三陸鉄道応援プロジェクト 公式ページ背景に写っている2両の車両は最新の36-700形で、クエートからの復興支援で新造された車両を含む。

ポケモンとヤフーが「さんてつ」を応援 ~三陸鉄道応援プロジェクト~

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by [2015年4月01日]

三陸鉄道応援プロジェクト 公式ページ背景に写っている2両の車両は最新の36-700形で、クウェートからの復興支援で新造された車両を含む。

三陸鉄道応援プロジェクト 公式ページ
背景に写っている2両の車両は最新の36-700形で、クウェートからの復興支援で新造された車両を含む。

2011年3月11日、あの日起きた東北地方太平洋沖地震を発端とする東日本大震災でどれだけの人とものが喪われたかについては、今更ここで申し上げるまでもないでしょう。

ことに震源に対面し、地震によって起きた大津波が直撃した三陸地方の被害状況は、テレビのニュース越しでもその恐ろしさがひしひしと伝わってきて、慣れ親しんだ町並みが灰燼に帰すのをあの阪神淡路大震災で目の当たりにした筆者にとっては全く他人事とは思えないものでした。

東日本大震災というと、どうしても故郷を追われる羽目になった福島の人々の苦衷を思わざるを得ないのですが、津波の直撃を受けた三陸地方で被害を受けた人々の悲嘆も忘れることができません。

我が国でも有数の人口集積地帯であり、商工業の発達していた豊かな神戸でさえ、震災から20年を経た今もそのあちこちに大きな爪痕が残っているのですから、震災からいまだ4年しか経たずその記憶も生々しいあの地方で人々が立ち直るのにどれほどの努力を必要としているのか、正直筆者には想像もつきません。

しかし、些少であってもそうした人々の手助けをすることは誰にでもできます。赤十字社の募金活動に応じる、ボランティア活動に参加する、あるいはあの地方の産品を購入するなど幾つも手段がありますが、三陸では業の深い鉄道愛好者である筆者にもできる手助けの手段がありました。

三陸海岸に沿って敷設された旧国鉄線およびその計画線に由来する第三セクター鉄道であり、あの震災では路線が寸断される大きな被害を受けた三陸鉄道を「応援」するプロジェクトが今、ヤフオクでおなじみのヤフーなどの協力を得て行われているのです。

今回はこの三陸鉄道応援プロジェクトと三陸鉄道について考えてみたいと思います。

三陸鉄道ってどんな鉄道?

三陸鉄道、といわれてもそれが具体的にどこからどこまでを結んでいる鉄道なのかご存じない方もおられることでしょう。

この鉄道はその名のとおり岩手県の三陸海岸沿いに敷設されていて、盛と釜石の間36.6kmを結ぶ南リアス線と宮古と久慈の間71.0kmを結ぶ北リアス線の2つの路線よりなっています。

建設

これらの路線は元々1896年に起きた三陸地震の際に、海岸沿いの地域が津波により岩手県だけで1万8千人以上もの犠牲者を出す大打撃を受けたにもかかわらず、また地震の翌日から陸軍と海軍を動員して救助活動がおこなわれたにもかかわらず、地形的な事情から支援物資すら満足に被災地域へ送り届けることができなかった、という悲痛な事件の反省から同年に計画されたものでした。

しかし、地形的に峻厳で当時の建設技術では道路ばかりか鉄道の敷設すら困難であったこの地域の鉄道建設実現は大幅に遅れました。北リアス線と南リアス線の間、つまり宮古と釜石の間の区間をその一部に含む山田線(盛岡ー釜石)が当時の政友会内閣で首相を務めていた原敬のお膝元であったことからいわゆる「我田引鉄」の典型例として大正時代から昭和初期にかけて建設されたのを別にすると、その大半は戦後になって土木工事技術が大幅に発達してから、三陸縦貫鉄道構想と呼ばれる新線建設構想の下で盛線・宮古線・久慈線の名で1960年代末~1970年代前半になってようやく順次開業したものでした。

第三セクター鉄道への転換

ところが、これらの新線群は国鉄財政の悪化から残る未開業区間の建設が完成する直前になって工事が凍結され、さらに1981年には既に開業していた3線についても乗客数が少ないとして国鉄再建法の下での特定地方交通線、つまり鉄道を廃止してバスに転換するのが適当とされる路線に指定されてしまいました。

しかし、先にも触れたようにこの三陸海岸沿いの地域は地形的な事情から道路事情が控えめに言ってもあまり良くなく、また盛線・宮古線・久慈線のいずれも建設時期が新しく明治時代の三陸大津波の反省から長大トンネルや高架橋を擁するかなり高規格鉄道として建設されていて定時運行性や災害時の抗靱性が高かったことから、沿線の通勤通学や観光などを考慮すると機械的に鉄道を全面廃止としてしまうのは得策ではありませんでした。

そのため、岩手県はこれら3線と工事未成区間を引き受けて未成区間を完成させ、南リアス線と北リアス線の2路線に再編の上で第三セクターを設立、1984年4月1日より三陸鉄道として再出発を図ることとしました。

