Roland MT-32いわゆるデスクトップDTMの先駆となったMIDI対応音源モジュール。動的な発音の再割り当て機能やマルチティンバー機能を搭載し、DTM用途のみならずゲームBGM用音源としても一世を風靡した。

連載:ITエロ進化論「貧弱な環境が促進したMIDI機器の普及」

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by [2014年2月14日]

前回の記事でも触れましたが、1990年代中盤から後半にかけての時期、アダルトゲームではBGMの面で飛躍的な品質向上が達成されていました。その中核を担ったのがFM音源ですが、このFM音源には一つ無視できない問題がありました。

それは、この新しいシンセサイザーの音色が指数関数的なパラメータによって決定されるようになっていて人間が直感的に数値設定するのが難しく、楽曲作成以前に必要な音色を得るだけでも大変な手間を必要としたことでした。

また、数学的なパラメータでその音色が定まる、という事実が示すとおりこの音源は生音やアコースティックな楽器の音色再現が大変に苦手で、結果FM音源が一世を風靡した1980年代前半にはどこへ行ってもテクノでメタリックな音が溢れかえるという有様になりました。

当然ながらFM音源を開発したヤマハを含む楽器メーカー各社はその問題をよく承知していて、ローランドのLA(Linear Arithmetic)音源やヤマハのRCM(Realtime Convolution & Modulation)音源など、最終的にPCMによるサンプリング音源で充分な量のメモリが扱えるようになるまで、様々な過渡的シンセサイザー技術が開発・製品化されていました。

しかし当時の状況では、パソコン用サウンド機能としてそうした「贅沢」にメモリを消費する音源を搭載するのは難しく、ゲームなどでそうした「生音に近い」あるいは「FM音源とは違う」音色のBGMを再生するには、パソコン本体にMIDIインターフェイスを搭載するなどしてMIDIシンセモジュールを接続し、それを用いて楽曲再生を行わせる他ありませんでした。

今回は、そのMIDIシンセモジュールとアダルトゲームの関わり合いを中心に考えてみたいと思います。

そもそもMIDIって何だ?

近年ではDTMの分野でもソフトウェアシンセの普及等でハードウェアとしてのMIDIを利用する機会は激減していますが、MIDI(Musical Instrument Digital Interface)は複数の電子楽器の演奏をデジタル制御する手段として制定された規格です。

MIDI入出力端子の例
MIDIではIN(入力)・OUT(出力)の他、入力したデータをそのまま通過させるTHRU(THROUGH)の3種の入出力端子があり、必要に応じて適宜接続して使用される。

これは、信号の授受に用いられるケーブル部分を電気的に切り離すことで、1台の機器でのトラブルが芋づる式に他の機器に影響を及ぼすことを防ぐための仕組みを採用していたり、かなり丈夫なコネクタ(※5ピンDINコネクタ:直径13.2mmの金属製円筒シールドに保護され、太い信号ピンで接続されるコネクタ)を使用していること、更には何かの拍子に「コネクタが抜けて断線する」トラブルに備えて各機器で常時接続状態がチェックされる構造となっていることが示すように、プロの演奏の現場で蛮用に耐えるような工夫や対策が凝らされています。

Roland GPPC-N
MT-32の後継機種の1つであるCM-300相当のMIDI音源モジュールとMPU-PC98 II相当のMIDIインターフェイス機能を一体化した、PC-9800シリーズ用Cバス拡張ボード。当時のDOSゲームで楽曲再生を行うだけであれば、このボード一枚で概ね満足できた。

MIDIでは、コンソール(※鍵盤楽器や弦楽器などの形態を採るものが大半を占めます)やシーケンサーなどの演奏指示を出力する機器と、実際に音を出力する音源モジュールを接続して楽曲を「演奏」するというのが基本的な接続および利用法で、パソコン用にもインターフェイスボード/カードやその機能を標準搭載したパソコン本体などが1980年代から販売されていました。

もっとも、初期にはそれらはパソコンをシーケンサーとして利用するためのものという認知で、実際にもシーケンスのためのソフトでの利用が前提となっているような状況でした。この時代、例えばTMネットワーク(当時)の小室哲哉氏がライブステージ上でパソコンをシーケンサーとして利用していたのをご記憶の方もおられるのではないでしょうか。

元々は電子ピアノのオプションだったDTM音源の始祖

Roland MT-32
いわゆるデスクトップDTMの先駆となったMIDI対応音源モジュール。動的な発音の再割り当て機能やマルチティンバー機能を搭載し、DTM用途のみならずゲームBGM用音源としても一世を風靡した。

さて、上記の通り、どちらかと言えばクリエイターやプロミュージシャンのツールとして出発したMIDI規格とこれに対応する機器群ですが、1980年代後半にある機器がデビューしたことで状況が急変し始めました。

その機器の名はローランドMT-32。

ヤマハDX7(※FM音源搭載)が絶頂を極めていた1987年に、ローランド初のフルデジタルシンセサイザーであるD-50に少し遅れて発表され、それと同じ音源(LA音源)を搭載したこの音源モジュールは、元来同社製電子ピアノに接続しその伴奏に用いる前提で開発されたものでした。

