TIZEN SDK 2.0 Magnolia同梱エミュレータ上で動作するTIZEN 2.0のメイン画面。表示されている各種標準アプリのアイコンが全て丸くデザインされていた。

Tizen参画はドコモの失策とは言い切れない理由

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

by [2014年1月22日]

様々なメディアでも既に報道されていますが、NTTドコモは2013年度内の商品化を予定していたTizen搭載スマートフォンの発表延期を決定したよう(※現状で正式なプレスリリースは公開されていません)です。

「延期」とのことですが、これは実質的にNTTドコモが販売戦略上の存在価値を失ったTizenの採用中止を決断したことを意味します。

昨年秋のiPhone5s/5c販売開始以降、当初は特に上位機種であるiPhone5sの品不足でややつまずきはあったものの、これまで全く良いところ無しだったNTTドコモの業績は急回復を遂げつつあり、iPhone導入が同社にとって業績回復の特効薬となっていることは最早誰の目にも明らかです。

このNTTドコモのTizenを巡るこれまでの動向については、メディアでは「Tizenがお荷物」であったとするものや、「Tizenに与したドコモの戦略的失敗」との分析があるようです。

果たして、そうと簡単に切って捨てて良いものなのでしょうか?

むしろ、TizenについてはAppleとNTTドコモの交渉開始からiPhoneの導入決定、そして今回の報道に至る一連の流れを踏まえて、それとの関わりに注視すると、企業戦略という側面ではそうした論調とは幾分違った様相が浮かび上がってきます。

独自ストアの本格立ち上げとその成功、という最優先目標を達成するためには手段を選ばず、そのための新OSの開発開始から条件交渉の難しいApple相手での独自ストア誘導のための交渉成功、そして必要の無くなった新OSの事実上の切り捨て、という技術力も資金力もあるNTTドコモのような大企業でなければまず実現困難な手段を積み重ねた今回の一連の動きからは、「お荷物」さえ交渉のダシにしてしまう老獪さやしたたかさ、あるいは凄みさえ見え隠れするのです。

そもそもTizenには居場所がなかった

TizenというOSそのものがどのようなものであるのかについては以下の3記事をご覧いただきたいのですが、これは乱暴に言えば「Google抜きでキャリア各社による独自サービス(ストア)展開が容易なAndroid」を目指したものです。

モバイル機器用新OS、急速浮上 ~新モバイル端末用OS、Tizenの謎に迫る~
モバイル機器用新OS、急速浮上 ~サムスンなどが開発する新OS“Tizen”を使ってみた~
Firefox OSだけが選択肢じゃない ~TIZEN SDK 2.0 MAGNOLIA、リリース~

TIZEN SDK 2.0 Magnolia同梱エミュレータ上で動作するTIZEN 2.0のメイン画面
表示されている各種標準アプリのアイコンが全て丸くデザインされていた。

そんなものがそうそううまく行くのだろうか、という疑念や懸念もあったのですが、少なくとも公開されたSDKに同梱のx86版Tizenエミュレータでは「アイコンが丸くなっただけのAndroid」にしか見えないランチャー画面を備えたTizenがそこそこまともに動作していて、すくなくともOSやそれに同梱される標準アプリのレベルでは、NTTドコモやサムスンを筆頭とする参加メーカー各社が本気で開発を進めていることを窺わせていました。

もっとも「アイコンが丸くなっただけのAndroid」という言葉が示すように、このOSの中身はともかく見た目はまるで目新しさがなく、「これがTizenの新機能だ」と言えるような独自性の高い機能もろくに無かった(※HTML5対応が主要な特徴に挙げられますが、これとてバージョン2.0以降はC/C++を開発言語とするネイティブアプリとの併用となっています)のが実情でした。

各キャリアの独自サービスを搭載して端末販売を行うのが前提だったからこそ、そういう構成となっていたとも言えるのですが、筆者などはエミュレータや試作機を操作してみて(モバイル版Linuxの本流というOSとしての根本的な部分の素性の良さはともかく)「本当にこんなので売れるのだろうか?」と先行きに不安を感じたのは確かです。

実際、ここ1年ほどのNTTドコモの発表や展示を見ていても、「これがTizenの売りだ」と言える様な要素は皆無で、正直どこを向いて開発しているのやらさっぱり判りませんでした。

iPhone導入交渉のための贅沢な捨て駒?

しかし、iPhoneがNTTドコモから販売されるようになった今の視点で振り返ってみると、この本気なんだか本気でないんだかさっぱり判らないNTTドコモのTizenに対する姿勢や行動には、ある一つの意図、言い換えれば企業としての戦略が背景にあったように見えます。

つまり、「Tizenは特定のある時点で見切りがつけられ、難航していたAppleとのiPhone販売のための条件交渉をNTTドコモにとって有利な条件で妥結するための見せ札にされたのではないか」と。

当初は真剣だった

Tizenのプロジェクト始動が発表された2011年9月の時点でNTTドコモとAppleの間の交渉がどのような状況であったかについては明らかになっていません。

ただ、この時点で既に3年から4年程度の期間、両社間で交渉が何度も持たれ、その度に自社の提供する独自マーケットサービスをiPhoneに搭載させたいNTTドコモ側と、販売台数などで厳しい条件を主張するApple側との条件が全く折り合わず、物別れに終わっていたことが伝わっています。

