赤外線カメラ、赤外線LED照明を搭載したスマートフォンの試作機の概要図

気分はSF? ~富士通、虹彩認証システム搭載スマホの試作機発表~

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

by [2015年3月09日]

赤外線カメラ、赤外線LED照明を搭載したスマートフォンの試作機の概要図

赤外線カメラ、赤外線LED照明を搭載したスマートフォンの試作機の概要図

これまで、コンピュータ機器でのセキュリティ確保には、パスワード(暗証番号)入力、指紋/掌紋認証、静脈認証、声紋(音声)認証、それに顔貌認証などが(場合によってはそれら複数を組み合わせて)用いられてきました。

これらは、「本人以外知らない(ことになっている)」情報をキー入力するパスワードを別にすれば、いずれもカメラやマイク、それにセンサーなどの機器を用いて個人の生体についての固有情報を取得し、「本人であること」を確認するという方式です。

それらはいずれも、個々人の肉体に備わる特徴点を抽出してデータベース化し、それに定められた条件を満たして一致した場合のみ認証を行う、という仕組みを備えているわけですが、これらはそれぞれ以下のような問題点を抱えています。

まず、指紋/掌紋認証には全員が確実にこの認証できちんと登録でき、また認証も正しく行えるという保証がありません。また、手袋をはめているとそもそも使えない(※注1)という利用環境によっては致命的な問題も抱えています。

 ※注1:例えば、気温が氷点下の極寒の地で何かする度に手袋を外して認証を行えというのはほとんど何かの罰ゲームか拷問も同然でしょう。ちなみに筆者はどうしても手袋が外せない状況でiPhoneを使用していて、指紋認証を求められて大変に困った経験があります。

いち早く指紋認証を導入したiPhoneで補助的な入力手段としての暗証番号入力が無くせないのも、こうした問題があるためです。

次に、静脈認証は指で行う場合にせよ、掌で行う場合にせよ、いずれも特別かつそれなりに大がかりな専用入力機器の利用が必要となっています。そのため、銀行のATMなど常設据え置き型の機器に搭載する分には問題になりませんが、スマートフォンなどのモバイル機器で利用するには難しいと言えます。

声紋認証は予め録音された本人の音声を用いられると肉声との判別が出来ないという重大な問題があり、またそれ以外でも正確な判定を行うには周囲に雑音の多い環境では利用が困難です。

最近では技術の進歩によりかなり高精度な判定(※個人の体調差による声の変化にも追従して対応・認識するレベルになっています)が可能になっていますが、雑踏の中で通話のためにスマートフォンを起動したい、といった場合には未だ問題の多い方式であると言えます。

顔貌認証はユーザーの顔を撮影し、その特徴点を抽出して判定する方式ですが、これにはコンピュータの性能が向上した現在もなお、対象となるユーザーの表情の変化を検出・認識するのが大変に難しい、という問題点があります。

顔貌認証と聞いて一昔前のフィーチャーフォン端末で採用された顔認証をご記憶の方もおられると思いますが、あの頃の端末の顔認証では、化粧しただけでも認証されなくなった、ちょっとでもカメラの角度が違うと認証されない、といった問題が生じたものでした。

このようにいずれの方式にも何らかの問題点があるため、判定失敗時を考慮して(パスワード入力を含めた)複数方式を組み合わせて利用するケースが少なくありません。

こうした個人のいわゆる生体認証技術では、長期的に変化が少なく、また個々人ごとに固有の、つまり他に同じもののないと考えられる要素を抽出して判定しているわけですが、上に記したような指紋、掌紋、声紋、静脈、それに顔貌の他に実はもう一つ生体認証の対象として有力な部位が人体にはあります。

それは眼球、つまり人間の目玉に備わっている虹彩です。

この部分の形状もまた個々人ごとに異なっていて、変化点を抽出することで生体認証に利用できるのです。

そしてこのほど、3月2日から3月5日にスペイン・バルセロナで開催された「Mobile World Congress 2015(MWC)」にて、富士通がこの虹彩認証機能を搭載したスマートフォンの試作機を発表しました。

今回はこの試作機と虹彩認証について考えてみたいと思います。

虹彩ってどの部分?

