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生の黒魔道士に感動!ドットの匠が『ファイナルファンタジー』のキャラクターデザインを振り返る

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by [2014年11月10日]

 10月29日、「すべてのゲームクリエイターのためのプラットフォーム」をコンセプトとして掲げた交流会 “GREE Creators’ Meetup” がグリー株式会社の主催で開催された。

スクウェア・エニックス 渋谷員子(かずこ)氏

 今回の開催が記念すべき第一回ということで、オープニングセッションにはあの渋谷員子氏が登壇した。渋谷氏は、まだ有限会社だった頃からスクウェア(現在はスクウェア・エニックス)でグラフィックデザイナーとして勤務し、ファミコン、スーパーファミコン時代の2Dで描画されていた『ファイナルファンタジー』を支えたデザイナーだ。

クラブニンテンドーの2011年度プラチナ会員特典『ドットマリオクッション』。(向かって)右を向いていることがお分かり頂けるだろう

 今となっては携帯ゲーム機でも画素数が多く、美麗な表現が可能なばかりか、立体視すらも可能であるが、20年ほど前まではドットで絵を表現していた時代があったのだ。現代からは考えられない制約の中で描画をしなければ無かった時代のエピソードには枚挙にいとまがない。
 例えば、任天堂のマリオのひげは(ドット絵で描かれた)マリオの向きが分かるように付けられた、という話は有名だ。

 そんな、少ない画素で工夫を凝らしてキャラクターを表現していた時代のトップをひた走り、生み出したチビキャラが今でも愛され続けている渋谷氏が、当時のことを振り返り語ってくれた。そこで、今回は渋谷氏のセッションのダイジェストと共に、古き良き時代のドット絵に思いを馳せることにしたい。

ゲームのことは全然知らなかったけど、なんとかなった(笑)

 思い返せば、幼稚園の頃から絵が好きで、それだけでここまでやってこれたんだと思います。中学では美術部に入ったのですが、毎日2時間石膏像のデッサンを1年間続け、自分の基礎となるデッサンの勉強をたくさんしました。
 一方で、中学の頃はアニメが流行っていて、その流れで「銀河鉄道999」「ルパン三世 カリオストロの城」でアニメが大好きになり、動画やセル画の勉強も並行してやっていました。
 高校に進学しても、美術部に入って絵画やデッサン、油絵を勉強しながら、独学でセル画の勉強をする生活をしていました。高校3年生で進路を考える時期になっても、やっぱり絵の仕事をしたいと思っていたので、とりあえず美大受験のためにアトリエに通い始めました。でも結局、アニメが好きだったので専門学校に行くことになりました。
 その後は2年間くらいアニメーションの勉強をしながら、アルバイトで「オバケのQ太郎」の動画などを描いたりしてはみたんですが、どうも自分はアニメに向いていないなと感じ始めました。そこで、当時の専門学校の先生に「自分はおそらくアニメーターには向いていないのですが、今後どうしたらいいでしょうか?」と相談してみたらその時にゲーム会社のスクウェアを紹介されて、面接を受けたら次の日に合格を言い渡されました(笑)。それまでゲームは全くやったことがなかったものの、できないことはないだろうと思って飛び込んでみたら、最終的にはなんとかなりましたね(笑)。
 私を面接してくれたのは、後に『ファイナルファンタジー』(以下FF)シリーズの生みの親となる坂口博信氏とスクウェアの社長にもなった鈴木尚氏でした。当時のスクウェアはまだ有限会社で、テナントビルに10人くらいが出入りしているようなベンチャー企業でした。このビルで、後に『クロノ・クロス』のプロデューサーになる田中弘道氏、FFシリーズの大半の音楽を作曲した植松伸夫氏、『半熟英雄』のディレクターになる前の青木和彦氏といったメンバーと出会いました。当時はまだ、坂口氏と田中氏は大学生だったのですが、2人ともほとんど会社に入り浸っていましたね。
 入社して初めての仕事は、PC-8801版『アルファ』の取扱説明書の挿絵で、ゲーム中に登場する初めてのドット絵の仕事は、MSX版『キングスナイト』でした。そのときに、いきなり 16×16 ドットで描いてくれと言われ、ツールの使い方だけ教えてもらってあとは自己流でとりあえずがんばってみることに。その他にファミコン『とびだせ大作戦』やファミコンディスクシステム『水晶のドラゴン』なども、社員数が少なかったので色々お手伝いをしました。そうこう試行錯誤しているうちに、なんとなく自分の中に色々ノウハウが蓄積されていきました。

