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連載:IT因縁話「VGA≠画面解像度(4)~IBM PCでの日本語対応~」

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by [2014年4月03日]


▼連載目次▼
はじまりはMDA・CGAから
PC/ATのために開発されたEGA
PS/2と共にデビューしたVGA
IBM PCでの日本語対応
・IBMによるハードウェア支配の終わり
▲目次▲

IBM PCでの日本語対応

IBM PC系のパソコンでの日本語表示は最終的にVGA(およびその互換機能)+日本語PC-DOS/V(MS-DOS/V)によるビットマップグラフィック画面へのソフトウェア処理によるフォント表示という形で一つの結論が得られたのですが、それに至るまでには様々な試行錯誤がありました。

日本IBMで言えば、IBM PCの廉価版であったPCjr(PCジュニア)に日本語表示機能(※ビットマップ画面にテキスト表示)などを付加したIBM JXが1984年に登場したものの惨敗、1987年には日本IBMオリジナルパソコンであったマルチステーション5550シリーズとIBM米国本社のPS/2を統合(PS/2に5550シリーズ固有のグラフィック機能とVGAを統合した専用グラフィックコントローラを搭載。ちなみにこの系統の1024×768ピクセル表示は後述する8514/AやXGAの基礎となりました)したPS/55を開発し、これは教育市場などで健闘したものの圧倒的なPC-9800シリーズのシェアの前に十分な成功を収められませんでした。

日本で恐らく最も早い時期にIBM PC互換のハードウェアで成功を収めたのは、日本IBMではなく東芝が1986年より発売を始めたラップトップ機のJ-3100シリーズでした。これはEGA互換チップを搭載してPC-9800シリーズと同様に640×400ピクセル表示を可能としたもので、同社はその後1989年に現在のノートパソコンの基本を確立したJ-3100SS 001“DynaBook”を発表、これは定価が20万円を切っていてしかも持ち運びが便利であったため史上空前の大ヒットとなり、以後の日本におけるPC/AT互換機受容の土台を築きました。

一方、J-3100初代機登場からJ-3100SS登場の間の時期に、日本のアスキーとMicrosoftが共同でAX(Architecture eXtended)と呼ばれる、PC/AT互換機に日本語表示機能を追加したパソコン規格を提案、これに賛同した三菱電機・三洋電機・ソニーなどの国内家電メーカー各社がこの規格に準拠したパソコンを発売しました。

このAXではEGAを拡張したJEGAと呼ばれる専用グラフィックコントローラを搭載すること日本語表示機能を実現したのですが、J-3100とは異なりPC-9800シリーズと同様にテキストVRAMおよび漢字ROMを搭載し、テキスト画面とグラフィック画面を合成表示する機能を実現、日本語の高速表示が可能となりました。また、このJEGAではグラフィック画面が640×480ピクセル表示となりましたが、VGAとの互換性はありませんでした。

このAXは英語モードと日本語モードの互換性確保について非常によく考えられていたのですが、メーカー各社の販売戦略に問題があったことなど様々な要因から最終的に失敗に終わりました。ただし、メーカー各社はほぼ例外なくVGA互換グラフィック機能を搭載しDOS/Vの動作する、いわゆるDOS/Vパソコンの製造販売に移行しており、この規格は発展的解消を遂げたとも言えます。

(次回、『IBMによるハードウェア支配の終わり』へ続きます)

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