ちなみに、この三陸鉄道は国鉄の特定地方交通線が第三セクター鉄道へ転換した最初の例で、それゆえ第三セクター転換のモデルケースとして国鉄側が特別な配慮を行い(※注1)、その開業準備に当たっても全面的なバックアップを行ったと伝えられています。

 ※注1:これについては特定地方交通線指定から転換に至る交渉の時期の内閣総理大臣であった鈴木善幸の出身地がこの地域(岩手県下閉伊郡山田町)であったことも影響していた可能性が指摘されています。

震災まで

この種の特定地方交通線で転換後うまく行ったところは幹線鉄道のバイパス線や一定以上の貨物需要があった路線など、安定収入源を確保できていた路線がほとんどなのですが、この三陸鉄道は転換開業後サービス向上を図る様々な施策を行い、また経営の多角化を図るなどの努力を重ねたことで、そうした有利な要素がほとんどなかったにもかかわらず、開業から約10年に渡って黒字経営を達成するという大きな成功を収めました。

しかし、バブル経済の崩壊や少子化、それに大きな安定需要をもたらしていた沿線の大病院の移転などの要因が重なってそれ以降は赤字となり、震災直前の時点では観光客誘致のための様々な施策が実を結び始めたような状況でした。

震災

2011年の震災の際には、三陸鉄道でも大津波により一部の駅舎や路盤が流出するなど大きな被害がありました。

しかし、極力高台を選んでルート選定が行われ(※注2)、さらに長大なトンネルを掘ることで海岸線を無防備に走るような線形を避けていたことが幸いし、あれほどの被害を受けた地域を走る鉄道として考えればかなり小さな被害で済んでいました。

 ※注2:もっとも、この路線選定は必然的に駅が海岸の平地部の繁華街などから離れて使いにくくなる、という問題があり、未曾有の巨大災害から路線の大半を守った一方で乗客数増加のための営業施策を難しくする選定でした。

震災直後、わずか1週間たらずで部分的な運転を再開でき、予算的に厳しい中でも段階的な復旧を経て2014年4月に全線復旧にこぎ着けられたのは、こうした過去の教訓から津波被害対策を重視して決定されたルート選定のたまものだったのです。

なお、この震災のときに三陸鉄道の車両は3両が大ダメージを受けて使い物にならなくなったのですが、資金難で新車を買う予算のない三陸鉄道を支援し同数の新車購入を助けたのは、なんとクウェート政府でした。東日本大震災の復興支援目的でクウェート政府から日本政府に対して原油500万バレルが寄贈され、その代金相当の約400億円が日本赤十字社に寄付されたのですが、その内の約12億円が三陸鉄道の支援に充てられることとなったのです。

「情けは人のためならず」という言葉がありますが、1990年の湾岸戦争にともなう日本によるクウェート復興支援がめぐり巡って三陸鉄道の危機を救ったのです。

三陸鉄道を一躍有名にした「あまちゃん」

こうして震災後どうにか復旧が進んでいった三陸鉄道を全国レベルで有名にしたのが、2013年に放映されたNHK連続テレビ小説「あまちゃん」でした。

この番組では毎回オープニングで三陸鉄道の車両走行シーンが映し出され、さらに「北三陸鉄道リアス線」という名称で北リアス線がドラマの舞台ともなったのです。

この作品のおかげで三陸鉄道の風光明媚な車窓風景が全国に知れ渡ることになり、多数の観光客が三陸を訪れることとなりました。

間に挟まる山田線の譲受

こうして自社線の復旧と復興が全て順調とまでは言わないもののそれなりに着実に進んだ三陸鉄道ですが、ここに来て一つ難問が立ちはだかることになりました。

南リアス線と北リアス線の間に挟まっていて、2011年の震災被害により長期休止のままとなっているJR東日本山田線宮古-釜石間55.4kmの存廃問題が起きたのです。

この区間については当初、JR東日本は南リアス線の南側でやはり大津波により致命的な打撃を受けた大船渡線の一部(盛-気仙沼間43.7km)および気仙沼線(気仙沼-柳津間55.3km)と同様にBRT(Bus Rapid Transit:高速バス輸送システム)とよばれるバスを走らせるシステムでの「仮復旧」を提案していました。

しかしこの案は宮古市などの地元自治体から既に同じ区間に路線バスが存在する状況でこんなものを作ってどうするつもりだと反発を受けてしまい、これでとりあえずお茶を濁すつもりだったJR東日本はこの案を引っ込めざるを得なくなりました。

この問題についてはその後さまざまな議論が重ねられたのですが、最終的に決まったのが、この区間の線路をJR東日本が復旧費用の2/3を負担して原状復旧し、その後三陸鉄道へ移管、さらに一時金30億円の支払いや路線運営に必要となる車両の無償譲渡、人的支援などをJR東日本が行う、というJR東日本のみならず地元にとっても結構負担の大きな案でした。

つまり、この区間を引き受けることで三陸鉄道は悲願であった盛-久慈間の直通運転ができるようになる反面、老朽化して高額の保守経費のかかる、しかも併走する路線バスのおかげで客のほとんど乗らない路線(※注3)を抱えることになるのです。

