PC-DOS2.0_s

連載:IT因縁話「VGA≠画面解像度(1)~はじまりはMDA・CGAから~」

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by [2014年3月31日]

現在、「VGA」や「XGA」はパソコンに限らずタブレットやスマートフォンなどでも画面解像度を指す言葉として広く用いられています。

しかし、厳密に定義するとこれらを単に画面解像度を指す語と見なすのは誤りです。

今回はこのVGA・XGAを含むIBM PC・PC/XT・PC/AT・PS/2で製品化されたグラフィックカードとその規格、そしてその後のグラフィックコントローラの発展について考えてみたいと思います。

▼連載目次▼
はじまりはMDA・CGAから
PC/ATのために開発されたEGA
PS/2と共にデビューしたVGA
IBM PCでの日本語対応
・IBMによるハードウェア支配の終わり
▲目次▲

はじまりはMDA・CGAから

1981年に発表されたIBM製パソコンの事実上の初代機種であり「The PC」とも呼ばれたモデル5150には、一つの特徴がありました。

標準でマザーボード上に搭載されている入出力インターフェイスはキーボード用とデータレコーダ用だけで、それ以外は必要に応じてバススロットに拡張カードを挿して利用するようになっていたのです。

そのため、一般的なパソコンを構成するのに最低限必要なインターフェイス、具体的にはディスクインターフェイスカードおよびグラフィックカードは別途搭載する必要がありました。

ディスクインターフェイスについては今回扱う話ではないので詳細は割愛しますが、これら2種のインターフェイスはそれぞれマザーボード本体に搭載されているBIOS ROMを拡張するためのディスクBIOSおよびビデオBIOSを搭載していて、当時提供されていたPC-DOS(MS-DOS)をはじめとする対応OSではその拡張BIOSの機能を呼び出して利用していました。また、それゆえにそれらの拡張BIOSではOSとのデータのやりとりに用いるI/Oポートやメモリアドレス、それにレジスタの扱いなどが厳密に定義されていました。

つまり、IBM PCに搭載されたグラフィックカードは本来、いずれもハードウェア(グラフィックコントローラおよびその使用リソース)とソフトウェア(ビデオBIOS)が不可分の規格なのです。

また、こうしたBIOSに関わる事情から、最初期のIBM PCではIBM純正のMDA(Monochrome Display Adapter:モノクロ表示)およびCGA(Color Graphics Adapter:カラー表示)という用途に合わせて2種用意されたグラフィックカードのいずれかを選択して搭載せねばなりませんでした。

MDA上でPC-DOS Ver.2.0を動作させた状態
この時代、モノクロ≠白黒表示で、文字色が緑のディスプレイが一般的であった。なお、画像では各ピクセルが正方形のため画面が横長だが、実際には縦横比4:3のCRTを用いるため縦方向に約1.5倍程度に引き延ばして表示される。

MDAはこの時期のグラフィックカードとしては高解像度な720×350ピクセル相当(※ただしこの値は文字を構成するピクセル数と表示可能文字数から算出されたものです)を実現したものの、わずか4キロバイトのテキストVRAMしか搭載しないためROM内蔵のいわゆる半角の英数キャラクタ(文字)以外は表示できませんでした。

一方、CGAはMDAの4倍に当たる16キロバイトのVRAMを搭載し、MDA上位互換で文字を16色カラー表示可能としたテキスト表示モードと、専用のビットマップグラフィックモードを備えていました。ただしCGAはビットマップグラフィックと言っても最大解像度となる640×200ピクセル時にはモノクロ、320×200ピクセル時でもモノクロ4階調あるいはカラー4色表示が精一杯で、これらのカードが発表された1981年当時の日本のパソコン(※当時NECの主力製品であったPC-8801ではCGAの3倍にあたる48キロバイトのVRAMが搭載されていました)と比較するとかなり貧弱なグラフィック機能と言わざるを得ませんでした。

もっとも、当時のアメリカ市場では高解像度グラフィックに対する需要はきわめて低く(※むしろ「なぜそんなに高解像度が必要なのか?」という論調でした)、このような低解像度グラフィックカードでも特に問題なく受け入れられていました。

(次回、『PC/ATのために開発されたEGA』へ続きます)

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