DNBDTの「印刷」によって形成された温度センサ機能つき電子タグの有機単結晶デジタル回路

より安く、高性能に ~NEDO、印刷で作れる電子タグで温度センシングとデジタル信号の伝送に成功~

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by [2015年2月02日]

DNBDTの「印刷」によって形成された温度センサ機能つき電子タグの有機単結晶デジタル回路

DNBDTの「印刷」によって形成された温度センサ機能つき電子タグの有機単結晶デジタル回路

半導体、というとシリコンやゲルマニウム、あるいはガリウムなど半金属・金属元素の高純度単結晶をスライスして作成したウェハーに不純物を適宜添加(ドープ)して半導体回路を形成し製造するものという印象があります。

しかし20世紀末にノーベル化学賞を受賞した白川英樹博士らの研究により、ヨウ素を添加したポリアセチレンが高い導電性を持つことが発見されたことで、導電性を与えられた有機化合物を組み合わせて半導体回路を構成する道が切り開かれました。

そのような事情から、ここ40年ほどの間にこの分野は急速に発展し、例えばスマートフォンのディスプレイデバイスとしておなじみの有機ELをはじめ、様々な応用技術の開発が進められてきました。

もっとも、この導電性高分子による半導体回路形成には、さまざまなハードルがありました。

例えば有機化合物中の電子の移動速度が金属や半金属元素中よりも大幅に低かったため、高周波数で駆動する回路の形成が困難であったこと。

あるいは、そもそも有機化合物を用いて半導体回路形成で必須の結晶構造をつくるために、分子の向きを揃えるのが難しかったこと。

他にもいろいろな難問が待ち構えていましたが、実用的な量産製品としてこの有機化合物半導体を成り立たせるには、この2つの問題をクリアするのが必須でした。

これらの問題がいかにしてクリアされたのかについては後述しますが、このほど、NEDO(New Energy and Industrial Technology Development Organization:独立行政法人新エネルギー・産業技術総合開発機構)が東京大学の竹谷純一研究室や大阪府立産業技術総合研究所の宇野主任研究員グループ、それにトッパン・フォームズ株式会社、JNC株式会社、株式会社デンソー、富士フイルム株式会社、TANAKAホールディングス株式会社、日本エレクトロプレイティング・エンジニヤース株式会社の各社の共同研究による戦略的省エネルギー技術革新プログラム「革新的高性能有機トランジスタを用いたプラスティック電子タグの開発」の成果として、「印刷で製造可能な有機温度センサと高性能有機半導体デジタル回路を開発し、電子タグとして温度センシングと商用周波数での温度データ伝送に世界で初めて成功した」ことを発表しました。

そこで今回は、この導電性高分子による半導体技術と,それがもたらすものについて考えてみたいと思います。

有機化合物で半導体がまともに動くのか

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シリコン半導体の開発競争をご存じの方ならば、恐らくまずこの問題、つまり有機化合物でまともに機能する半導体素子を構成できるのか、ということについて疑問をお持ちなのではないでしょうか。

高分子の有機化合物で半導体を作成する場合に問題となる点は2つです。

 一つは、導電性を持たせた有機化合物内での電子の移動速度が十分高速であるか、つまり電気伝導率が十分高いかどうか。
 もう一つは、そもそも分子の向きがバラバラなのが当たり前の高分子有機化合物で、分子の向きを揃えて結晶化できるのかどうか。

一番目の問題は、単に作成された半導体回路が高周波数で駆動できるかどうかの分かれ目になるだけでなく、電気抵抗、つまり半導体動作時のエネルギーロスにも関わってくる問題でもあるため、非常に重要です。

そもそも、有機化合物、具体的にはプラスティック樹脂などの材料で絶縁性が高い=電気が流れにくいのは、金属の内部での電子の移動がバンド伝導と呼ばれる原子や分子同士の共有結合軌道を介した伝達経路を波のように連続して伝達される現象によって行われ、非常に高速に電子が移動するのに対し、通常の有機化合物中の電子の移動がホッピング伝導と呼ばれる、弱い分子間力で結合している(そもそもそれぞれの向きに揺らぎがある)分子と分子の間を電子がジャンプするようにして伝達される現象に依存していることによるものです。

わかりやすく言えば、金属だと元から導管があってそこを電子がすいすい移動するようになっているのに対し、有機化合物だと高エネルギーを与えて電子をはじき飛ばしてやらないと、電子の移動が起きないか非常に起きにくい状態だ、ということなのです。

ちなみに、有機化合物の柔らかく低温で形成可能という特性は分子がこの弱い分子間力で結合している=弱い力で凝集している、という特性に強く依存していて、電気伝導率が低いこととほぼ表裏一体の関係にあったりします。

