Snapdragon805

Snapdragon 805、スペックから読み解くクアルコムの野望

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by [2013年11月27日]

QUALCOMMのSnapdragonシリーズと言えば、昨年春以来、AndroidもWindows Phoneも問わず世界中でスマートフォンの統合プロセッサとして搭載されるようになり、半導体業界では近年まれに見る急速なシェア拡大を実現した大ヒット商品です。

これについては、QUALCOMMが3G通信で用いられるW-CDMA方式の開発元であり、同社製ベースバンドプロセッサを搭載しておけば世界中の大半のキャリアで互換性テストが省けて開発が楽だ、という事情が働いているようです。

もっとも、それだけならばベースバンドプロセッサだけをQUALCOMMから買えば済む話で、統合プロセッサの主要部分については、別のメーカーの製品を採用する、という選択肢もあるはずです。

実際、AppleはiPhoneシリーズ各機種に搭載するベースバンドプロセッサはQUALCOMMから購入するものの、統合プロセッサそのものは自社開発しています。

SONY Xperia Z1f
キャリア各社による2013年秋・冬・2014年春向けスマートフォン各機種で、実質的に標準プロセッサの座に就いたSnapdragon 800を搭載する機種の1つ。

にもかかわらず、世界中のスマートフォンメーカーの大半が統合プロセッサとしてSnapdragonシリーズを購入するのは、(これまでスマートフォン市場で競合してきたNVIDIA Tegraシリーズの失速や、初期のスマートフォンで多用されていたテキサス・インスツルメンツのOMAPシリーズが事実上市場から撤退してしまったことなどもあったにせよ)独自設計のARM-v7互換CPUコアであるKraitとQUALCOMMがAMDから購入したAdrenoシリーズと呼ばれるGPUコアの消費電力と性能のバランスが絶妙で、ベンチマークテストなどでの額面上の性能はともかく、実用上の性能では他のメーカー製統合プロセッサが全く太刀打ちできなかったからに他なりません。

かくして、圧倒的と言って良いシェア占有状態を保ったまま2年にわたりスマートフォン向け統合プロセッサ市場に君臨し続けているQUALCOMMのSnapdragonシリーズですが、このほど現行最上位機種であるSnapdragon 800の後継改良機種として、Snapdragon 805が発表されました。

Qualcomm Technologies Announces Next Generation Qualcomm Snapdragon 805 “Ultra HD” Processor

今年の日本のスマートフォン市場で、秋冬モデルのミドルレンジ以上の機種への採用において事実上の独占を達成したSnapdragon 800の後継ということで、いやおうなしに期待が高まります。

そこで今回は、このSnapdragon 805で一体どのような改良が施されているのかを見てみることにしましょう。

クロックアップされたCPUコア

まずはCPUコアから。

Snapdragon 800では、Krait 400と呼ばれる従来のSnapdragon S4 Pro以前のチップに搭載されていたKraitコアの改良版CPUコアが4基搭載され、800MHz駆動のLPDDR3メモリの2チャネル接続により転送速度12.8GB/sを実現して飛躍的なメモリ転送性能の強化が達成されました。

このKrait 400コアの動作クロック周波数は最大2.3GHz(※ただし、チップ製造の歩留まりの関係からか、最大2.2GHz駆動に抑えた製品が多数存在します)で、従来のSnapdragon S4 Pro比75パーセント程度の大幅性能向上を実現していたのですが、実のところこのKrait 400コア、従来のKraitコアの回路を見直し、高速動作に障害となるクリティカルパスを潰すことで最大動作クロック周波数を引き上げて性能向上を達成したものでしかなく、本質的にはARM-v7準拠の32ビットプロセッサとしてKraitと変わるところはありませんでした。

一方、今回のSnapdragon 805では、Krait 450と命名された改良版Kraitコアが4基搭載されており、最大動作クロック周波数が2.5GHzに引き上げられた、とされています。ただし、Snapdragon 800比でどの程度CPUの処理能力が向上したのかについてはプレスリリースでも一切言及されていません。

これはつまり、クロックアップに伴う分を含めてもトピックにもできない程度の性能向上でしかないということで、このKrait 450もKrait 400と同様、初代Kraitコアの高クロック周波数動作対応モデルで、CPUアーキテクチャ的には大きな改良はない、という理解で恐らく構わないでしょう。

