QWERTY

連載:IT因縁話「現在のキー配列は旧式タイプライターの故障から生まれた」

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by [2014年1月28日]

現在一般に使用されているパソコンなどの入力機器としてのキーボードでは、アルファベット部分の最上段左端からの並びを採って俗にQWERTY配列と呼ばれる配列が広く採用されています。

キーボードの配列にはこの他DVORAK配列や、日本語入力に最適化し開発されたM式など、様々な方式が提案・開発されているのですが、現在はこのQWERTY配列(※および各言語向け派生配列)が主流となっています。

アルファベットがある程度まとまって並んでいたり、突然に並びから外れた文字が置かれていたり、と一見理不尽にも見えるこの配列、元々は差し迫った必然性があって考案された(とされている)ものであったりします。

今回はこうしたキーボードの配列について考えてみたいと思います。

始まりは機械式タイプライターだった

QWERTY配列が誕生したのは1882年のことでした。

この年に世界初の商用タイプライターとなったSholes and Glidden typewriterと呼ばれる機種が開発されたのですが、その機種に搭載されたキー配列こそがQWERTY配列の原形となったのです。

その配列決定の経緯については幾つかの説が存在しますが、最もよく知られているのが「高速打鍵による印字機構故障防止のため、使用頻度の高い文字を離して相互に干渉しないよう対策した結果このような配列となった」というものです。

事の真偽はともかくとして、筆者が昔触ったことのあるオリベッティ社製機械式タイプライターでは確かに英語の文書で連続して打鍵する際にアームが絡みにくい並び(※絶対に絡まないわけではありません)になっていましたから、これは機械式タイプライターにおいては実用的に意味のある配列だったわけです。

このQWERTY配列(および派生配列)は機械式タイプライターの時代を通じて事実上の標準として、アルファベットを使用する言語圏で広く普及することになりました。

電動式タイプライターでも踏襲されたQWERTY配列

こうして機械式タイプライターにおいて標準の座を獲得したQWERTY配列は、機械式タイプライターの後継となった電動式タイプライターにおいても、そのまま踏襲されました。

実を言うと電動式タイプライターの場合、「タイプボール」や「デイジーホイール」など、活字を部品の円周上に配置しその部品を回転させて所定の文字を印字する機構が開発されたため、以後はキーが活字から機械的に切り離され、QWERTY配列を採用する必然性はなくなりました。

しかし、これまで莫大なコストをかけて養成されてきたタイピストにこちらの方が合理的だ、と突然新しい配列に切り替えろ、新配列に習熟しろ、というのも無理な話です。

また、配列切替のために仕事の効率が大幅低下するのは好ましくなく、更に新しい配列の合理性の検証も必要となることなどもあって、そのまま従来のQWERTY配列が踏襲されたのです。

テレタイプへの応用

さて、こうして一つの標準として確立されたQWERTY配列ですが、この配列はタイプライターに先行して発明されていたモールス通信を利用したテレタイプ通信システムにも応用されました。

これはわかりやすく言うと、一方の端末で入力した文字をコード化して送信、これを電信線を介して受け取ったもう一方の端末で文字に変換して紙に印字する、という電報を高度化させた通信システムで、Eメールとチャットのご先祖様に当たるシステムということになります。

このテレタイプ通信では、現在も使用されるキャリッジリターン(Carriage Return:CR 行頭復帰)やラインフィード(Line Feed:LF=改行)といった文字制御の概念が確立されており、その後開発された電子計算機でも入出力装置としてこのテレタイプ端末が流用された結果、このCR・LFの概念と共にQWERTY配列もコンピュータの入力用キーボードに取り込まれることとなりました。

ちなみに現在でも、LinuxをはじめとするUNIX互換OSなどではテキスト入出力を行う端末がデバイス名tty(teletypeの略)として割り当てられており、黎明期のコンピュータの慣習が未だに残っていたりします。

