NEC PC-H98-U01NECのPC-9800シリーズ用純正2ボタンバスマウス。座標指示は金属球の回転によって行われる。当初はPC-9872という型番でD-SUB 9ピンコネクタ接続だったが、PC-H98シリーズ以降本体側バスマウスコネクタが9ピンミニDINコネクタに変更されたため、この型番となった。

連載:IT因縁話「マウスボタンの数の不思議」

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by [2014年2月19日]

現在、一般に広く使用されているポインティングデバイスの1つであるマウスでは、座標移動を指示するレーザーや赤外線などを光源とする光学センサーと、操作指示に用いるボタンスイッチが組み合わせて搭載されています。

この構成は座標移動指示の仕組みが変わった以外はダグラス・エンゲルバート博士が1960年代初頭に考案した最初のマウス以来、全く変わることなく続いているものです。

しかし、その一方でこのマウスは、搭載されているボタンの数が増えたり減ったりするという、この種の入力デバイスでは珍しい経緯を辿ったことで知られています。

今回は、このマウスのボタンについて考えてみたいと思います。

最初は3ボタンが念頭にあった

実はこのマウス、ダグラス・エンゲルバート博士のアイデアを最初に形にした試作品の段階では、ボタンは本体から突き出した普通の押しボタンがただ1個搭載されているだけでした。

アメリカ合衆国特許 公告番号US3541541 A添付図掲載のマウス(抜粋)

基本的な動作を確認するだけならこれで充分、ということだったのでしょうけれども、エンゲルバート博士が1970年11月17日に取得した合衆国特許「X-y position indicator for a display system(ディスプレイシステムのためのX-Y座標指示装置)」に添えられた図では明確に3つのボタンが本体上に並べて示してあり、博士が当初3ボタンマウスを構想していたことが見て取れます。

実際、恐らく史上初のマウスを用いたGUI(Graphical User Interface)環境を実現した、Xeroxのパロアルト研究所によるAltoという試作システムでは3ボタンのマウスが作られており、エンゲルバート博士の当初構想に忠実に開発が行われたことがわかります。

実用化の過程で数が減ったボタン

ところが、このAltoでの研究成果を元に製品化されたXeroxのStarというシステムでは2ボタンのマウスが採用され、更に若き日のスティーブ・ジョブズがパロアルト研究所を見学した際にAltoを実見したことがきっかけでマウス搭載が決定したAppleのLisa(Macintoshの前に開発された16ビットパソコン)では更に1つ減って1ボタンのマウスが採用され、これは以降のApple製パソコンにも踏襲されました。

Appleが1ボタン化した背景には、「1ボタンなら誰も操作を間違えない」という明快な設計方針があった由ですが、これは言い換えれば1ボタンでも充分実用になるようなソフトウェアのユーザーインターフェイス設計ができたからこそ実現した構成であったと言えます。

NEC PC-H98-U01
2ボタンバスマウスの例。MS-DOSからMicrosoft Windows 3.1までの時代のPC-9800シリーズに標準添付され、1990年代前半の日本で広く普及した。

このあたりは、文字ベースのユーザーインターフェイス(Command Line Interface:CLI)を基本とするMS-DOSの時代に既存の2ボタンマウスを標準として採用し、Windowsになってからもこの構成を踏襲した結果、初心者が左右どちらのボタンを押せば良いのか判らなくて文字通り右往左往することがままあったのとは対照的で、ハードウェアからOSまで一括して開発するAppleと、ハード仕様の決定に重要な役割を果たしてきたとはいえ基本はソフトハウスであるMicrosoftのスタンスの違いが現れた部分でした。

一方、1980年代後半から1990年代にかけてSUN Microsystems(現在はオラクルに吸収合併)などのメーカーが盛んに開発販売していた、UNIX上でX-Windowと呼ばれるGUI環境の動作するワークステーションではAlto同様に3ボタンマウスが多用されていたのですが、これは広く一般化するには至りませんでした。

ちなみに、UNIX系OSにおけるこの3ボタンマウスの操作は現在では後述するホイールマウスのスクロールホイールに組み込まれているホイールクリック(ホイールを押し込む操作)で代用することが一般的となっています。

付加価値としての多ボタン化

こうして、OS開発を行うメーカーの側ではおおむね操作の単純化を狙ってボタンを最小限に留めようとする動きが強かったのですが、より高い付加価値を求めるマウスメーカー側は別の考えを持っていました。

多用されるキーボードショートカットを割り当てる、などといった形でマウスにより多くのボタンを搭載する製品が現れるようになったのです。

Kensington TurboMouse(Model #64210 Version 5.0)
Macintosh対応ADB接続トラックボール。

例えば、これはマウスではなくトラックボールになりますが、Macintosh向けトラックボールではトップメーカーであったKensington社のTurbo Mouseでは当初2ボタン、途中から4ボタン搭載となり、同梱の専用ユーティリティを用いることで様々な操作を1つないしは3つのボタンに割り当て可能となっていました。

Macでの多ボタン化

こうした動きが本格化したのはMac OS 8でコンテキストメニュー、つまりWindowsの右クリックに相当する機能が実装されたものの、ボタンが1つしかないMacintosh用マウス単独では操作指示が行えず、やむなくキーボードの「Control」キーを押し下げた状態でクリック操作を行うという、およそスマートとは言いがたい操作体系とならざるを得なかったことが大きく影響しています。

言い換えれば、このMac OS 8の時点で(一応、全く使わなくとも済むようには配慮されてはいたものの)1ボタンマウスによるMac OSの操作体系は事実上破綻を来たし始めていたことになります。