帯域性能が倍増したメモリ

さて、見かけ上いささか残念な感じの性能増にとどまったCPUとは違い、メモリ周りについては驚くほど非常に景気の良い話が出ています。

何と、Snapdragon 800比で2倍にあたる、25.6GB/sという凄まじいメモリ転送性能を実現したのです。

もっともパソコン用GPUと比較してみると、2007年~2008年頃のデスクトップパソコン向けミドルレンジGPUカードがこのクラスの転送レートで、この点に限って言えば「ようやく2008年の一般的なデスクトップパソコン用GPUに追いついた」というレベルでしかありません。

ただし、グラフィックメモリでなく汎用のメインメモリとしてみるとこれはDDR3-1600(PC3-12800)の2チャネル相当ですから、遂に現在の一般的なパソコン用メインメモリには追いついた、と言えます。

この速度、一体どのようにして実現したのかが公表されていないのですが、現在のLPDDR3メモリで2チャネル構成とした場合は消費電力的に達成不可能と考えられるため、単純にプロセッサ内蔵のメモリコントローラをSnapdragon 800の32ビット×2で64ビット接続から32ビット×4で128ビット接続に倍増したものと推測できます。

当然ながらこの場合も消費電力は増大するはずですが、インテルなど競合メーカーの攻勢が強まっている昨今の情勢を考慮すれば、特に高解像度画面表示の際に内蔵GPUの性能発揮のボトルネックとなっていた可能性が高いこの部分を強化するのは、妥当な判断であると言えます。

大幅に性能が向上したGPU

上記の通り、性能発揮でSnapdragon S4時代からボトルネックとなってきた、メモリインターフェイスが大幅強化されたお陰で、Snapdragon 805ではGPUコアも大幅な性能向上が実現しました。

Adreno 420と名付けられたこのGPUコアは、Snapdragon 800に搭載されているAdreno 330と比較して最大40パーセントもの性能向上を果たした、とされており、モデルナンバーの100の位が変わっていることから、それなりに大きな改良があったことが推測できます。

もっとも、CPUとGPUが同じメモリインターフェイス経由でメインメモリを共有するこの種のプロセッサでは、同じCPUコアと同じGPUコアの組み合わせであってもメモリ周りの帯域性能が元の2倍にもなれば、よほど性能的にプアなコアを搭載しているのでない限り、GPUコアの設計そのものを大きく変えずとも大幅な性能向上が得られるのは自明です。

そのため、このAdreno 420でも内蔵されているユニファイド・シェーダーのクラスタ自体はAdreno 330と大差なく、プロセッサに内蔵されているメモリコントローラ群とGPUを結ぶインターコネクトだけ強化したものである可能性が高いと言えます。

CPUの場合は、一般にある程度までは扱うデータやプログラムに局所性があることから、内蔵キャッシュメモリの効果でメモリインターフェイスの帯域性能の悪さはある程度まで隠蔽できます。そのため、CPUの場合は本当に高負荷のかかる複雑な演算処理を行う場合はともかく、通常使用の範囲ではメモリ周りの性能が体感できるレベルで表面化することはそれほど多くありません。

しかし、GPUの場合は全画面分のデータアクセスを行い、更に様々なワークエリアも必要とすることから、同じGPUコアでもメモリの帯域性能を引き上げたらそれだけで性能が覿面に低下した、というケースがパソコン用GPUで頻発しています。つまり、メモリインターフェイスの強化はGPUにこそ効くのです。

H.265ハードウェアデコーダが搭載された

なお、このSnapdragon 805ではこれまでCPUによるソフトウェアデコーダに依存していたH.265(HEVC)Codecによる圧縮動画のデコードが、Adreno 420に内蔵されたハードウェアデコーダによって実現されるようになっており、低消費電力かつ高品質な動画再生を実現しているとされます。

H.265は以前の記事でもご紹介しましたが、この動画圧縮Codecでは現在スマートフォンでの動画視聴などに一般に利用されているH.264(MPEG-4 AVC)Codecと比較して大幅に演算処理が複雑化・大規模化しています。

そのため、このCodecを用いて圧縮された動画を、4K解像度クラスの画面サイズで、かつスマートフォンに搭載できるバッテリー容量の枠内で充分長い時間再生するには、ハードウェアによる強力な動画再生支援機能の搭載が事実上必須であると考えられます。