なおこの電気伝導率の問題は、見方を変えるとバンド伝導あるいはそれに近い現象を起こす特性の化合物を見つけられれば、高分子有機化合物でも十分な性能の半導体回路を形成できる可能性があるということを意味します。

そのため、白川英樹博士によって導電性プラスティックが発見された後、今世紀に入って測定技術が進んだ結果、様々な研究によりバンド伝導あるいはそれに近い現象を起こす化合物が存在するか、それとも合成によってそうした特性を持った化合物を作り出せる可能性が示唆され始めました。

これにより、それ以降世界中で高電気伝導率の高分子有機化合物を探す/合成する研究が本格化したのです。

そんな中で、東京大学の竹谷純一教授らが見いだしたのが、DNBDT(DiNaphtho BenzoDiThiophene:ジナフトベンゾジチオフェン)と呼ばれる高分子有機化合物でした。

この材料は常温の環境下で高い電気伝導率を示す上に低コストで生産が可能で、有機化合物による実用的な半導体の実現に大きな威力を発揮します。

一方、2つ目の問題については驚くほど簡単な解決策がやはり竹谷教授らの手によって発見されました。

なんと、インクジェットプリンタの仕組みを用いDNBDTをインクとすることで基板となる材料に半導体回路を「印刷」したり、手で塗ったりし、その際にある条件を満たしてやればDNBDTの分子の向きが一方向に揃うことが見いだされたのです。

それまでの有機化合物半導体の研究では、こうした有機化合物を結晶化するには対象となる材料に真空蒸着して結晶を形成・成長させる必要があって大がかりな生産設備を必要としていました。それが特定の処置を施せば安いインクジェットプリンタで「印刷」するだけで、より高性能な単結晶の有機化合物半導体が大量生産できるようになったのです。

こうして、印刷のプロセスで比較的簡単に常温付近で動作する半導体回路がプラスティック樹脂フィルムの表面などに形成でき、しかも大型フィルムに一括して複数の回路を印刷することで、廉価に生産できる可能性が開けました。

ハードルとなった高い周波数

もっとも、こうした技術開発において何も障害がなかったわけではありません。

一番の問題となったのが、これらの半導体をある程度以上の高い周波数で駆動するための特性が、なかなか得られなかったことです。

この種の有機半導体が利用されるであろう分野においては、無線通信の技術が事実上必須で、つまりは無線通信に必須の通信モジュール相当の回路を有機半導体で構成し、各通信規格で定められた周波数での通信を行えるようにする必要がありました。

具体的に言えば、一般に用いられている/用いられるようになりつつあるSuicaなどの非接触方式のICカードやRFIDタグなどでデータ送受信に広く使用されている商用周波数(13.56MHz)での通信を可能とすることが、一つの目標となったのです。

この周波数で通信できる回路が形成できるのならば、今だと金属製のパターンとシリコン半導体チップを組み合わせて構成しているICカードやRFIDタグの内部回路が、ただ単純にDNBDTをインクとして回路パターンを印刷し単結晶を形成してやるだけで、低コストに生産できるようになります。

そしてこのたび、遂に13.56MHzでのRFIDデータのデジタル送受信が、典型的な塗布型有機トランジスタの性能(0.1-1 cm2/Vs)を1桁上回る10 cm2/Vsのキャリア移動度を有する有機半導体、アルキルDNBDTの印刷によって形成された半導体回路と、トッパン・フォームズによって開発されたやはり印刷で形成できるアンテナの組み合わせにより実行可能となりました。

従来の真空蒸着法などを用いた有機化合物半導体では、せいぜい1MHz強程度の周波数での駆動が関の山でしたから性能的には約10倍に向上したと言え、さらに生産方法を変えたことによるコスト削減により、なんと従来方式の1/10のコストでの生産が可能となったというのです。

もっともこれは逆に見ると、現在の最新技術を駆使して適切な高分子有機化合物を見いだしても10MHz台の周波数でしか有機半導体は動作しないということで、2.4GHzでの通信を必要とするBluetoothとそれを基礎とするiBeaconなどの電子タグは、現状では有機半導体で作れない、ということになります。

有機化合物半導体でセンサーを

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一方、大阪府立産業技術総合研究所の宇野主任研究員グループの研究は、同じ有機化合物半導体を使用するものですが方向性が異なっていました。

温度によって電気抵抗が変化する有機化合物を利用することで、「印刷できる温度センサー」を実現したのです。

従来、電子機器の温度センサーには測温抵抗体(Resistance Temperature Detector:RTD)と呼ばれるプラチナなどの金属の抵抗値が温度変化に対して線形的に変化する特性を持つことを利用したもの、サーミスタと呼ばれる金属酸化物の粉末を焼結したものやチタン酸バリウムに添加物を加えて作ったセラミックを利用したものの抵抗値変動を利用するもの、それに熱電対と呼ばれる異なる2種の金属を接合し、それが温度変化によって電圧を発生させることを利用するものなど、抵抗値変動あるいは電圧変動の形で温度変化を捉えるデバイスが利用されてきました。