パソコンでもQWERTY配列が普及した

このような事情から、テレタイプの仕組みを引き継いだ欧米のパソコンではごく当然のことのようにQWERTY配列が事実上の標準となりました。

日本でも、JIS配列としてQWERTY配列を基本にかな入力などを拡張した配列が標準化されたため、QWERTY配列が標準、という事情には変わりはありませんでした。

もっとも、欧米では例えばApple IIシリーズの一部機種でDVORAK配列とQWERTY配列をスイッチ切替できるようにしてあって、他にも古くからDVORAK配列を採用したキーボードが市販されるなど、タイプライターの慣習に縛られない理想の配列を模索する動きがありました。

NEC PK-KB015 “エルゴフィットキーボード”
NECが長年研究開発してきたM式キーボードの現時点で最新最後の製品。メインのアルファベット部が二分割されて逆ハの字に配置され、さらに格子状にキーが並んでいることに注目。
NECのニュースリリース(http://www.nec.co.jp/press/ja/9809/2401.html)より。Copyright © NEC Corporation 1994-2013. All rights reserved.

一方、日本語入力で英語圏とは異なる指の動きが多用される日本では、8ビットホビーパソコンのMSXやシャープX1turboシリーズ(※通常のJIS配列とスイッチ切替)などでかな50音順配列とした機種があり、さらにNECのM式、あるいは富士通の親指シフトなど、日本語特有の入力事情に最適化したキーボードも開発されましたが、ローマ字入力法の最適化のために各キーごとにアルファベットの割り当てまで変えたM式を別にすれば、アルファベットについてはQWERTY配列を採用するものがほとんどでした。

ちなみに、パソコンでより自然な運指が可能とされるDVORAK配列が提案されていたにもかかわらず、ほとんど採用されなかったのは、テキストエディタに一因がありました。

UNIXで広く使用されていたEmacsなどのテキストエディタでは複数のキーを同時押しして特定のコマンドを実行させる「キーバインド」という入力法が利用されていたのですが、例えばEmacsでファイル読み込みをしたい場合は「Ctrl+x・Ctrl+f」とコントロール(Ctrl)キーを押しながらxとfを順番に押す、という操作を行うようになっていて、概ね組み合わされるキーが一方の手で同時に押せるような位置関係のキーが選ばれています。

つまり、QWERTY配列を止めてDVORAK配列に変更した場合、これまでならば片手で届いたキーバインドが届かず、必ず両手で入力せねばならなくなるケースが発生する可能性があるのです。

今のようにGUI環境ならばこれもそれほど深刻な問題ではないのですが、キーボード操作が標準だった時代においては、これは作業効率に重大な影響を及ぼす大問題でした。

配列変更が問題となるのはアルファベットだけではない

このように、キー配列を変更するというのはユーザーの操作性に重大な影響を及ぼす訳ですが、変更の影響が深刻なのは何もアルファベットの配列だけではありません。

現在の日本で一般に使用されているPC/AT互換機と呼ばれるタイプのパソコンの場合、俗に英語101キーボードと呼ばれるタイプの英語配列キーボードと、日本語106キーボードと呼ばれるタイプの日本語配列キーボードの2系統いずれか(あるいはそれぞれの派生配列を採用するキーボード)が接続されるのが一般的です。

本来ならば、これら2系統は英語入力時に完全互換であるべきなのですが、そうなっていません。

今では意識されることはまずありませんが、PC/AT互換機用のMS-DOSでは基本となる英語モードで日本語ドライバを組み込まずに動作している場合、日本語106キーボードを接続していると「;」や「:」などのアルファベット以外の記号を入力しようと思ってキートップに刻印されている記号に従ってキーを押しても、全く違う文字が入力されてしまう(※日本語ドライバを組み込んだ上で英語モードに切り替えた場合はこの現象は起きません)のです。

