凸版印刷がNEDOプロジェクトにて研究開発した印刷技術によるフレキシブル電子ペーパーを利用した電子棚札カラー表示化を限定的に行うことで、電子ペーパーのカラー化における弱点であるカラーフィルター併用に伴う反射率低下の問題に対処している。

今やトランジスタは印刷の時代 ~凸版印刷がフレキシブル電子ペーパーを開発~

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by [2015年3月30日]

凸版印刷がNEDOプロジェクトにて研究開発した印刷技術によるフレキシブル電子ペーパーを利用した電子棚札カラー表示化を限定的に行うことで、電子ペーパーのカラー化における弱点であるカラーフィルター併用に伴う反射率低下の問題に対処している。

凸版印刷がNEDOプロジェクトにて研究開発した全印刷形フレキシブルTFT形成技術によるフレキシブル電子ペーパーを利用した電子棚札
カラー表示化を限定的に行うことで、電子ペーパーのカラー化における最大の弱点であるカラーフィルター併用に伴う反射率低下の問題に対処している。

増幅素子であるトランジスタが現在の半導体による電子産業の基礎をなしているのは今更言うまでもないことです。

高純度のシリコン結晶に不純物を添加(ドープ)することでp(positive)型・n(negative)型という2種の半導体シリコンの区画を隣接して作り、それぞれの区画に配線を行うことでまず一方向にしか電流を流さないダイオードが作られ、さらにそのp型とn型のシリコンの区画をp-n-pあるいはn-p-nと順に並べそれぞれに配線を施すことでトランジスタ(バイポーラトランジスタ)が誕生、そしてこのトランジスタとコイル、キャパシタ(コンデンサ)などを適宜組み合わせることで現在の電子産業の時代が始まったのです。

まぁ、厳密に言ってしまうと、現在の半導体チップなどではこの手のバイポーラトランジスタが使われるのはアンプの出力増幅段など電流増幅が必要な回路用にほぼ限られていて、CPUなどスイッチング回路の塊になるようなデバイスでは、バイポーラトランジスタだと消費電力が大きすぎる(※注)のでその後発明された電界効果トランジスタ(Field effect transistor:FET)に分類される半導体が使われているのですが、ともあれこれらのトランジスタを基礎とする回路を集積した半導体素子では、硬いシリコンの結晶から切り出した円盤(ウェハー)の上に回路が構成されるため、「柔らかい半導体」を作ることや印刷技術を用いて半導体集積回路を作ることは長らく困難でした。

 ※注:これはバイポーラトランジスタでは入力される電流量でスイッチングや増幅といった作用を行わせるようになっていて信号の振幅を±両方向に行えるようにするには、常時バイアス電流を流し続けて基準となる電流量をかさ上げする必要があるのに対し、FETの場合は入力電圧の変動による電界効果でスイッチングや増幅を行わせるため常時バイアス電流を流す必要がない=バイアス電流による大きな熱損失が発生しないためです。ジュール熱の公式がしめすように、回路の発熱量は電流量の二乗に比例するため、電流量が小さい方式の方が低消費電力化では有利になります。

しかしこのたび、FETの一種であるTFT(Thin Film Transistor:薄膜トランジスタ)を高精度な「印刷」技術によって形成することで、フレキシブルな、つまり「自由に曲げられる」電子ペーパーを製造可能になったことが、独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構から発表されました。

今回はNEDOプロジェクトに参加している大手印刷メーカーであり、半導体製造技術にも深く関与している凸版印刷が実用化にこぎ着けたというこの技術について考えてみたいと思います。

電子ペーパー

今回発表されたのは、印刷技術によりTFTを形成し、それを用いて「薄く・軽く・曲がるフレキシブル電子ペーパー」、それもカラーフィルターの適用により部分的にカラー表示を可能としたタイプのものです。

そもそも電子ペーパーって何だ、という方もおられるかも知れません。

電子ペーパーは電気的な手段によってピクセルの状態を変化させ、表示内容を書き換え可能としたデバイスです。

最初に実現した電子ペーパーは、光の反射を利用してピクセルの状態変化を実現していて、例えば半分ずつ白黒に塗り分けた球体を平面上に敷き詰め、電界の変化と静電気の作用によりこの球を回転させることでディスプレイ面に見える側の球面(=ピクセル)の色を白と黒で変化させるもの(マイクロカプセル形)でした。

