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接着剤なしで接着!?鈴木・宮浦クロスカップリングを利用した阪大大学院の共有結合手法とは

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by [2014年11月12日]

鈴木・宮浦クロスカップリング反応を利用した共有結合の形成による材料同士の接着
この図でも示されるとおり、それぞれの材料について接合面であらかじめベンゼン環を持った有機化合物と反応させておく必要があり、接合可能材料はこの条件に制約される。

二つ以上の物体をくっつけて一体化させる、という作業は簡単なように見えて意外と大変です。

金属であれば、FSW(※注1)のように部材同士の接合面付近を攪拌・融解させて接合する、半田付けや溶接のように異なった金属同士の合金を形成して接合する、あるいはボルトやリベットなどを用いて機械的に接合する、といった手法を用いることである程度容易に接合部について十分な強度を確保できます。

 ※注1:Friction Stir Welding:摩擦攪拌接合。先端に突起のある円筒状の工具を高速回転させながら接合部分に強い力で押しつけ、それによって接合面付近で2つの部材を熱と攪拌で一体化する技術。1990年代初頭にイギリスで開発され、日本では日立製作所・川崎重工業・日本車輌製造などで鉄道車両のアルミ合金製車体組み立てに利用されるなど、1990年代中盤以降急速に普及しつつあります。

しかしそれ以外の材料、たとえば合成樹脂などの場合、一般的に接着剤による接着が広く用いられていますが、これらはいずれも接合される物体それぞれの分子間にある隙間に接着剤などが入り込んで溶剤の気化や化学反応などによって硬化し、それらがアンカーの役割を果たしたり、接着剤の分子と接合される物体の分子間相互作用(ファンデルワールス力)によって引きつけ合わせたりすることで、所定の接合強度を確保しています。

しかし、そうして硬化した接着剤が何らかの化学変化で変質(※注2)するとその時点でアンカー構造が崩壊したり分子間相互作用が働かなくなったりして接合強度が低下し、やがてばらばらになってしまいます。

 ※注2:例えば、シアノアクリレート(α-シアノアクリレート:C4H3NO2)を主成分とする瞬間接着剤の場合、空気中の水分と単量体(モノマー)のシアノアクリレートが化学反応を起こし、モノマーが急速に重合してポリマーとなることで硬化し接着力を発揮しますが、シアノアクリレートは高温や紫外線で分解しやすいため、そうした環境下では接着強度が急速に低下します。

そのため、最近は炭素系素材などの利用が増えた飛行機の部材組み立てなどでは、使用する接着剤そのものに2液混合による化学変化で硬化し、安定性が長期間保たれるエポキシ樹脂などを用い、外的な要因による化学変化や経年変化による接着/接合強度の致命的な低下が設計上要求される期間内に起きないように工夫していますが、それでもそうしたリスクは完全には回避できません(※注3)。

 ※注3:エポキシ接着剤の経年変化による接着強度低下が問題になった例としては、中央自動車道笹子トンネル内の天井板崩落事故が挙げられます。この事故は天井板を支えていたアンカーボルトが脱落したことが主たる原因とされていますが、そのアンカーボルトはねじ部分に塗布されたエポキシ樹脂系接着剤でトンネル壁体と接合されていて、これが長年の振動と接着剤そのものの経年変化で接着強度が低下して緩み、脱落したと考えられています。

これは接着剤の主成分が高分子の有機化合物を基本としている以上、避けて通るのは困難な問題であると言えます。

共有結合

さて、接合では比較的安定な性能を得られる結合方法として、先に挙げた接着剤の分子が接合したい部材の接合面の分子の隙間に入り込んでアンカーの役割を果たす、あるいは接着剤の分子と接合したい部材の分子間に生じる分子間力で引きつけ合わせる、という2つの方法の他に、2つの異なった物質の分子間で電子を共有させ、共有結合を生じさせる、という方法があります(※注4)。

 ※注4:他にも色々ありますが、ここでは割愛します。

共有結合は原子同士で互いの持つ電子を共有することで生じるもので、そもそも分子の多くがこの結合によって成り立っている、という事実が示すように非常に強い結合で、安定度も非常に高いという特徴があります。