ドラクエを超えるゲームを目指した

 とある日、坂口氏がドラゴンクエストを買ってきまして、みんな衝撃を受けたんです。当時『ウルティマ』などのRPGにハマっていた坂口氏や田中氏、青木氏は、自分たちが作りたかったのはこれなんだと。私は「主人公がカニ歩き…」と思っただけだったんですけど(笑)。主人公が正面向いて横に歩いたり、町に入ったら屋根がないのはどうなんだろうという事の方が気になってしまいました。
 FFのビジュアルでは、家には屋根をつけてキャラクターは歩く方向に顔を向けさせる、ドラクエを超えることを目標にしてがんばりました。

 下図が一番最初の『ファイナルファンタジー』で私が描いたドット絵です。当時は任天堂から借りていた機器のファミコン専用のドットツールで開発をして、5インチディスクに保存していました。実は今となってはオリジナルの原画は紙でしか残っていなくて、少しずつ時間を作ってドットを打ち直したものです。ファミコンでは4色までしか使えないんですが、背景の色で1色使ってしまうのでキャラクターは3色で描くんです。キャラクター内の黒い色は、背景の色を利用するために、どうしても背景は黒にせざるを得ませんでした。『FF2』『FF3』でも背景が黒なのは同じ理由です。

ファイナルファンタジー

 『ファイナルファンタジーIII』もまだ色数はない時代です。色はないんですが、顔とかキャラクターもちょっとずつ進化してきているんですよ。

ファイナルファンタジーIII

 ファミコン時代は16×24ドットで描いていたのですが『ファイナルファンタジーV』のスマートフォン版では最大48×48ドットになっています。ドットというよりはほとんど絵になってきていて、液晶の実機で見るとツルッとしたフラットな絵になっているんです。もはやドットは見えないのでこのサイズがドットとして見える限界かと思います。『FF5』は、1人につきジョブが20以上ありましてそれが5人分。ドットの打ち方は、昔と全然変わっていなくて、ゼロから手打ちするのでこのサイズでこんなに描くのは、正直しんどかったです(笑)。

ファイナルファンタジーV

FINAL FANTASY IV THE AFTER-月の帰還

 これはフィーチャーフォンアプリなんですが、この『FINAL FANTASY IV THE AFTER-月の帰還』がきっかけで私はまたドットの世界に戻りました。『ファイナルファンタジーVI』以降もドットの仕事はしていたんですが、メインはUIやフォントなどのデザイン周りの仕事でした。ところが突然、『FINAL FANTASY IV THE AFTER』のプロデューサーに「『ファイナルファンタジーVI』の続編を作るのでドットを描いてくれないか?」と言われまして。使用できる色は16色に増えてるんですが、15年ぶりくらいに描いたドットなんです。ブランクもあり少々心配でしたが、描いてみたら悩む事もなく楽しく描けてしまい「うまくなってる」と自分でも思いました(笑)。