もっとも、Apple純正品としてはiMac以後も長らく1ボタンマウスの添付が続き、2005年のMighty Mouseという製品でようやく2ボタンマウス相当の操作がマウス単体で可能となりました。

Apple MagicMouse

現在のiMacではMagic Mouseという、マウスの筐体上面全てをタッチパネル化することでタップやスワイプといった操作を可能とした、ことによるとWindowsパソコン用多機能マウスよりもよほど複雑な操作体系を持った(しかしiPhone/iPadユーザーには親和性の高い)マウスが標準添付品として提供されています。

思いもよらず普及した「第三のボタン」

Windowsの2ボタンマウスによる操作体系は右クリックによるメニュー操作を含むもので、左右どちらのボタンにどのような機能を割り当てられているのかを理解しておく必要がありましたが、ショートカット的に右クリックを利用できるため充分習熟していれば効率的に操作が行えるような構成となっていました。

そのため、UNIXワークステーションのような3ボタンマウスはまず普及しない、と考えられていたのですが、思いもよらない形で、それも爆発的な勢いで3つめのボタンを搭載したマウスが普及することになりました。

Microsoft IntelliMouse Serial or PS/2 compatibleスクロールホイール機能を搭載した最初のマウス。Microsoft純正の対応ソフトと共にスクロールホイールの威力を世に広く知らしめた。

というのも、1996年に初代モデルが発表された最初のスクロールホイール搭載マウスであるIntelliMouseで左右ボタンの間に配されたスクロールホイールを押し込むと3ボタン目として動作する機能が標準搭載されていたためです。

このスクロールホイール機能、Microsoftの自社製品であるInternet ExplorerやMicrosoft Officeが直ちに対応したこともあって競合するマウスメーカー各社の製品にも急速に普及したため、望むと望まざるとに関わらずこの「第三のボタン」はほとんど意識されないまま一般化することとなりました。

さらに、このホイール機能は後継機種の1つであるWireless IntelliMouse Explorer(2003年)で左右にホイールを傾けるチルト機能が追加されて横スクロールが可能となりました。

Logicool VX Revolution内部
チルトホイール搭載マウスの例。右写真でも明らかなように、ホイールモジュールは前左右(チルト)と後(ホイールクリック)の3つのタクトスイッチの上に載り、後部のコイルばねにモジュールの荷重を負担させることで左右あるいは後方に自由に傾けられるようにしてある。使用頻度の高い左右のメインボタン用スイッチ(赤枠)は高耐久性の大型スイッチを搭載している。

これは従来ホイールクリックのために搭載されていた「第三のボタン」の手前に左右2スイッチを並列配置で追加、ホイールの支持機構を左右にチルト可能かつ押し込みも可能な構造とすることで、前左右いずれか一方のスイッチが押された場合は左右いずれかのチルト(※この2スイッチはチルト機構の回転軸により、同時押しが物理的にできないようになっています)、ホイールが押し込まれた場合は後方のスイッチが押されて「第三のボタン」としてそれぞれ機能するような構造としたものです。

つまり、この種のチルトホイール搭載マウスでは一見2ボタン構成でも実は5ボタンが搭載されているのと同等の構造となっているのです。

Logicool G700s
14ボタン&チルトホイール搭載マウスの例。左右のメインボタンとホイールの周辺、そして本体側面に複数のボタンを搭載する。

もっとも、このチルト機能が実装される前後から、Windowsパソコン向けマウスでは上位機種を中心に本体側面あるいは上面にボタンを(主に2ボタン単位で)追加してブラウザの「進む」「戻る」などの操作に割り当てる動きが急速に目立つようになりました。

チルト機能は主に多機能な上位機種に搭載されたため、こうした側面あるいは上面のボタン追加と合わせて7ボタン構成とした機種が多く、一部の多機能マウスではメイン3ボタン+側面12ボタン+上面2ボタン+チルトホイール3ボタン(スイッチ)構成で何と20ボタン構成とした機種まで存在しています。

Windows 8登場でタッチパッド機能が搭載されるようになったが…

こうして主にインターネットブラウザでの実用性向上の手段として多ボタン化が進んだマウスですが、2012年のWindows 8発売で再度状況が変わりました。

Windows 8ではタブレットでの利用を念頭に置いてジェスチャー機能などタッチパネルへの対応が重視されたわけですが、AppleのMagic Mouseと同様、MicrosoftもTouch Mouseでマウス上面に静電センサーを搭載、タッチパネルと同様にジェスチャー機能を利用可能としたのです。

もっとも、この種のタッチセンサー搭載マウスにはセンサー感度の関係でいわゆる「誤爆」が頻発しやすいというかなり深刻な問題があります。そのためもあってか、このTouch Mouseと同様の機構は今のところホイールマウス登場時のような爆発的普及には至っていません。

マウスボタンの明日

以上、マウスのボタン数の変遷について駆け足で見てきました。

マウスは当初3ボタンで始まり、2ボタンあるいは1ボタンに減り、その後何かある度にボタンが増え、今やタッチセンサーのジェスチャーでボタンが代用される機種まで現れている訳ですが、そのタッチセンサー内蔵マウスでの誤爆問題のひどさや対応機能の不足、さらにそもそもジェスチャーによる操作では現在一般に遊ばれているゲームのプレイに向かない場合がかなりあることなどを鑑みるに、マウスは今後も当分は(チルト込みで)機械的なボタンを5ボタン~14ボタン前後搭載する機種が主流であり続けるのではないでしょうか。

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