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雪害を乗り越えNPO法人設立!『旧福嶋屋土蔵』の未来を見る~インタビュー後編~

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by [2014年10月14日]


『ぼろくら』出張まんが02(描き下ろし/haruka)

『放火でぼろぼろになってしまった”ぼろくら”こと旧福嶋屋土蔵を修繕・保存したい』
そんな願いをこめて描かれたWeb漫画が大きな反響を呼び、取り壊し寸前だった土蔵を保存する運動が始まりました。前編ではWeb漫画掲載にいたる経緯や漫画家harukaさん個人の活動について伺いました。後編にあたる本記事はNPO法人設立など、Webから広がりゆく活動についてお話していただきます。

▼目次
Web漫画『ぼろくら』連載中~旧福嶋屋土蔵を保存したい~
Web漫画発プロジェクト!広がる『旧福嶋屋土蔵』保存の輪~インタビュー前編~
雪害を乗り越えNPO法人設立!『旧福嶋屋土蔵』の未来を見る~インタビュー後編~

雪害で落ちた瓦…職人さんの救いの手

2014年2月は2週にわたり全国各地で記録的な積雪が観測されました。中でも酷い雪害に見舞われたのは旧福嶋屋土蔵もある山梨県です。2月14日から15日にかけての豪雪で建物が崩れ、物流が完全にストップしている様を写した写真が多数ネットに投稿され、大きな反響を呼びました。甲州市の積雪がどれほどのものだったかを記録した動画もYouTubeにアップロードされています。

2014年2月14日~15日にかけての甲州市の積雪。

──旧福嶋屋土蔵は無事だったのでしょうか?
駄目でした。瓦が雪の重みで落ちてしまいました。実は以前から土蔵全体の応急処置を頼んでいた市内の大工さんがいたのですが、(山梨全体が大変だったこともあり)瓦修理の依頼を出すも連絡がつかず一時は「もうだめだ…」と諦めかけました。そんなときWebで知り合った保存に賛同する協力者さんが、別の職人さんを紹介してくださいました。事情を伝えると「職人が一度引きうけた仕事を断るわけにはいかない」と無償で応急処置をしてくださったんです。

──素晴らしい方と巡り合えたんですね
瓦の応急処置をしてくださった職人さんの他にも、ボランティアで土壁を修繕する団体と知り合うこともできました。一級建築士の方や有識者が多くて、とても心強いです。県内または市内で(修繕に使う)土壁を探していたのですが(※)、甲州市の方で「旧福嶋屋土蔵として活かせるのならば、自分の土蔵を壊して土壁を使ってもいい」と申し出てくださった方がいて、当初の修繕目標の半分程度はまかなえる見込みです。

(※)編注:土壁を修繕する場合、通常剥がれおちた土を集め藁を混ぜて練ったものを塗りなおす。剥がれおちたものがない場合は元の土壁に似た粘土質の土を用意しなくてはならない。風土・気候にあったものを用意しないと剥がれやすいため、近隣で集めるか人工の材料を用いることになる。歴史的建造物としての修繕を考える場合、同地域の土壁から土の提供をうけることが(修繕費の高騰を抑える観点からも)のぞましいといえる。

──旧福嶋屋土蔵内部の写真撮影も苦労されていると聞きました
すでにぼろぼろの土壁なんですが、何度も扉をあけるとさらに傷んでしまうのが悩みです。極力壊さないように気を付けているんですが、片方の扉で200kg以上あるので人数が必要です。土蔵に入ると1階から全ての窓を開けていくのですが、真っ暗な中3階まで行くのが大変です。最初はうまくのぼれず、這って移動し、埃だらけになりました。レインコートと懐中電灯(ランタン)、軍手、身体を拭くものが必要不可欠です。あと、トイレがないのがヤバいですよね(笑)


写真左側の窓以外に明り取りはない。長年にわたって積もった埃で足跡ができている。


左:仮名手本忠臣蔵 右:大正15年(1926年)1月のカレンダー
土蔵が建てられる以前や、その後の風俗にかかわるものが多数残されている。harukaさんは、1つ1つ丁寧に写真記録を残す作業を続けている。

ついにNPO法人立ち上げ!

─NPO法人「旧福嶋屋土蔵を守る会」立ち上げの経緯を教えてください
協力者さんのご意見がきっかけです。2014年の夏に正式に設立できました。私自身はNPOについて詳しく知らなかったのですが……『ぼろくら』に寄せられたコメントや実際に会った方々から、土蔵のために募金を考えていないのか訊かれたことがありました。でも一個人がお金を集めるのは怖いし、もし自分がお金を寄付するのならば、きちんとした団体にしたいと思います。NPO法人になれば必ず助成金が出るわけではないのですが、きちんとした団体で管理した方が後々土蔵のためになるとも考えました。

──現在はどのような活動をされているのですか?
まだ設立したばかりなので…(笑)土蔵の土地を測量して分筆し、後世の相続で解体されることを回避する作業に半年以上かかっています。(編注:1つの土地を複数にわけること。「筆」は土地の区画の単位で、分筆された土地は新たに登記所から地番が与えられる)想像以上にやっかいで知恵熱が出ました(笑)知人には、今まで放置していたんだから慌てて動いちゃだめと優しく諭されましたが、いくら台風ぐらいで壊れないと評価された土蔵でも、実際には雪害で瓦落ちたしなぁ……と心配です。今は専門家の方が動いてくださっているので心強いです。他にも土地家屋調査士の方が成果品として作成した土蔵の簡単な図を東京の建築士へ持っていきます。土壁塗りのボランティアの方たちと、今後どのように土蔵の土壁を塗るのか相談にのっていただく予定です。