ブラウン管では色が滲む

 下図は『ファイナルファンタジー レジェンズ 光と闇の戦士』で、上がフィーチャーフォン版、下がスマホ版です。このとき初めてスマホ版のドットを描いて手探り状態だったこともあり、非常に濃いものになっています。今見ても、影を入れすぎてやりすぎな感じですね。色数は、フィーチャーフォン時代が16色で、スマホ版は32色弱だと思います。画面が大きくなって色がたくさん使えるようになって良いんですが、描くのがしんどいことと、描くときに色がありすぎると整理ができなくて困ります。私の場合、48×48のキャラドットでも自分でパレットを作って、32色以内に収めるようにしています。ファミコン時代と一緒で1番左には抜きを置いて、その隣に黒の輪郭を置いて、肌に4色、髪の毛に7色というふうに自分で位置を決めているんです。

ファイナルファンタジー レジェンズ 光と闇の戦士

 ファミコンとスマホでは、サイズや色の違いもそうなんですが、決定的に違うのはブラウン管と液晶モニターの違いなんです。FF1、2、3だと、今液晶で見るとぺったりしているんですが、ブラウン管で見ると結構綺麗なんです。ブラウン管は、色ががにじむので膨張するのを計算して描いていて、例えばハイライトで白を入れると、白が膨張して周囲の色も巻き込んで発色します。なので、当時のデータを今の液晶で見ると絵としてはイケてない感じになっています。基本的には、ゲームとしてユーザーのみなさんが認識しやすいようにと考えて描いています。

 これは以前スクエニ メンバーズ※で連載していたものです。ユーザーにゲームを作ってもらうコンセプトだったんですが、そのためにはドットも描いてもらう必要があるということで、ドットの描き方の連載を担当しました。円の描き方やラインの描き方から初めて、オブジェクトを描いて…という感じで、全部習得すると町ができるようになっていました。※会員にお得な特典やサービスを提供している、スクウェア・エニックスの公式サイト。

ドットの匠

仕様書は持たない

 よく天野さん※の絵をどのようにドットに起こしたか聞かれるんですが、特に無いんです。当時は色が少なく細かくは描けなかったので、ディティールよりもシルエットを大事にして見た目で判断できるようにしていました。天野さんのイラストは、イメージとして存在していて、皆さんはそれを雑誌とかで見ていると思うんです。私は、ゲーム中のキャラクターは記号や駒だと思っていて、みなさんがキャラクターを想像しながらプレイして頂ければいいと思っています。※デザイナー、イラストレーターの天野喜孝氏。『ファイナルファンタジー』シリーズのキャラクターデザインを手がける。

 私が仕事をするうえでこだわっていることは、仕様書を待たないことです。昔から「とりあえず何か描いて」と言われてきたので、お仕事が来たらとりあえず自分から状況を聞きにいって、自分が先に描いてしまうことがほとんどなんです。それから企画の人とすり合わせをすればいいかなと思っています。特にUIやメニュー関係は、こちらでたたき台を作ってあげると企画の方も構想が練りやすいので、配置フォントサイズなどを先に提示して進めやすいようにしていました。
 あとは、作業中のモニターの向こうにはいつも世界中のユーザーがいるということを意識して作業しています。私は特に2Dのデザイナーなので、自分で描いたものが直接ゲームに載りますよね。なので「モニターの向こうは世界」と意識して、ユーザーが常に喜んでくれることを考えています。
 スクウェアに入社したときも、とても小さい会社だったので両親は心配していたんです。でも、絵の仕事ができればいいやと思っていたし、その気持ちは今も変わりません。どんな仕事でも断らずに真摯に応えて全力で取り組むようにしています。
 世の中は常に進化していますし、デザイナーも変わるべきだと思います。その変わっていく中でも、自分の中の基本となる軸を持つことです。ブレない何かを持った上で、変化はしていく。長く仕事をしていると環境の変化等、迷うことも多々あると思うんですがどんな時でも柔軟に、プロとしてベストを尽くしましょう。


語り終えた渋谷氏がおもむろにペンを走らせると、そこには…!!!

ファイナルファンタジー | SQUARE ENIX
スクエニ メンバーズ
GREE Creators’ Meetup !

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