Apple QuickTime PlayerQuickTime技術そのものはOS上でアプリから呼び出されるマルチメディア拡張のためのライブラリの集合体である。そのため、実質的にこのQuickTime Playerがこの技術の「顔」となる。

連載:ITエロ進化論 「CD-ROMドライブの普及を促進したアダルトコンテンツ」

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by [2014年1月31日]

いささか下品な話になるのですが、今のIT技術の発達史を俯瞰してみると要所要所でアダルト産業とその関連分野がその発展に大きな貢献をなしてきたことが判ります。

もっともこれはIT技術に限った話ではなく、例えばVHSビデオデッキの普及がいわゆるアダルトビデオの隆盛とセットであったように、家電業界にも決定的と言って良い影響を与えたケースが少なくありません。

ただ、IT技術へアダルト産業が与えた影響はそれらと比較しても無視できないほど重要かつ甚大で、その影響は今私たちが使っているスマートフォンにまで影響を及ぼしていたりします。

そこで今回はそんなアダルト産業とIT技術の関わり合いの中から、AppleのQuickTimeをはじめとするマルチメディア拡張技術が及ぼした影響を見てみることにしましょう。

最初は非常に簡素だったQuickTime

現在ではWindowsパソコンでiPodなどを使用するためにiTunesをインストールする際に併せてインストールされるソフト、という程度の認知しかされていませんが、AppleのQuickTimeは画期的な技術でした。

富士通FM TOWNS
国産では最初にCD-ROMドライブ(ディスプレイ右の縦型本体中央の丸い窓の開いている部分)を搭載した32ビットパソコン。しかし、その機能の活用は各ソフトの個別対応レベルに留まり、普遍的なマルチメディア拡張の標準規格を確立するには至らなかった。

この技術が最初に発表された1991年当時、コモドール社の発売していたAmigaというパソコンでビデオ編集用ハードウェアを搭載して動画を編集するのが流行し、日本でも富士通のFM TOWNSというCD-ROMドライブ搭載かつマルチメディア拡張に適した専用ハードウェアを搭載した独自規格パソコンで動画再生を売りにしたゲームが市販されていたものの、当時メジャーであったPC/AT互換機やApple Macintosh、そして日本のPC-9800シリーズなどではそのOS上で標準的に動画や音声を取り扱う規格が事実上存在せず、またそもそもPC/AT互換機やPC-9800シリーズでは動画表示に適したグラフィック機能もサウンド機能も搭載されていないのが一般的でした。

そんな時代に、ごく一般的なMacintosh上で例え320×240ピクセル程度のごく小さな解像度とは言え動画が扱え、しかも音声も同時再生できるQuickTimeという技術は、本当に画期的なものだったのです。

Apple Macintosh SE
初期の一体型Macintoshの例。解像度512×342ピクセルの9インチモノクロディスプレイ搭載が標準であった。

ちなみに、この時代のMacintoshではClassicをはじめモノクロ9インチモニター搭載でディスプレイ解像度512×342ピクセル、と今のスマートフォンはおろかフィーチャーフォンより低解像度で、QuickTimeの大流行でカラーモデルが標準となってからも解像度は640×480ピクセルが一般的でしたから、320×240ピクセル程度の解像度でもそれはそれで充分実用的なものでした。

QuickTimeに飛びついたアダルトビデオ業者

そしてこのQuickTimeと、その技術を用いて作られたコンテンツを配布する手段としてのCD-ROMに真っ先に飛びついたのが、アダルトビデオ業者でした。

低解像度動画と言っても、ダビングを重ねたVHSビデオよりはなんぼかマシ、という程度の画質は得られましたし、何よりビデオテープと異なり手間のかかるデュプリケート(複製)の必要がなくCD-ROMをプレスするだけで済む上、オーサリング作業を行えばちょっとしたゲームも作れた(※当時、日本でも「野球拳」などの他愛のないお色気系ゲームを収録したCD-ROMが発売されていたことをご記憶の方もおられるものと思います)ことから、この技術はそうしたアダルト系業者から絶大な支持を集めたのです。

もちろん、それと平行してそれ以外のジャンルの動画利用コンテンツ(例えばNTTレゾナントの「Gadget: Invention, Travel, & Adventure」をご記憶の方も少なくないでしょう)も多数制作されたのですが、1990年代前半のこの時期におけるQuickTimeとこの技術を利用して作成されたコンテンツを収録したCDーROMの大流行は凄まじい勢いでした。