他にもイン・プレーン形や電子粉流体方式など、いくつか方式があるのですが、この種のデバイスは反射型であることもあって、一般にピクセル単位での状態変化(書き換え)にのみある程度大きな電力を消費し、画面表示そのものの維持にはほとんど、あるいは全く電力を消費しないという特徴があります。

つまり、全く電力消費の無いタイプだと一度書き換えを行えば再書き換えを行わない限り永続的にその表示内容が保たれ続けるということで、自己発光素子であるため低消費電力であるとは言ってもそれなりに電力消費のある有機ELや、光を遮るシャッターとして機能する液晶などのような一般的なディスプレイデバイスとは異なり、一定周期で画面全体の書き換えを繰り返す必要がなく格段に消費電力が低くて済むわけです。

例えば現在のスーパーマーケットなどでは、展示用ラックなどに取り付ける商品のための棚札として小型の液晶ディスプレイとマイコンを組み合わせたデバイスを使用しているところが一部にありますが、これはバックライトを持たない反射型であっても相応に電力消費があり、ディスプレイ部分だけでも定期的に電池交換などのメンテナンスが必要で、さらにそのディスプレイに表示する内容を保ち続ける必要もありますす。

それを電子ペーパーで置き換えれば、電池を交換する手間が皆無かそれともほとんどなくなり、加えて表示内容をディスプレイに入力するためのコンピュータも常時動作させ続ける必要がなくなるわけです。

トランジスタを「印刷」する

電子ペーパーは構造が比較的単純で、ゆえに薄く作りやすいという特徴があって、電子ペーパー本体の基板を樹脂フィルムなどにすれば「曲がる」電子ペーパーが作れるのですが、この「フレキシブル電子ペーパー」はこれまでなかなか実用化されませんでした。

これは、電子ペーパーの表示部分そのものは比較的容易に「曲がる」ように作れても、その表示内容を制御するための回路部分まで「曲がる」ようにするのが結構難しかったためです。

これを実現可能にしたのが、20世紀末にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士らの研究によって発見された導電性を与えられた有機化合物の組み合わせによる、有機半導体回路です。

柔らかい樹脂系半導体材料を組み合わせて回路を形成すれば、電子ペーパー本体の基板となる樹脂フィルム上に「曲がる」半導体が形成できるわけです。

1990年代末のこの方法論の確立によって、有機半導体によるフレキシブル電子ペーパーそのものの実現に向けた研究開発が各社で進められるようになりました。

もっとも、これはさすがに技術的な難度が高かったようです。

ブリヂストン 「超薄型オールフレキシブル電子ペーパー端末」世界初のオールフレキシブル電子ペーパー端末。

ブリヂストン「超薄型オールフレキシブル電子ペーパー端末」

「世界初の完全なフレキシブル電子ペーパー」を謳う製品がブリヂストンから発表されたのは2009年のことで、フレキシブル電子ペーパーの実現可能性が示されてから約10年が過ぎていました。

電子ペーパーにとって不幸だったのは、こうした技術の確立による製品化の時期が、液晶の技術開発進展による急激な低価格化のタイミングと重なってしまったことでした。

そのため、上で触れたブリヂストンは2012年に電子ペーパー事業から撤退、他社でも製品化や技術開発が停滞することになってしまったのです。

もっとも、こうして電子ペーパーの開発が停滞している間に、有機半導体の生産に関わる重要な技術が開発されていました。

インクジェットプリンタの技術を流用し、有機半導体をインクとすることで有機半導体回路を基板上に直接「印刷」する技術が実現可能となったのです。

つまり、これまでならば特別な環境下で生産せねばならなかった半導体回路が、常温の環境下で印刷するだけで生産できるようになってしまったのです。

無論これは高周波特性など性能的には通常のシリコン半導体と比較すると大きく見劣りしますが、特に高い性能を必要とするわけではないデバイスで使用する分には十分な性能が得られるものでした。

ただ印刷すれば良いというわけではない

全印刷形フレキシブルTFT形成技術で用いられる銀配線とそのピッチ比較今回の研究発表では配線と配線間の間隔をそれぞれ1μmとした例が示された。これをぶれなく正しく印刷するには、相応の印刷精度が求められる。

全印刷形フレキシブルTFT形成技術で用いられる銀配線とそのピッチ比較
今回の研究発表では配線と配線間の間隔をそれぞれ1μmとした例が示された。これをぶれなく正しく印刷するには、相応の印刷精度が求められる。

