作となり、官公庁や大学向けを中心に長期にわたって生産されました。

また、こうした科学技術計算のための計算機ニーズは、やがて関数電卓からプログラム電卓を経て、ポケットコンピュータやパソコン(※注17)の開発へつながってゆくことになります。

 ※注17:余談ですがカシオ計算機は、8ビットパソコンの黎明期に発売したFP-1000/1100という機種で、自社オリジナルのBASIC言語(C82-BASIC)に倍々精度二進化十進表現(4倍BCD)による数値演算機能を(ゲーム動作に必要、あるいは有利になる機能そっちのけで)搭載し、この種の計算処理を必要とする一部のユーザーから熱烈な支持を受けていました。

重要科学技術史資料に登録されたAL-1

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AL-1が国立科学博物館の重要科学技術史資料として登録された際に贈られた記念盾

なお、この「AL-1」は国内で確認されているだけで他に2台が現存する「14-A」と違ってこの「樫尾俊雄発明記念館」所有の1台しか国内に現存しないらしく、国立科学博物館の「重要科学技術史資料(未来技術遺産)」(登録番号第00140号)として2014年9月に登録されています。

計算機の技術史に残る2台が保存されていることの意味と価値

以上、「樫尾俊雄発明記念館」所蔵のカシオ計算機製リレー式計算機2台についてご紹介しましたが、なんと言っても素晴らしいのは、歴史的記念碑と言える「14-A」が製造から半世紀以上を経た今もなお、完全な可動状態を保っていることです。

この種の摩耗部品を備える機器の動態保存にはその維持のために大変な労力が必要で、しかも製造打ち切り部品の調達の苦労がつきまとうのですが、そうした問題を乗り越えて可動状態を維持するこの「14-A」には素直に敬服せざるを得ません。

カシオ計算機公式サイトの電卓歴史コーナー・展示場案内ページ渋谷区本町(最寄り駅は京王電鉄京王線初台駅)にあるカシオ計算機本社の2階に電卓歴史コーナー・展示場が開設されており、ここに「14-B」の可動機などが展示されている

カシオ計算機公式サイトの電卓歴史コーナー・展示場案内ページ
渋谷区本町(最寄り駅は京王電鉄京王線初台駅)にあるカシオ計算機本社の2階に電卓歴史コーナー・展示場が開設されており、ここに「14-B」の可動機などが展示されている

この記念館以外でも東京・渋谷区のカシオ本社2階にある電卓の歴史コーナーには、やはりレストアされ完動状態を保つ後継機の「14-B」が展示保存されているのですが、そちらはそちらで歴史的な価値があって貴重であるものの、やはりより古い「最初の機種」が完動状態を保つことの価値には勝てません。

ちなみにこの「樫尾俊雄発明記念館」所蔵の14-Aはずっと樫尾家あるいはカシオ計算機が所蔵していたものではなく、一旦米軍関係の工事を請け負っていた某建設会社によって購入され使用された後、長年にわたってその会社の倉庫に人知れず眠っていた機体が発見され、寄贈を受けカシオ計算機社内で大がかりなレストアを実施された後に展示されるようになったものとのことです。

つまり、高価な機器として購入され大切に扱われた後、長期間使用されず倉庫で雨風に晒されるようなことも無く保管されていた結果として今に伝えられた機体であったために、これほどのコンディションに復元できたと言えます。

付け加えれば、そのレストア作業は既にカシオ計算機を退職していた、この「14-A」の開発製造に携わったOBに依頼して修復が行われたとのことで、技術の伝承の重要性を図らずも知らしめることになりました。

この種の機械のレストアでは、どこでも古い技術やその運用ノウハウの伝承・継承、それに摩耗部品の入手や修繕が最重要課題になっているのですが、この「14-A」もその例に漏れなかったわけです。

筆者としてはこれら「14-A」と「AL-1」について技術的なノウハウの伝承が行われ同機の可動状態が末永く維持されるように祈らずにはいられません。

▼参考リンク
[HOME]一般財団法人樫尾俊雄記念財団 樫尾俊雄発明記念館
電卓草創期 – 電卓の歴史 – 電卓 – CASIO
電卓歴史コーナー・展示場のご案内 – 電卓の歴史 – 電卓 – CASIO
科学技術用計算機「AL-1」が国立科学博物館の未来技術遺産に登録 – 2014年 – ニュースリリース – CASIO
第00140号 リレー式プログラム機能付き計算機カシオAL-1 ― プログラム機能がついたリレー計算機 ―(PDF)

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