飛ぶように売れたCD-ROMドライブ

Apple Macintosh LC630
QuickTimeムービー全盛期のCD-ROMドライブ標準搭載モデル(ディスプレイ下の本体左側の細長いスリットの奥に搭載されている)。

Appleは1988年に「Apple CDsc」として最初の外付けCD-ROMドライブを発売していたのですが、実のところこのQuickTimeコンテンツの流行が始まるまでは、店頭で「これは一体何のために使う機器なのか?」 と真顔で尋ねられる程度には認知度が低い状況で、さっぱり売れていませんでした。

ところが、QuickTimeが発表され、それを利用したエロCD-ROMが市販され始めると状況は一変しました。

例え低解像度とはいえそれなりのファイルサイズのあるQuickTimeムービーデータを1枚あたりたかだか1メガバイト強程度の容量しかないフロッピーディスクに収録して市販するのは悪夢も同然で、またこの頃はまだインターネットなどまるで普及していませんでした(※普及はWindows 95の登場した1995年頃以降)から、そうした動画コンテンツを収録して販売する記憶媒体は1枚あたり650メガバイト~700メガバイト程度の容量を確保できる(そしてプレスのコストも安い)CD-ROMの他に選択の余地がなかったのです。

エロの力は偉大と言うべきか、それとも皆下半身には正直だと言うべきか、その結果Apple純正のCD-ROMドライブは飛ぶようにして売れ、さらに高解像度カラーグラフィックやCD-ROMドライブを標準搭載するMacintoshも売れたことから、この技術はWindows 95発売頃までAppleの業績回復に絶大な威力を発揮したのでありました。

マイクロソフトも対抗した

Windows Media Player
AppleのQuickTime技術に対抗してマイクロソフトが開発したマルチメディア拡張規格であるMME(Multi Media Extension)技術を利用したメディアプレーヤー。

そして、この技術を脅威と認識したマイクロソフトは同種技術として「Microsoft Media Player(Windows Media Playerの前身)」を開発、当時のWindows 3.0にMME(Multi Media Extension:マルチメディア拡張)と称する拡張規格を発表、それが現在まで続く拡張子「.AVI」で知られる動画コンテナ技術の始まりとなりました。

その結果、QuickTimeの場合と同様にこの技術を用いて作成された動画データを利用したマルチメディアCD-ROMが作成され、さらにQuickTimeそのものもWindows向けに提供されるようになったことから、WindowsパソコンでもCD-ROMドライブが急速に普及し始めることになります。

Apple QuickTime Player
QuickTime技術そのものはOS上でアプリから呼び出されるマルチメディア拡張のためのライブラリの集合体である。そのため、実質的にこのQuickTime Playerがこの技術の「顔」となる。(画像はWindows版)

こうして隆盛を極めたQuickTimeに代表されるマルチメディア拡張技術ですが、当然ながら「より高解像度に、より高画質に、より高音質に、そしてより高圧縮率で」が強く求められ、いずれも矢継ぎ早にバージョンアップが重ねられて現在に至っています。

QuickTime エロCD-ROMの時代の終わり

もっとも、肝心のMacintoshが1995年以降OSバージョンアップのロードマップが滅茶苦茶になったこともあって急失速し、スティーブ・ジョブズがAppleに復帰するまで市場でほとんどゾンビのような有様と化していったことや、大容量メディア(片面一層で4.7ギガバイト)を利して格段に高画質が実現され、しかもオーサリング機能によりQuickTimeコンテンツと同様、簡単なゲームの作れるDVD Video規格が登場した(1996年)ことなどから、エロコンテンツ頒布手段としてのQuickTime CD-ROMそのものは急速に廃れてゆきました。

普通のDVDプレーヤーで同様のことが出来るのならば、そしてそちらの方がより高画質ならば、何もわざわざパソコン用として出す必要もないということだったのです。

しかし、携帯電話やスマートフォン向けを含め、現在使用されている動画や音声の圧縮技術や規格の大半はこの時期のQuickTimeとWindows MMEに源流を持っており、その影響力は今なお絶大なものです。

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