もっとも、その一方でこのMT-32は伴奏用としてROM容量(※512キロバイト)の許す範囲で可能な限り多種多様な音色を収録し、さらに動的に各パートに割り当てる発音数を変化させることで複数台のシンセサイザー相当の演奏を1台で可能とするマルチティンバー機能を備えており、これ1台あれば一通りの楽曲演奏ができるだけのポテンシャルを備えていました。

そのため、この機種は今でいうDTM音源としてメーカー側の予測を遥かに上回る大ヒットとなったのですが、FM音源では再現の難しい音色の楽器やリズムセクションの演奏が可能でステレオ出力、しかも比較的低価格(定価約7万円)でDTM用途とはいえ比較的多数が出回ったこの機器を、主流であったPC-9800シリーズの抱えるグラフィック面での制約の厳しさゆえに他の表現手段に餓えていたアダルトゲームメーカーが見逃すはずはありませんでした。

一般ゲームでも使われたMIDI

実を言うと、この新しい音源モジュールに注目していたのはアダルトゲーム業界だけではありませんでした。

シャープ X68000 ACE-HD(CZ-611
C)
MT-32と同じ1987年に発売開始された16ビットホビーパソコン、X68000シリーズの2世代目(1988年3月発売)。このシリーズは早期に純正でMIDIインターフェイスボード(CZ-6BM1)と対応ソフト(MUSIC PRO-68K〔MIDI〕)が提供され、さらにユーザーの側でもZ-MUSICをはじめ内蔵のFM音源とADPCM音源、それにMIDIシンセを統合的に扱うドライバや関連ツール類が開発されるなどした結果、実機ユーザーのMT-32をはじめとするローランド製MIDI音源モジュール保有率が異様に高かったことで知られる。

むしろ一般ゲーム、特にこのMT-32と前後して発売開始され、以後およそ5年以上にわたって改良を続けつつゲーマーから熱烈な支持を受けたシャープのホビーパソコンであったX680x0シリーズ向けの一般ゲームでは、同シリーズ向けMIDIインターフェイスボードが発売されて以降、このMT-32やその後継となったCM-32/64/300/500シリーズなどのローランド製MIDIシンセモジュールでのBGM再生に対応するのが(元々FM音源を利用していたアーケードゲームの移植版などを除き)当然という状況になっていましたから、FM音源の利用に血道を上げていたPC-9800シリーズ向けDOSアダルトゲームでの対応もある意味順当な展開だったと言えます。

もっとも、X680x0シリーズ向けゲーム市場はあらゆる意味で非常に先鋭的ではあったものの、大変失礼ながら所詮ニッチな市場でしかなく、パソコンユーザーへのMIDI対応機器の普及に対する貢献という観点では1990年代のアダルトゲーム市場、具体的にはPC-9800シリーズ対応のMS-DOS対応アダルトゲーム市場の果たした役割は大きなものがありました。

なぜエロゲーでBGMが重視されたのか

PC-9800シリーズ向けDOS用アダルトゲームでMIDI対応が流行った理由は幾つか考えられますが、中でも重要だったのが、その楽曲データ容量の小ささでした。PCMデータならば数十メガバイト、あるいは数百メガバイトにもなる楽曲が、指定の外付けMIDI音源モジュールが必要とは言えわずか数十キロバイトで済むというのは、前回の記事でも触れたように、当時のゲームは容量1.2メガバイトのフロッピーディスクが主な供給媒体であった当時、何より重要なメリットでした。

更に言えばこの時期は貧弱なグラフィック環境を逆手にとった、「弟切草」や「かまいたちの夜」を鼻祖とするいわゆるノベルゲームの全盛期であり、文字主体であったからこそ没入を手助けするための手段としてのBGMに特に重要な役割が持たされていました。その点で、FM音源やPSG音源などのパソコン内蔵音源とは比べものにならないほどリッチなMIDI音源モジュールの利用は、理に適ったものだったのです。

またMIDI音源モジュールは比較的遅延が少ない、つまりある指令が発行されてから実際に音が出るまでの待ち時間が短く、以後のWindowsゲームで一時大流行したCD-DAによる音楽再生と違って演出意図からずれた音出しになる危険性が低い、というメリットがあります。

ムーディな音楽を流して感情の高ぶりを演出したい、あるいはサスペンスなシーンでタイミングで何秒も遅れて思い出したようにBGMが鳴るのでは全く興ざめで、またCD-DAの場合楽曲の途中からエンドレスのループ再生、といった形での演奏は物理的に不可能ですから、こうした演出に凝るメーカーは次のWindows時代に、Ogg VorbisやMP3などの楽曲圧縮技術が実用になるまで大変な苦労を強いられることになりました。

その意味ではそうした心配が少なく、FM音源と比較して圧倒的にゴージャスな演奏が可能となるMIDI音源モジュールによる楽曲再生には、高価な音源モジュールの購入をユーザーに強いるという難点はありましたが、演出や楽曲演奏という観点では非常に大きなメリットがあったのです。

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