※注3:震災直前の時点で特定地方交通線指定時の盛線・宮古線・久慈線の約1/2~1/3という悲惨な数字で、JR東日本がBRTでの「仮復旧」を提案したのもこれが理由でした。

さすがに、被災区間の復旧・移設工事と合わせて軌道強化や今時木製のままの枕木の交換も行われることが決定していますし、併走バスがそれなりの乗客を運んでいることを考えれば需要喚起も不可能ではないと考えられますが、立体交差主体の南リアス・北リアス両線と異なり地上を走行し踏切が多数存在するこの山田線区間では踏切事故の問題も高くなるわけで、結構ハードルの高い譲受と言えます。

三陸鉄道応援プロジェクト

このように、三陸鉄道は復旧したらしたでさらに苦境が待ち構えていたのですが、このほどそんな三陸鉄道を応援しよう、とヤフーおよびポケモンの被災地支援活動プロジェクトの一環として「三陸鉄道応援プロジェクト」公式ページが開設されました。

この一環としてヤフオクを利用した購入型支援(チャリティオークション)と寄付型支援(モノ、Tポイント、クレジットカード決済)の 2 種類の支援イベントも行われていて、廃車となった車両の灰皿や小石浜駅の旧駅名板、果ては1日車掌になれる券など、マニア的には垂涎のアイテムの出品や出品予告が行われています。

さらに、現在大船渡線の残存区間(一ノ関-気仙沼間)で大好評運転中の「POKÉMON with YOU(ポケモン ウィズ ユー)トレイン」が、南リアス線全線復旧1周年記念として4月4日と5日の2日間限定(※注4)ですが、南リアス線で特別運転を行うことになりました。

 ※注:4月4日と5日にそれぞれ釜石ー盛間を往復する予定となっています。なお全列車とも全席指定で、記事執筆時点で指定券は既に売り切れています。

そんなわけで、この4日と5日の当日には盛駅で車両展示会やポケモンイベントの開催も企画されており、当日の盛駅はお子さん連れのお父さん、お母さんで一杯になりそうです。

ちなみにこの「POKÉMON with YOUトレイン」、全部で4両しか作られなかったキハ100形試作車の内2両を改造して作られたもので、後続の量産車と比較して見るからに手の込んだ造りになっていて鉄道マニア的な視点では実はレア車両だったりします。車両展示会にゆかれる方は、そういう観点でこの列車を観察してみると面白いかも知れません。


また、ポケモン公式替え歌動画“サンテツ言えるかな?”の配信が開始されており、こちらは配信終了時期を決めずに配信されています。

これはタイトルを見れば一目瞭然ですが1997年にリリースされ大ヒットした“ポケモン言えるかな?”の替え歌で、各駅の名前とその駅周辺の名勝・名産品をあのノリで連呼するという色々凄いことになっています。

塵も積もれば鉄路となる

筆者がTポイントを寄付した時の表示画面

筆者がTポイントを寄付した時の表示画面

こうした一連の支援イベントの開催を見ていると心強い反面、三陸鉄道の未来に立ちはだかる問題の大きさを思うと、正直暗澹たる気分になってきます。

そこで、些少ですがTポイントカードのポイントがあったので、筆者も寄付をしてみることにしました。

これは利用可能なポイント残高のあるYahoo! JAPAN IDがあれば簡単に寄付できるような仕組みになっていて、筆者のようにTポイントを利用可能な店を頻繁に利用している人なら、割とお手軽に寄付できます。

例え10ポイントの寄付でも、1,000人が行えば1万円分となり、線路の下に敷く枕木を少なくとも1本は交換できるのです。

筆者が寄付をしたのはサイト公開開始から1日以上経過した記事執筆中のことですが、この時点で既に111人、約3万円の募金が行われており何とも心強い限りです。

正直、現在の日本では都市圏の大手私鉄や地下鉄、JR各線、あるいは新幹線を別にすると、バスも鉄道も公共交通機関はどこも慈善事業一歩手前みたいな状況で既に営利事業として成り立っていないのですが、地方自治体も過疎化などで財源がなくて支援できず、そのためむざむざ有用な路線を潰してしまうような悲惨なケースが少なからず発生しています。

幸いなことに三陸鉄道の場合は自助努力で開業以来10年を黒字で過ごせましたが、それ以後に開業した第三セクター鉄道の中には、短期間でバス転換せざるを得なくなったものが複数存在し、その中にはその代行バス路線が廃止全区間を直通しなくなってしまった所すら存在しています。

このあたり、人口政策や地方行政の問題が複雑に絡むので断定的に申し上げることは難しいのですが、もう少しうまい策はないものかと思ってしまいます。

▼参考リンク
三陸鉄道応援プロジェクト – リユース! ジャパン プロジェクト
JR東日本:ポケモンウィズユートレイン
POKÉMON with YOUトレインと南リアス線全線運行再開1周年イベントのお知らせ « 三陸鉄道株式会社の公式サイト

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