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Web漫画発プロジェクト!広がる『旧福嶋屋土蔵』保存の輪~インタビュー前編~

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by [2014年10月10日]


『ぼろくら』出張まんが(描き下ろし/haruka)

『放火でぼろぼろになってしまった”ぼろくら”こと旧福嶋屋土蔵を修繕・保存したい』
そんな願いをこめて描かれたWeb漫画が大きな反響を呼び、取り壊し寸前だった土蔵を保存する運動が始まりました。最初の漫画がアップされてから2年弱たった2014年夏にはNPO法人「旧福嶋屋土蔵を守る会」も設立され、ネットを通じて多くの人が土蔵の保存にかかわっています。これらの活動の発端となった漫画家のharukaさんにインタビューをしました。

▼目次▼
Web漫画『ぼろくら』連載中~旧福嶋屋土蔵を保存したい~
Web漫画発プロジェクト!広がる『旧福嶋屋土蔵』保存の輪~インタビュー前編~
雪害を乗り越えNPO法人設立!『旧福嶋屋土蔵』の未来を見る~インタビュー後編~

すべてのきっかけは親子喧嘩だった!?

──harukaさんのご経歴を教えてください
harukaといいます。時々お仕事で簡単な広報漫画(大学の学部紹介や仕事紹介など)を描いています。今年(2014年)に海外で短編をまとめたコミックが発売されました。

──山梨の武将や妖怪について描かれることが多いのは土蔵の影響ですか?
実は『ぼろくら』(公式サイト)を立ち上げるまで土蔵のことは知らなかったんです。私自身は生まれも育ちも神奈川で、事実上の管理は親戚に任せていました。今は正式にNPO法人を立ち上げ、保存活動のために(神奈川の自宅から)山梨へ通っています。

──それでは、旧福嶋屋土蔵のことを知ったきっかけを教えてください
不純すぎるのですが、以前ちょっと父と喧嘩をしてしまいまして、なにか仕返しをしようと思ったのがきっかけなんです(笑)父は自分の家系に誇りを持っているので「漫画でも描いておちょくってやる!」とネットで本籍を調べたところ『旧福嶋屋土蔵』がヒットしました。山梨にある資産や父の家系のことを何も知らなかったので、とあるブログにアップされていた大きくてぼろぼろな明治時代の土蔵を見て驚き、母に「この土蔵………うちの?」と訊きました。現在の所有者が祖母(成年後見人:父)と知って「(次に継ぐ予定の)父か、私の代でなんとかしないとヤバいのでは??」と焦りました。

──Web漫画を描くことを提案されたのはお母様なんですね
そうなんです。焦る私に「ネットをしているのならなんとかならないの? 壊すだけだから遊んでいいよ」と軽く言ってくれました。

──ご両親について伺ってもいいですか?
(土蔵を建てたのは13代目なのですが)父は18代目として生まれました。跡取り息子だからと、幼少のころより「オートバイには乗るな」とか「外国には住むな」と言われ続け、乳母日傘(おんばひがさ)で育ったと豪語していたそうです。「お前はお金に一生困らない」と言っていた祖父(17代目)が亡くなってはじめて(相続税の問題など)大変な状況に置かれていることを知りました。本当はただのサラリーマンで純粋な人なんです。

母はそんな父を気にいっており、18歳のころから付き合い始めたそうです。いつも父を眺めて笑っています。可哀想で面白い夫に、せめてごはんだけでも美味しいものを食べさせてやろうと料理にいそしんでいます。

基本的に両親は自分たちのことを私に話さないし、私も興味がなかったので、大学生になるまで両親の仕事や経歴を知りませんでした。マイペースな両親です。

旧福嶋屋土蔵について

──改めて旧福嶋屋土蔵について詳しく教えてください
明治27年(1894年)10月3日に13代小池忠右衛門が旧甲州街道勝沼宿に草龍園福嶋屋(そうりゅうえんふくしまや)という薬業(薬屋)の土蔵として建てたと考えられています。安政2年(1855年)に新調された家系図に「我家傳来古書物往年焼失」と書いてあったり、明治20年(1887年)ごろの大火災後に建てたと伝わっていることから、火災を防ぐことが目的だったようです。屋根瓦の中心に据えられている、鬼瓦に似た大きな飾りから出ている針金のようなものは「泥棒と火災避け」の意味があるそうです。

(旧福嶋屋土蔵Facebookより引用)

──こんな立派な瓦を持つ旧福嶋屋土蔵が”ぼろくら”になってしまったのは……
昭和63年(1988年)に放火事件があり、土蔵以外の建物(長屋として賃貸に出していたが火災当時は空き家だった)はすべて焼失してしまいました。消火用の放水で漆喰は剥がれおちましたが、土蔵のおかげで隣家への延焼は免れたそうです。(『NHK街道てくてく旅。』という番組で防火に役立った蔵として紹介されたそうですが、残念ながら完全版DVDには収録されておらず見れていません。)

当時の所有者である祖父(17代)は既に神奈川に移住していて、平成に入ってから土蔵の修繕資金を集めるため、祖父と親戚が相談して(跡地を)旧福嶋屋土蔵駐車場として貸し出すようになりました。親戚によると、これまでに何度も保存の計画は出ているのですがすべてとん挫してしまったそうです。私が直接知っているのは、平成16年(2004年)の保存計画です。祖父が亡くなり、祖母が土蔵を継いだ直後のことでした。