もっとも、この結合ではそもそも2つの材料の接合面に存在する分子間でどうやって価電子を共有させ、共有結合を生じさせるのかという問題があって、理屈の上では結合力が非常に大きくしかも化学的に安定であることは判っていてもこれまで実現しませんでした。

しかし、このたび、大阪大学大学院理学研究科の原田明特別教授らが鈴木・宮浦クロスカップリング反応を利用した共有結合の形成と、これによる材料の接着を実現したと発表があり、遂に共有結合を利用する道が切り開かれました。

つまり、接着剤なしでの材料の(それも非常に強固な)接着の実用化について、実現の可能性が出てきたのです。

鈴木・宮浦クロスカップリング反応

もっとも、鈴木・宮浦クロスカップリング反応、と言われても「なんじゃそりゃ?」という方が恐らく多いのではないかと思います。

別名を鈴木カップリングとも呼ばれるこの反応は、1979年に北海道大学工学部応用化学科の鈴木章教授(現・同大学名誉教授)と宮浦憲夫(現・同大学大学院特任教授)の2人を中心とする研究チームによって発表されたもので、パラジウムなどの触媒と塩基水溶液、それに有機ホウ素化合物を用いて芳香族化合物などの合成を可能とするものです。

反応そのものの理屈は難しいので省略しますが、つまるところこれは2つのベンゼン環をもつ有機化合物の分子の間で、触媒の反応を利用してそれぞれのベンゼン環を構成する炭素原子間で共有結合を起こさせて、2つの分子をつなぎ合わせる反応です。

従来、クロスカップリング反応の研究ではマグネシウムなどの金属化合物を使用するのが一般的で、それらは総じて不安定で空気や水と反応しやすく(※注5)、毒性の高い副産物を生じるなどの問題を抱えていたのですが、この鈴木・宮浦クロスカップリング反応では有機ホウ素化合物と水溶液が用いられて安定的かつ安全に反応が進むため、以後の有機合成化学工業を一変させるほどの重大な影響を及ぼしました。

 ※注5:そのため鈴木・宮浦クロスカップリング反応の発表以前はクロスカップリング反応の研究においては「水気厳禁」というのが常識でした。

実は、現在スマートフォンやタブレット、テレビ、パソコンなどで広く利用されている2種のディスプレイ、つまり液晶ディスプレイと有機ELディスプレイは、その主たる構成材料である液晶や有機ELがこの鈴木・宮浦カップリング反応を利用して開発・製造されているため、その名を知る知らないは別として、我々の身の回りにはこの反応の応用製品が多数存在しているのです。

また、高血圧剤や抗がん剤、エイズ治療薬などの研究開発でもこの反応は幅広く利用されており、そうした有機化学全体に対する大きな貢献から、この反応の研究を主導した鈴木章教授は2010年にノーベル化学賞を受賞しています。

反応をどう応用したのか

それでは、阪大の研究チームはこの鈴木・宮浦クロスカップリング反応をどのようにして物質間の接合/接着に利用したのでしょうか。

ゲルとゲル、ゲルとガラスの2種類の条件での共有結合形成プロセス
塩基清水溶液とパラジウム錯体のアセトン溶液を触媒として反応が進行する。

発表によれば、

 1:フェニルボロン酸を有する高分子ヒドロゲルとヨウ素を有するヒドロゲルを積み重ね、塩基性水溶液およびパラジウム錯体のアセトン溶液を添加した後、室温で5時間静置すると積み重ねたゲル同士が接着した。
 2:ボロン酸を修飾したガラス基板とヨウ化アリールを修飾したガラス基板を用意し、ヨウ素を有するヒドロゲルの上にそれぞれのガラス基板を重ね、1と同様に塩基性水溶液およびパラジウム錯体のアセトン溶液を添加した後、静置すると24時間後にガラス基板とゲルの接着が観測された。

とのことで、しかもゲルにヨウ素やボロン酸を含まない、あるいは触媒を添加しない場合には接着しなかったことから、1・2共にゲル同士、あるいはゲルとガラス基板の界面で鈴木・宮浦クロスカップリング反応が進行して2つの材料間に共有結合が形成されたとしています。