それらは一般にコストや用途に応じて使い分けられるのですが、金属やセラミック、あるいは焼結合金を使用することからも明らかなように、これらは基本的に測定された温度データを受け取るデバイスとは別部品とせねばなりません。

つまり、温度センサーを搭載する=回路を構成する部品点数が増えるということで、ごく低価格での製造販売が特に強く求められるRFIDタグに相応の精度の温度センサーを搭載するのはコスト的に厳しい面がありました。

その問題が、今回の「印刷できる温度センサー」の実現で解決されるのです。

ただし、この温度センサーは温度変化に対する抵抗値の変動というアナログな仕組みによるものです。そのため、これによって取得された温度データをコンピュータで扱えるデジタルデータに変換するには適切なA/Dコンバータ、つまりアナログ-デジタル変換装置が必要で、今回のNEDOの発表では先に触れたDNBDTの印刷によって形成されたデジタル変換回路と組み合わせて利用されています。

なお、この温度センサーは至って単純な仕組みですが、高分子有機化合物で常温付近にて温度変動に合わせて線形的に抵抗値が変化する、都合の良い材料を探索・合成するには大変な労力が必要です。このセンサーがこれまで存在しなかった/発見されていなかったのも、正にこの莫大な回数のトライ&エラーを必要とし、マンパワーを要することが壁となっていたためと考えられます。

印刷で温度センサー付RFIDタグを作れることの価値

以上、NEDOが発表した「革新的高性能有機トランジスタ」について見てきましたが、「印刷」でRFIDタグの中枢をなす無線送受信回路のみならず、温度センサーとその周辺回路、さらにはアンテナまで同じプラスティック基板上に作り込めてしまうようになったことの価値は絶大です。

何しろ、これまでだと実現が難しかった、軽く、薄く、曲げられ、しかも低コストなRFIDタグを作成するという作業が、DNBDTの「印刷」とそれに伴う処理で比較的容易に行えるようになったのですから、申し分ありません。

また、こうして「印刷」によって作り込まれたRFIDタグに温度センサーを搭載したことは、RFIDタグを貼付された物品の輸送中品質管理の改善や、医療用途、具体的には患者の体温モニタリングなどでの利用に大きく役立つことでしょう。

さらに、抵抗値変動の検出で温度センサーが作れるのであれば、その他のセンサーも同様に高分子有機化合物の「印刷」で作れるようになる可能性があります。

果たしてどんなセンサーが実現可能なのか、あるいは無線通信でどこまで扱える周波数を引き上げられるのか、この技術で今後突き詰めてゆかねばならない要素は山ほどあります。

特に、通信で扱える周波数は対応できる通信規格と直結する問題であるため、重要な問題です。

先に触れたように、現状では到底対応不可能なギガヘルツ帯、特に2.4GHzでの通信が可能になれば、iBeaconに代表されるビーコンにこの技術が適用可能となり、その大幅なコストダウンが期待できます。

さすがにメガヘルツ帯、それも10MHz台の信号を漸く扱えるようになったばかりという現状を考えるとその実現は果てしなく困難に見えますが、どうにかして実現して欲しいものです。

いずれにせよ、この技術はRFIDタグをはじめとする無線通信機能を搭載するICタグの可能性を広げるものであると言えます。

▼参考リンク
NEDO:世界初、印刷で作れる電子タグで温度センシングとデジタル信号の伝送に成功
新領域:世界初、印刷で作れる電子タグで温度センシングとデジタル信号の伝送に成功 -従来比10倍以上の高性能、1/10以下の低コスト化を実現-

特集:フレキシブル・プリンテッドエレクトロニクスと画像形成技術との接点 
低温塗布できる高性能有機半導体単結晶トランジスタと AM-TFT 竹谷純一(PDF)

世界初、印刷で作れる電子タグで温度センシングとデジタル信号の伝送に成功-従来比10倍以上の高性能、1/10以下の低コスト化を実現-|ニュースリリース:2015年|トッパン・フォームズ株式会社
ニュース記事 | ニュース一覧 | JNC株式会社
NEDOプロジェクトにおいて世界初、印刷で作れる電子タグで温度センシングとデジタル信号の伝送に成功|デンソー
世界初、印刷で作れる電子タグで温度センシングとデジタル信号の伝送に成功-従来比10倍以上の高性能、1/10以下の低コスト化を実現- : お知らせ | 富士フイルム

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