虹彩周辺の概念図瞳孔は濃い色であるがこれは単なる「孔」で、その奥にある水晶体に入力される光量がここで決定される。虹彩はこの瞳孔の開口量を調節するための膜状筋肉組織である。

虹彩周辺の概念図
瞳孔は濃い色であるがこれは単なる「孔」で、その奥にある水晶体に入力される光量がここで決定される。虹彩はこの瞳孔の開口量を調節するための膜状筋肉組織である。

さて、「虹彩」という言葉は聞いたことがあっても、それが具体的に眼球のどこの部分のことを指すのか、となるとちょっと自信の無い方がおられるのではないでしょうか。

「虹彩」というのは、日本人だと一般に濃いめの焦げ茶色をしているいわゆる「黒目」の部分の内、中央にある「瞳孔」という特に濃い色に見える部分の周辺にある膜状の部位です。

厳密に言えば、瞳孔の周辺に「自律神経冠」と呼ばれる王冠状の模様が生じる部分もあるのですが、おおむね「虹彩=黒目の薄い色をした部分」だと理解しておけばよろしいでしょう。

この「虹彩」は人間の目の中でも特に重要なレンズ状部位である「水晶体」に光を送り込む穴である「瞳孔」の大きさを制御するため、その膜状の組織の中に平滑筋と呼ばれる筋組織を持っていて、その平滑筋の収縮によって「瞳孔」の開き具合を調節して水晶体に入る光の量などを調節しています。

ここまで読んで、お気づきの方も多いと思いますが、この「虹彩」によって「瞳孔」の開き具合を調節する仕組みは、原理的にカメラのレンズに内蔵されている「絞り」と全く同じです。

この部分は、その色が薄いこともあって「自律神経冠」の部分から外周に広がる枝状の筋組織が表面に現れて皺状になっており、しかもそのパターンは個人によって異なる上に2歳頃以降は基本的に生涯変わることがありません。

つまり、この部分を撮影しその特徴を正しく検出・識別するための仕組みが用意できれば、個人認証に利用できるわけです。

小型化が難しかった虹彩認証用センサー

もっとも、色が薄く判別しやすいと言っても日本人の場合は濃い色になりがちで、通常の可視領域の光線を扱うカメラによる撮影・識別ではそのパターン検出は困難です。

そのため、今回の試作機ではスマートフォン本体のインカメラとは別に赤外線LEDによる光源と、その光源を利用して撮影する赤外線カメラモジュールが搭載されています。

ここで赤外線が用いられるのは、通常の可視光線と比較して波長が長く散乱がおきにくい、という特性によるものです。

可視光線による眼球撮影では、しばしばこのように周囲の光景が映り込んでしまう。これを防ぐには、通常は偏光フィルター(PLフィルター)をレンズに装着するなどの対策が必要となる。

可視光線による眼球撮影では、しばしばこのように周囲の光景が映り込んでしまう。これを防ぐには、通常は偏光フィルター(PLフィルター)をレンズに装着するなどの対策が必要となる。

可視光線による撮影では、眼球表面の水分で散乱がおきたり映り込みが生じたりして正しい「虹彩」の形状を捉えるのが結構難しく、また同様にコンタクトレンズや眼鏡を装着した場合でも「虹彩」の検出が難しくなるのですが、赤外線を用いればそれらいずれの環境でも特に対策せずとも正しく「虹彩」の形状を検出できる可能性が高くなる(※注2)わけです。

 ※注2:実際にも赤外線による虹彩認証では、一般にコンタクトレンズあるいは眼鏡装着でも高精度で認証が行えるようになっています。

これまでの虹彩認証では、正確なパターン検出を行うためにはこの赤外線を照射する光源とそれを検出するセンサーを小型化するのが難しいという問題がまずあって、さらにそのカメラから眼球までの距離を適切なサイズで認識できる距離、具体的には10cm程度まで目をレンズに近づける必要がありました。