──山梨といえばブドウがおいしい季節ですが、観光地化のご予定は?
協力者の皆さんが特産品販売などをして土蔵PRをできるといいね~など、色々な案をWebで話し合っています。とても楽しいです。そのためにも、土蔵の土地にコンテナハウスを設置して、電気や水道、トイレなどの心配がないように整えていることを考えている最中です。旧福嶋屋土蔵から徒歩1分の場所に国の登録有形文化財『旧田中銀行博物館』、徒歩10分程度の場所に『勝沼氏館跡』といった歴史的価値のある建物があります。ブドウのほかにも桃やワインなど美味しいものがたくさんありますので、立ち寄っていただけるようになればなぁと思います。WWOOFジャパンホストのお力添えも助かっています。

自分が持っているものをあげ、持っていないものをもらう、というとてもシンプルなしくみです。その関係に、お金のやりとりは一切ありません。「食事・宿泊場所」を提供する側をホストといい、「力」を提供する側をウーファーといいます。

(WWOOFジャパン公式サイトより)

WWOOFジャパンのホストを務める方がNPO法人に携わっています。ホストの宿で寝泊まりしている方たち(色々な人種の方がいてとても国際的です)が、さまざまな形で協力してくださっています。

「あなたの残したい建物コンテスト」最終選考、投票受付中

──2014年10月現在、旧福嶋屋土蔵は「あなたの残したい建物コンテスト」の最終選考に残っていますが、応募された経緯を教えてください
『ぼろくら』のWeb拍手に匿名コメントでコンテストの存在を教えてくださった方がいました。惚れました……。(編注:匿名コメントのため引用は控えますが、おそらく年配の方からの応援メッセージではないかと思われるもので、非常に粋なものでした)

──応募後の経緯についても教えていただけますか?
NCNさんから(選考結果)発表の少し前にメールで連絡を頂きました。その後電話でお話させていただいた際に「大賞に選ばれなくても、応募総数400物件から270物件に絞り、さらにその中から専門家が選んだ8物件に残っただけでPRになるのではないか。なにかのきっかけになる可能性が高い。エントリーして損はないはず」というようなことを言っていただき、エントリーしました。実際8物件の中に選ばれた今となっては欲が出て(笑)なるべく上位にいたいものですが(笑)最終選考に残れただけで十分嬉しく思っています……皆さんのおかげです。

──コンテストのために新しくはじめたPR活動などありますか?
動画を作りました。8物件に残ったすべての建物はとても魅力的で、旧福嶋屋土蔵がなんの努力もなしに「イイね!」が増えるとは思えませんでした。歴史上の有名人と関係があるわけでもなく、映画やドラマのロケ地でもない。市町村の協力もありません。大賞を取るのは非常に厳しいと思います。それでも後悔したくないので全力で(PR活動を)やりたいとNPO関係者全員が思っています。その中であまり人前に出ることが得意ではなく友人が少ない私ができることは動画制作でした。

──動画や漫画の制作環境について教えてください
MacOSX10.6.8を使っています。iMovieだと絵や写真、使用可能な音楽さえあれば、私が作ったレベルの動画ならば簡単に作れると思います。漫画制作は、A4コピー用紙にシャーペンで描いたものをスキャナで取り込んで、PhotoshopElements3で着彩しています。

100年以上の時が止まった『ぼろくら』にいい風を…

──Web漫画界に誕生した『ぼろくら』は、お話いただいたように様々な運動へ繋がっていますが、今後どのような点をPRしていきたいですか?
もっと知名度を上げたいと考えています。ここまで来るのに多くの善意に支えられ、人とのつながりやご縁なしでは進まないことがたくさんありました。このご縁を大切に、何か楽しいことで土蔵を活用できたら……と願ってやみません。外見を見ると、旧福嶋屋土蔵には関わりたくないと思う方がほとんどだと思います。しかし内部に入ると、特に当時の写真や生活用具などが残り、当時のまま時を止めていた3階は胸をうたれると言われます。


左:五つ珠そろばん 右:しおり
(編注:現代で使われているそろばんは四つ珠で、枠下の珠が4つである。枠上の珠=5、枠下の珠=1と計算する。小学校での珠算学習が必修となる1935年までは、中国式の十六進法に対応した五つ珠の名残があった)


左:枕 右:当時の風俗を色濃く表す記念撮影写真

100年越しに『ぼろくら』の扉は開かれました。明治に生きていた人は、平成という現代がこのような「未来」になっているとは想像もしていないでしょうね(笑)いい風が吹いてくれることを祈っています。楽しくにぎわう土蔵の姿を、ネットで知ってくださった方にも、リアルで協力してくださっている方にも、地元の方にも、もちろん行政の方にも見せてびっくりさせたいという気持ちもあります。

──明治と平成、歴史とIT、うまく共存できればいいと思います。お忙しい中ありがとうございました。

▼関連リンク
旧福嶋屋土蔵(Facebook)
旧福嶋屋土蔵(Twitter)
旧福嶋屋土蔵(blog)
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あなたの残したい建物コンテスト
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特定非営利活動法人旧福嶋屋土蔵を守る会
WWOOFジャパンFacebook
旧田中銀行博物館
史跡勝沼氏館跡

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