正直、ここまでくるともう大学で化学を専攻していた方以外には何が何だか、といった感じだと思いますのでこれ以上細かい説明は行わず、大枠だけを述べることにしましょう。

これらの実験により、接合したい物体2つの接合面それぞれを化学的に異なる所定の処理を施して重ね合わせ、これに触媒を添加することで柔らかいゲル同士、あるいは柔らかいゲルとガラスのような硬い材料の間で意図して強固な共有結合による接合を意図して行えるようになった、ということなのです。

しかもこの実験では、こうして接合したゲル同士、あるいはゲルとガラス基板は有機溶剤に浸漬させても2つの物質間で乖離、つまりその接合が解けてしまうようなことはなく、接着剤による接着よりも化学的な安定性が高いことが示されています。

先にも述べたように、これまで化学反応としての共有結合をこうした物体の接合に選択的に利用することは全く出来ていませんでしたから、今回のこうした研究成果は大発見、あるいは大発明といって差し支えのないものです。

ガラスの接着

今回のこの発表は非常に多岐にわたる応用が考えられるのですが、スマートフォンやタブレットレベルでは何と言ってもディスプレイパネルに使用される大きなガラスと柔らかい樹脂系材料の接合がより強固に、より確実に、しかも長期間熱的な、あるいは化学的な劣化を心配せずに利用できる様になる可能性が示されたことが最大の福音でしょう。

ガラスの接着は現在だとエポキシ接着剤やシアノアクリレートを主成分とする瞬間接着剤、酢酸系シリコン接着剤、あるいは感光性ポリイミド接着剤などが用途に応じて細かく使い分けられているのですが、それはつまりどの接着剤もどこかに大きな難点がある、ということを意味します。

例えば感光性ポリイミド接着剤は接合強度が高い一方でその名が示すように接着工程で紫外線照射が必要、しかも水分に弱い、という弱点があってスマートフォンやタブレットの場合、外装周りの接着に利用するには難がありますし、瞬間接着剤は引っ張り強度が高いものの不均等な力がかかると簡単に剥がれてしまう、といった問題があります。

今回の共有結合を利用した接合方法は、接合したい材料の接合面にあらかじめ異なった化学的処理が必要で、しかも触媒によるクロスカップリング反応に結構な時間がかかっているという問題はあるものの、化学的処理の内容を変更することで接合後の強度が調節可能で、しかも高強度が確保でき、さらに接着剤とは比較にならないほど高い安定性が得られると考えられるため、特にスマートフォンやタブレットなどでは筐体サイズのコンパクト化や薄型化に大きく貢献することが期待できます。

しかし現段階ではまだ絵に描いた餅でしかない

このように、非常に魅力的な共有結合による接合技術ですが、残念ながら現時点ではようやく研究室レベルで成功したという段階なので、当分これが実用化されることはなさそうです。

実際、この技術で接合された物体を分解する必要が生じたときにどうやって接合部分を切り離すのか、この技術で硬質な材料同士を接合できるのか、あるいは接合に必要な時間はどの条件でどの程度短縮できるのか、など筆者が思いつく範囲でもまだまだ研究すべき事は山ほどありそうに見えます。

特に2つの物体の界面部分で共有結合が形成されるまでの所要時間の問題は重要で、工業的に製品製造に用いる場合、この工程に5時間から24時間もかかっていたのではかなり厳しい気がします。

化学反応の場合、温度や気圧、あるいは触媒などの条件を変えることで結構この辺の値は変動するため、実用化までには条件を変えつつひたすら実験を繰り返し、接合する物質ごとの最適値を探し出すという、気が遠くなりそうな作業が必要となるでしょう。

そのため、これから果たしてどのくらいの時間があれば実用段階に達するのかは定かではありませんし、最終的にどのような利用法・応用法が生まれるのかも明らかではありません。

しかし、これまで「できない」とされていたことが「できる」と明らかになったからには、またその「できる」ようになった共有結合の形成には非常に大きな可能性があるため、可能な限り早い実用化が望まれます。

▼参考リンク
世界初!化学反応による材料の直接的な接合を実現! — リソウ

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