もっとも、この「印刷」による半導体回路形成技術は、一見簡単そうな割に大変な技術でありました。

というのも、回路を構成する有機半導体によるインクを複数種類必要に応じて使い分ける必要があり、しかもその「印刷」プロセスでは同じ基板上で求められる位置に高精度で「正しい位置」にインクを着弾させる必要があるためです。

具体的に言えば、製品としての性能・特性のばらつきを最小限に抑えることや、TFT回路内での電子移動性を最大限に確保することが求められるため「印刷」プロセスにおいて相応の管理や制御が求められ、さらにライン/スペース、つまり回路を構成する配線と配線と配線の間の空間の最小幅が共にμm単位の精度で形成できるレベルでインクの着弾位置を制御することも求められるのです。

同じ技術を応用した有機ELディスプレイの印刷法ではインクに用いる有機色素を構成する分子の最適解が未だ見いだせておらず、実用化が進んでいませんが、幸いなことにはこの印刷による半導体回路形成技術、特にTFTの形成技術については印刷会社のノウハウを投入することで開発が進み、今回の発表に至っています。

カラー化の難しい電子ペーパー

電子ペーパーは消費電力の低さという一点で他にないメリットのあるディスプレイデバイスなのですが、その反面画面表示切り替えの応答速度向上やフルカラー表示が難しく、また基本的に反射型のデバイスで、周囲の光の状況によっては視認性が低下するという問題もあります。

タブレットなどで電子ペーパーをディスプレイデバイスとして搭載する機種が皆無でモバイル機器ではAmazon Kindleや楽天 Kobo Touchなどの電子書籍ビュワー位にしか採用されていない(しかもそれらでも上位機種ではほぼ例外なくフルカラーTFT液晶に変更されている)のもこれらが原因です。

特に構造的、機構的な制約から反射率が低下するカラー表示が苦手なのは致命的で、方式にもよるのですが大型のデジタルサイネージ(電子看板)では表示に必要な色を限って出力できるようにすることで2012年になってようやく多色カラー化(※フルカラー化ではない)を実現した、という逸話が残るほどであったりします。

今回の凸版印刷による技術開発でも、部分的にカラー化するにとどめており、電子ペーパーのカラー化の難しさを示しています。

ウェアラブルデバイスには応用できるのではないか

以上、フレキシブル電子ペーパーについて見てきましたが、残念ながらこれは現在の有機ELディスプレイや液晶ディスプレイを置き換えられるようなデバイスではありません。

しかし、ごくわずかな電力供給、あるいは給電なしで表示状態が保持され、しかも非常に薄く作れるというこのデバイスの特性は他では得がたいものであって、特に今回の研究発表で例に用いられている「レール型電子棚札」などは正に最適の利用例の一つです。

緊急時の案内表示など、この「給電なしでも表示状態が維持できる」特性はさまざまな応用が考えられるでしょう。

また、モバイル機器でも、特に消費電力面での制約の特に厳しいウェアラブルデバイスのディスプレイとしてなら、用途を選べば有効に活用できそうに思えます。

液晶がどれほど高性能化しようとも、定期的な画面表示書き換えを完全に無くすことは難しく、また付加回路無しではCPUやGPUの動作を止めて画面表示を維持することもまた難しいことを考えると、例えばスマートウォッチならば使い方次第で上手くゆきそうに筆者には見えます。

実際、電池の容量増加もCPUの低消費電力化も共に難しい現状では、スマートウォッチでフルカラー液晶などという余計なものに電力を浪費させられるような状況ではないはずです。

筆者個人の感想として、そもそも「世の中にどれだけフルカラー表示の文字盤がついた腕時計が存在するというのか」というのがあるのですが、時計としての実用性を優先すれば「消費電力面で有利なモノクロ、あるいは限定的なカラー表示対応の電子ペーパーをスマートウォッチの画面表示に用いる」という選択もあり得るのではないでしょうか。

なんというか、スマートフォンなどでフルカラー表示が当然になりすぎて、開発サイドからこういう発想が抜け落ちてしまっている気がします。

▼参考リンク
NEDO:プリンテッドエレクトロニクス技術によるフレキシブルTFTを開発
ニュースリリース | 会社情報 | 株式会社ブリヂストン(「電子情報閲覧用電子ペーパー端末」並びに
「超薄型オールフレキシブル電子ペーパー端末」を開発)
ニュースリリース | 会社情報 | 株式会社ブリヂストン(電子ペーパー事業からの撤退について)

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