──保存計画は難航しているのですか?
勝沼町から5年計画で保存のお話を頂きましたが、今年で放置されて10年になります。市町村合併の影響もあるのだと思います……。漫画の閲覧者さんたちから「問い合わせてみたらどうでしょうか?」とご意見いただき、勇気を振り絞って平成25年(2013年)5月に手紙にて(母が)問い合わせたのですが音信不通。甲州市在住の有志も問い合わせてくださったのですが「たらい回し状態」になっていたそうです。

モットーは楽しく!Web漫画からスタートした活動

──大変な状況の中漫画を描き続けられていたのですね
自分にできることは漫画を描くことなので、できることをしています。「絶望するより、とにかく楽しく!」がモットーです。平成25年(2013年)3月から『ぼろくら』(公式サイト)やblogに擬人化漫画を掲載しています。今はPIXIVやcomicoでも読めるようにしています。

──どのような反響がありましたか?
Ibなどのファンアートを描いていたこともあって、1~2日でWeb拍手のコメントが100件以上きました……。Facebookも「イイね!」が一気に200以上ついたのですが、(ファンアートの元作品に迷惑がかかるといけないので)正式にサイトをわけてからは1日あたり多くて50人程度でしょうか。決まった方が閲覧してくださっている感じです。


「かつぬま朝市」という地元地域の方たちが集まる朝市サイトにリンクを貼っていただき、ネットで知り合った甲州市の方の紹介で地域新聞(山梨日日新聞)に取り上げて貰えました。

──『ぼろくら』に関する秘話があったら教えてください

家系図に武田勝頼(編注:武田信玄の息子)の名前があったのでキャラクターとして出しました。ただ、安政2年(1855年)に作られた家系図なので、信じられないというのが本音です。もし本当にご縁があったら面白いと思っています。祖父の元に歴史学者が武田家の末裔ではと調査に来たことがあったそうですが、証拠となるものが大火で燃えたので違うと答えたそうです。

また、男性キャラばかりになってしまったので、山梨に縁のある妖怪『白蔵主(はくぞうす)』の子ギツネシロちゃんを登場させました。

ネットで広がる保存の話

──漫画の閲覧状態について教えてください
『ぼろくら』は1年と少しでカウンターが40,000を突破、comico掲載分は2ヶ月で閲覧者数が15,000を超えました。comicoは大きく宣伝しているので、『ぼろくら』以外のオリジナル漫画を投稿しても閲覧者数は変わらず多めです。Facebookは画像を更新すると10~20人程度が「イイね!」を押してくれます。なにか良いアピール方法はないものかといつも考えています。

──Facebookのアカウントを取ったきっかけを教えてください
Facebookは流行にのってみたかっただけです(笑)意外と年配の利用者が多く、Facebookページから『ぼろくら』サイトを閲覧しに来てくださっているようです。サイトのみの時代に比べて、Web拍手に来るコメントの文章がすごく大人になった印象です。アカウントを取ったころは対象年齢(ターゲット)を中高生~青年と想定していたのですが、実際には青年~中高年になりました。

──Twitterアカウントを取ったきっかけを教えてください
(匿名な分)Facebookより気軽に人と繋がったりRTしたりできるので、土蔵を知る人が増えればいいなぁと思ったからです。あとはやはりFacebookと同じで流行だったから……ですかね。1年と少しでフォロワー数が800人前後に増えました。絵や写真を載せるとRTして頂けて、それをきっかけにフォロワーが増えます。フォロワー数が多い方にフォローしてもらえると、連動して土蔵アカウントのフォロワーも増えます。

──TwitterやFacebook、blogなどを運営する際に気を使っていることはありますか?
blogは最低でも週に1度は更新するように心がけています。
Twitterは呟きが多すぎると注意されたことがあります。定期ツイートを流すことも検討したのですが、とりやめました。SNSは基本的に自由に呟いて良いと思うのですが、誰かの悪口になるようなことは呟かないようにしています。敵を作りたくありませんし、とにかく楽しくやろう! と決めているからです。Facebookはまだ理解できていない部分も多いので、今後勉強していきたいです。

──Webでの活動の良かったこと、悪かったことがあれば教えてください
ネットでは詐欺などもあるので、最初のうちは疑心暗鬼になることもありました。でも、土蔵のことを本当に心から心配し、応援してくださる方と知り合うことができました。ネット内だけではなく、リアルでも行動を起こしてくれる方たちと巡り合えたことも喜びです。コメントもあたたかいものばかりで、サイト運営などで後悔したことは1度もありません。

インタビュー後編では、2014年2月14日の雪害を乗り越えNPO法人設立にいたった経緯を教えていただきます。

旧福嶋屋土蔵 所在地:山梨県甲州市勝沼町勝沼3133番地

※Googleマップでは3134番地になっていますが正しくは3133番地です。

▼関連リンク
旧福嶋屋土蔵(Facebook)
旧福嶋屋土蔵(Twitter)
旧福嶋屋土蔵(blog)
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