なお、2011年の10月にApple創業者であるスティーブ・ジョブズが病死しており、彼の存命中は交渉が全く進まなかったことになります。

NTTドコモやサムスンがTizenプロジェクトを始動したのは正にそんなジョブズ時代最末期で、少なくともこの時点ではNTTドコモもサムスンも本当に真剣に状況打開策を求めて独自OS開発を模索していたことになります。そのためNTTドコモ自身もこの新OSを捨て駒にするつもりなど皆目なく、当時の幹部のコメントなどから、むしろ将来的に独自マーケット展開の基盤とすべく相応の期待していたものと考えられます。

2013年6月がターニングポイント

その後色々あったもののそれはそれなりに順調に開発が進んでいたTizenの先行きが決定的に怪しくなったのは2013年7月、モバイルニュースサイトMobile-reviewの編集者兼チーフアナリストを務めるEldar Murtazin氏が「Tizenはほとんど死んでいる(Tizen is almost dead.)。」と自身のTwitterアカウントでツイートした時からでした。

このツイートではさらに続けて

「(開発)遅延ではない。ほとんどのプロジェクトのキャンセルだ。私はサムスンが2014年に1機種以上の(Tizen搭載)デバイスを発売することさえ疑わしく思う(That’s cancel of the whole project. I doubt that samsung will launch more than one device for 2014)」

としており、肝心要のサムスンでさえプロジェクト推進を投げ出していることを示唆する内容となっていました。

当然ながらこのツイート直後から、この種のOSに関心のある人々の間では蜂の巣をつっついたような大騒ぎになりました。

おかげでCPUメーカー大手のIntelはソフトウェア&サービスグループのマネージングディレクターであるChristopher Croteau氏の名前で公式コメントを翌日に発表しEldar Murtazin氏のツイート内容を否定する羽目に陥りました。

それは要するに、「IntelはTizen開発に非常に深くコミットしてるしTizenは有望だと考えている。そもそもTizen 2.2 Beta SDKを昨日リリースしたばかりだ」ということで、件のツイートを全否定するものでした。

しかし、そのコメント中では注意深くスマートフォン市場での有望性についての言及は避けられていました。

実はその1ヶ月前の6月初頭に、長らくNTTドコモのスマートフォン戦略で重要な役割を果たし、Tizen開発を推進してきた取締役執行役員の永田清人氏が常務執行役員に降格、関西支社長に異動となっていて、スマートフォン用OSとしてのTizenはその最大の庇護者を失っていたのです。

永田氏の人事異動については、Tizenの問題よりはむしろ2013年春モデルでの「ツートップ戦略」の実質的な失敗の責任を取らされた、という見方もあったのですが、ともあれNTTドコモは恐らくこの2013年6月から7月の間にTizenの開発・採用について基本的に見切りをつけてしまっていた可能性が高いといえます。

iPhone販売交渉の材料になったTizen

そして一体どんな代償を払ったのか、2013年秋より販売がスタートしたNTTドコモ版iPhone 5s/5cではNTTドコモの独自ストアについての取り扱いを他と変更させないことや、自社の「Siri」と機能が重なるため通常では許されない「しゃべってコンシェル」も容認するなど、いくつかの点でこれまでのソフトバンクモバイル・KDDI版では許されなかった特別待遇が与えられています。

Appleは単に販売の条件交渉を何年も続けた程度で特別待遇を与えるほど甘い会社ではありませんから、NTTドコモ側から何らかの特別な条件提示があったと考えるのが自然です。

となれば、他にもNTTドコモの持つLTE-Advanced技術の供与など、他社にできない条件提示が行われた可能性はありますが、これまで投じてきた資金を無駄にしないためにもAppleとの間で行われる条件闘争の最終段階において、NTTドコモが将来的な見込みのなくなったTizenを捨て駒にしたとしても何ら不思議はありません。むしろ、NTTドコモのAppleに対する「忠誠心」を示す「踏み絵」として、これ以上の見せ札になる交渉材料は少なくとも筆者には思いつきません。

Appleとしてはそれによりサムスン製端末のシェアが減るのは望ましいことでしょうし、NTTドコモとしてもiPhone販売の最恵国待遇が得られ、望み通りiPhone上でも自社独自サービスが制約無く提供できるのならば、既にお荷物と化しつつあったTizenからの事実上撤退を提示する程度の代償は安いモノだったはずです。

浮かばれないサムスン

この件で浮かばれないのは、NTTドコモによるiPhone販売開始で自社GALAXYシリーズのシェアが大幅減少し、しかもTizen搭載端末が売れる見こみも無くなったサムスン電子です。

ここのところ円安進行による為替相場の動きとGALAXY S4の世界的な不振で業績がさっぱり良くならない所へ持ってきて大口顧客(NTTドコモ)による競合機種の導入、そしてそれなりに力を入れていた新OS搭載端末の発売中止とくると、本当に踏んだり蹴ったりというほかありません。

満を持して市場投入したGALAXY Gearも散々な評価ですし、このままNTTドコモから距離を置かれ続けるようだと色々まずいのではないでしょうか。

※2014年1月23日、一部修正しました。

コメントは受け付けていません。

タグ:
PageTopへ