つまり、このSnapdragon 805は言わば正攻法の設計方針で、この問題に対処したわけです。

キャリア・アグリゲーションに対応する新ベースバンドプロセッサ

Snapdragon 805では、量産ベースバンドプロセッサとしては最初の20nmプロセスで製造され、40MHz幅でのLTE-Advancedのキャリアアグリゲーションに対応する最初の商用チップセットとなる、QUALCOMMとしては第4世代LTEモデムのMDM9x35シリーズが接続可能となっています。

キャリアアグリゲーション(Carrier Aggregation:CA)というのは、複数の連続する、あるいは不連続の周波数帯をそれぞれ1単位としてそれらを束ね、まとめて一つの周波数帯と見なして通信を行うことで更なる高速化を実現する技術です。

この技術では、LTE Release8準拠の場合は周波数帯1単位の幅を20MHzとし、最大5単位を束ねて100MHz幅として利用可能なのですが、実際にはLTE通信で周波数帯を5単位も割り当てできる通信キャリアは世界中を探してもあるかどうか、という状況です。

そのためか、MDM9x35系のベースバンドプロセッサでは2単位を束ねて見かけ上40MHz幅として扱うことが可能、と性能が幾分抑え気味で、これによりLTE category 6の下では1単位の下り方向の通信速度が最大150Mbpsで計算上は下りで最大300Mbpsでの通信に対応します。

本命はタブレットか

ここまで、Snapdragon 805の仕様を考察してきましたが、筆者は当初「805」というやけに端数気味のモデルナンバーが割り当てられていることから、これは本当にごくわずかなマイナーチェンジだけを行ったものかと考えていたのですが、いざ蓋を開けて見ると、メモリコントローラの倍増など性能向上に本当に効く、思ったよりも大がかりな強化が行われていました。

もっとも、文中でも記しましたが肝心のCPUコアとGPUコアは恐らく本質的な部分の見直しには至っておらず、それが「805」といういかにもマイナーチェンジ臭の強いモデルナンバー付与の理由なのでしょう。

それにもかかわらずこの時期に新機種としてこのプロセッサを大々的に発表したのは、AppleがiPhone 5sのA7プロセッサで64ビットアーキテクチャへの移行に先鞭をつけたことと、タブレットなどで搭載ディスプレイパネルの4K解像度化が本格的に視野に入ってきていて、Snapdragon 800ではその場合の処理能力が若干不足していたためではないでしょうか。

CEATEC 2013で展示のSONY Xperia Z1
このような形で可動実機が多数展示されていた。

筆者が先日のCEATEC2013で展示されていたソニーのXperia Z1(Snapdragon 800搭載)に触れて試してみた限りでは、フルHD解像度の画面であれば正直Snapdragon 800でも過剰性能気味に見えました。そのため、そのSnapdragon 800を上回る性能を与えられたSnapdragon 805が視野に入れているのは、既に制覇済みのスマートフォン市場ではなく、今季Snapdragon 800の採用例が目立った「ファブレットの上」で、しかも現在Tegra4の採用例が多くTegra4の後継プロセッサの足音も聞こえているタブレット市場と考えるのが妥当でしょう。

もちろん、Snapdragon 805ではメインカメラとサブカメラの同時処理を可能とするISP(Image Signal Processor)やCPP(Camera PostProcessor)などの内蔵サブプロセッサの強化をはじめ、スマートフォンの使い勝手改善につながる、目立たないながらも重要な強化策も実施されています。

しかし、その一方で現状では5インチクラスのパネルでもフルHD改造を上回る解像度の実現が難しい内蔵ディスプレイと外部映像出力の双方で4K解像度表示を実現するための強化が行われているのをみると、このプロセッサでタブレット市場を勝ちを狙いに行きたいQUALCOMMの意図が垣間見えるようです。

Snapdragon 800の正常進化としては申し分ないが・・・

以上、Snapdragon 805の公表スペックを元に考察してきましたが、このプロセッサでは最小限の設計変更で最大限の効果を得られる部分にのみ、重点的に手を入れた形跡があちこちに見て取れました。

もちろん、既存設計のマイナーチェンジモデルというのはそもそもそういうものですし、またそうして実現された公称性能も申し分ないのですが、過去にCPUコアをスクラッチで設計してARMのCPUコアラインナップにない性能を実現し、他社製品を出し抜いてのけたQUALCOMMの輝かしい実績を考えると他に何か、そう64bit CPUコアのような大がかりな新規設計を必要とするデバイスの開発を同社が行っている、と期待したくなります。

果たして真相はいかに?

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