これは、英語キーボードの配列を定めたASCIIと、日本語キーボードの基本的な配列を定めたJISの両規格の間で、記号部分の割り当てが異なっているためです。

IBM Enhanced 101 Keyboard (1391401 Model M)
オリジナルのPC/ATのために開発され英語101キーボードの原器となった機種。いわゆるASCII配列準拠のため「:」と「;」が1キーに割り当てられ、シフト操作で切り替える。Enterキーが1段の細長いものとなっていて、Backspaceキーが大型であるなど、日本語106キーボードとは記号・制御キーの配列が大きく異なる。

SEGA TERADRIVE KEYBOARD 106(HTR-2106)
セガ・エンタープライゼスが発売したPC/AT互換パソコンとゲーム機(メガドライブ)の複合機であるTERADRIVE用日本語106キーボード。原器たる日本IBM 5576-A01の配列を忠実に踏襲した最初期の機種の一つ。JIS配列準拠のため「:」と「;」が別キー割り当てとなっている。

これはIBM(日本IBM)が、俗にDOS/Vとして知られる日本語対応DOSを開発する過程で日本語106キーボードを開発した際に、日本語モード時はキー配列がJISに準拠するように設計し、そうした割り当ての相違をソフトウェアで吸収するようにしてしまったためです。

おかげでBIOS書き換えなどのために日本語106キーボード接続状態で日本語ドライバを組み込まずにDOSを起動した場合、ASCII準拠での記号キー割り当てとなるため、「:」(ドライブレターの指定に用いる)や「\」(日本語モードでは「¥」記号として表示。ディレクトリ指定に用いる)はどこにあるのか、と大パニックになったものでした。

しかも、キーボードの種類を自動判定するためのメカニズムを組み込まなかったため、例えばMac OS Xでは初回動作時などにキーボードの配列固有の特徴のあるキーを押させて接続されているキーボードの種類を特定する、といった機種判定ロジックを組み込まざるを得ず、またそうした特定法を用いず自動検出しようとするWindowsでは誤判定が頻発し、106日本語キーボードなのに101英語キーボードのドライバが組み込まれた結果、DOSの場合と同様意図しない文字が入力されてユーザーを悩ませることになりました。

SONY Quarter L Keyboard
SONYのAX規格マシンに付属のキーボード。漢字キーや変換キーが下にあり、さらにカナの刻印があるにもかかわらず、記号類の配列がEnhanced 101 Keyboardに準じ、英語OS環境でもそのまま使用できるという特徴を備える。

これは日本語入力時でも記号類の割り当てをASCII準拠にすれば回避できる問題で、DOS/Vに先行してPC/AT互換機の日本語化を実現したAX規格のパソコン用キーボードでは、日本語でもASCII準拠の配列を基本とすることで、こうしたトラブルが発生するのを防いでいました。

カーソルキーの位置を変えただけでも苦情が来る

筆者は以前、某周辺機器メーカーでキーボードのキー配列設計を手がけていたのですが、その当時、省スペースキーボードの設計でよりコンパクトにするため、カーソルキーの3列を削らねばならない、という状況になったことがありました。

筆者がかつてキー配列設計をした某社製キーボードのEnterキー周辺の配置図
ご覧の通り右Shiftキーの幅を半減し、最下段のスペースキーその他の幅を切り詰めてカーソルキー(赤枠内)を押し込んである。

そこで仕方なくスペースキーその他幾つかの制御キーの幅を縮小して逆T字配置のままカーソルキーやDelキーをEnterキーの下に押し込んだのですが、やはりと言うべきか、その製品ではカーソルキーの配置に苦情が集中しました。

つまり、カーソルキーは筆者らが当時想定していたよりずっと多く利用されるキーで、その位置を身体で覚えているユーザーが多かったのです。

この一件が示すように、キーボードの場合、基本となるアルファベット部分の配列だけでなく、制御キー各種の配置も極力変更しないのが(商業的には)望ましいということで、いつまで経っても(より合理的とされる)DVORAK配列が普及せず、QWERTY配列の天下が続いているのもむべなるかな、というべきでありましょう。

ことキーボードに関する限り、ユーザーの反応は非常に保守的なのです。

※2014年1月30日、一部追補修正しました。

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