今回の試作機ではこのうちの前者について、超小型かつ十分な光量の得られる小型高出力赤外線LEDと小型赤外線カメラを開発することでクリアしています。

このあたりは、近年のLEDやセンサー素子の急速な性能向上の恩恵を受けた部分と言えるでしょう。

なお、赤外線は同様に人間の視覚では視認できない紫外線と異なり、医学的には直接眼球に照射されてもそれほど大きな影響はないとされています。

それでも、長時間高出力で照射されれば悪影響があり、例えば近赤外線(波長750nm~2,500nm前後)では眼球のレンズにあたる水晶体を構成するタンパク質を変性させて白濁を引き起こし、白内障の原因となります。

そのため、今回の試作機に搭載されているような小型でも高出力の光源で赤外線を長時間眼球に照射するような事態になると色々まずいのですが、今回は「光生物学的安全性試験(IEC 62471)」を行ってその安全性を確保してあるとのことです。

また、認証時のセンサーと眼球の距離の問題については、アメリカのカリフォルニア州ニューアークに本拠を置くDelta ID社が開発した「ActiveIRIS」という虹彩認証エンジンを搭載することで、高速かつ高信頼性の認証機能を実現しつつ「通常のスマートフォン使用時の目とカメラの距離でも認証が可能」としています。

この文言、特に「でも」という言葉が含まれているのを見る限り、できれば通常よりもスマートフォンに目を近づけて認証をして欲しい、通常のスマートフォン使用時の距離で普通に認証できると考えないで欲しい、という開発陣の本音が見え隠れしますが、ともあれ普通にスマートフォンを利用する状態での虹彩認証が、一応行えるようになっているわけです。

今後の普及が期待できる

今回、強力かつコンパクトな光源と高性能なセンサーのセットが実現したことではじめて、虹彩認証がスマートフォンに搭載可能なレベルまで落とし込まれました。

富士通は伝統的にこの種の生体認証技術開発に熱心で、スマートフォンでも指紋認証をかなり早い時期から導入していたことで知られる会社ですから、恐らくこの虹彩認証も今後のARROWSシリーズをはじめとする同社製スマートフォン・タブレット、あるいはパソコンなどに搭載されることになるでしょう。

iPhone 6 PlusのTouch IDあるいはパスコード入力画面指紋認証機能が搭載されていても、この4桁のパスコードを入力できれば回避できるという事実そのものが、現状での生体認証技術の抱える問題を雄弁に物語っている。

iPhone 6 PlusのTouch IDあるいはパスコード入力画面
指紋認証機能が搭載されていても、この4桁のパスコードを正しく入力できれば回避できるという事実そのものが、現状での生体認証技術の抱える問題を雄弁に物語っている。

筆者の感想としては、先にも触れたように手袋装着不可の指紋認証は実用上、思わぬ場所で障害になる事があって不便です。

その点、非接触で個人認証を行えるこの虹彩認証の方が指紋認証よりも有利で、一定の性能や信頼性が確保できるのであれば十分以上に広範な普及が期待できると思います。

無論、生体認証はスマートフォンでの普及に大きな役割を果たしたAppleのTouch IDが結局は定期的に4桁のパスコード入力を求めざるを得ない(※注3)ことが象徴するようにどの方式も現状の技術では完璧にほど遠く、また認識に失敗する率が結構高いという問題を抱えています。

 ※注3:ただしこのパスコードの入力についてはよく知られているように非常に厳しい回数制限が課せられているため、そう簡単には突破できないわけですが。

今回の富士通による虹彩認証のシステムが果たしてどの程度の認証精度と認識/登録成功率を実現しているのかは明らかになっていませんが、本格的に製品に搭載する際にはせめて登録者が使用する場合に認証失敗し頻繁に暗証番号の入力を求めるようなことにならない程度の精度は実現していて欲しい、と切に祈ってしまいます。

何かある度にパスワードや暗証番号の入力を求めるような生体認証では、セキュリティ機能としての存在価値がない、と筆者は考えます。それはつまり、最初から別のより解錠の容易な扉が用意された状態で、ある扉についた鍵の性能や利便性を誇るようなものでしかないからです。

今回の虹彩認証は、果たして単なる新しもの好きのガジェットの域にとどまるのか、それともその域を超えて普遍的な認証デバイスの地位を確立することができるのか、筆者は大きな期待と共に注目したいと思います。

▼参考リンク
虹彩認証搭載スマートフォンの試作機を開発 : 富士通
Delta ID – Mobile Security

PageTopへ