M9モーションコプロセッサがA9プロセッサのパッケージ内に組み込まれたことを紹介するApple社のiPhone 6s製品紹介ページ。ここに掲載されている写真から、A9プロセッサのパッケージサイズが意外と大きいことが見て取れる

順当なる正常進化モデル ~Apple、iPhone 6s・6s Plusを発表~その2「プロセッサの性能向上」

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by [2015年9月29日]

Apple iPhone 6s(左)・iPhone 6s Plus(右)外装デザインは新色であるローズゴールド(左)が追加された以外、前世代のiPhone 6・6 Plusとほとんど変わりなく、同色の場合は型番と機種名の表記を見ないと見かけでは区別がつかない。

Apple iPhone 6s(左)・iPhone 6s Plus(右)
見た目は一見前世代のiPhone 6・6 Plusと変わりないが、中身は同じ部分を探すのが難しいほどに変化している。

前回はiPhone 6s・6s Plusについてその主な仕様や筐体・カバーガラスについてみてきました。今回はプロセッサについてみてゆきます。

▼順当なる正常進化モデル ~Apple、iPhone 6s・6s Plusを発表~
その1「高強度となった筐体」
その2「プロセッサの性能向上」
その3「カメラと3D Touch」

性能が大きく向上したA9プロセッサ

今回のiPhone 6s・6s Plusでは、搭載されるメインプロセッサがA9に、モーションコプロセッサがM9に変更され、さらにこの内のM9プロセッサがA9プロセッサのパッケージに内蔵されていることが明らかにされています。

この内CPUとGPUを内蔵する統合プロセッサであるA9はCPU性能が最大70パーセント、GPU性能が最大90パーセント向上したとされます。

前世代のA8プロセッサは設計時点で利用可能な中で最小の20nmの半導体製造プロセスを採用することでトランジスタ数20億個分の回路を集積し、28nmプロセスを採用しトランジスタ10億個以上を集積するA7プロセッサを搭載するiPhone 5sよりも高速かつ低消費電力を実現していました。

これに対し、今回のA9プロセッサではその性能向上率が示されるだけで、具体的にどのようなプロセスを用いてどれだけのトランジスタを集積されているのか、チップのダイサイズは何平方mmなのかといった性能推定を行う上で重要な情報がまるで公表されていません。

iPhone 6・6 Plus搭載のA8プロセッサについては、発表後の分析やベンチマークソフトでの性能解析などを経て、最大動作クロック周波数1.4GHzのCPUコアを2基搭載するデュアルコアプロセッサであることが明らかになっていますから、A9プロセッサでそこからCPU性能が70パーセント向上したとすれば、単純に同一設計のCPUコアのまま最大クロック周波数が引き上げられたと仮定すると最大で約2.4GHz駆動となります。

発表後に海外サイトなどで報じられているところによればこのA9プロセッサの最大動作クロック周波数は1.8GHzとのことで、この値が正しいとすればこのA9プロセッサに内蔵されているARM v8命令セット対応CPUコアはA8やA7のものと比較して大幅に改良されているか、さもなくばコア数が増やされていることになります。

Apple iPad ProiOS 9ではこのiPad Proをはじめ一部の対応機種で画面分割による複数アプリのマルチタスク同時実行が可能となった。このためCPU負荷は増大しており、この機能に対応する機種ではCPUコア数が増強されている。

Apple iPad Pro
iOS 9ではこのiPad Proをはじめ一部の対応機種で画面分割による複数アプリのマルチタスク同時実行が可能となった。このためCPU負荷は増大しており、この機能に対応する機種ではCPUコア数が増強されている。

もっとも、タブレット機であるiPadの場合は最新のiOS 9で画面を分割し2つのアプリを同時にアクセス可能にする「Split View」などマルチタスク性能に依存する機能が追加されたのですが、これらの機能はCPUコア数を増やさねば十分なパフォーマンスを得られない(≒CPUコアを3基搭載した機種で無いと使えない)ようになったため、今後搭載される統合プロセッサにおけるCPUコア数の増強が必至といえます。iPhoneの場合はこうした新機能は画面解像度などの制約もあって非対応となっているため、恐らくこのA9プロセッサではCPUコアそのものの設計見直しによって性能向上が図られている可能性が高いでしょう。

具体的にいえば、メモリインターフェイスのLPDDR3からLPDDR4への変更による帯域性能強化(※注1)や、CPUコアそのものの設計上のクリティカルパス除去、キャッシュメモリの増量、条件分岐精度の向上、パイプライン段数の増強などが行われていることが想定されます。

 ※注1:これはCPUだけでなくGPUの性能向上にも大きく寄与し、また消費電力の低減にも貢献します。そのため、この変更はほぼ確実に実施されていると考えられます。また、LPDDR4メモリの粒度の都合から、今回のiPhone 6s・6s Plusではメインメモリ容量がこれまでの1GBではなく2GBとなっている可能性が高いとも言えます。

「新トランジスタアーキテクチャ」の採用

Apple自身はこのA9プロセッサについて具体的な仕様は明らかにしなかったものの「新トランジスタアーキテクチャ(New transistor architecture)」を採用したとしており、これまで一般的なMOSFETとは異なる構造のトランジスタが採用されたことが明らかになっています。

今回のA9プロセッサでの性能向上に見合うだけの低消費電力化や高速動作化を実現しうる最新半導体製造プロセスというと、あまりに微細化が進んだ結果トランジスタ素子が動作していない間にも流れるリーク電流によって大きな電力ロスが生じるようになっていたことへの対応として研究開発が進められているFinFET がまず思い浮かびます。

そもそもFinFETとは何ぞや、という話になるのですが、これは要するにチップ上に集積されるトランジスタ素子を従来のMOSFETよりも立体的な構造(三次元構造)としたものです。

それがどんな構造なのか、どのような原理で性能の向上が実現するのか、といった話に興味のある方には専門書などをご参照いただきたいのですが、ともあれこの方式は微細化が極限に近いところまで到達しつつある現在のシリコン半導体で最大の問題となっているリーク電流、つまり表面の集積回路の下層にあるシリコン基板層への電流の漏洩によるロスやそれに伴う発熱量の削減に大きな効果があり、製造が大変に難しいという問題はあるものの、従来と同じ電力量・熱容量の条件でより高性能な回路が実現できるというメリットがあります。

この方式は14nmあるいは16nmプロセス(※注2)での量産が既に始まっており、製造歩留まりの問題や生産ライン数の問題はあるものの量産製品への採用が一応は可能なレベルにあって、それ以外には「新トランジスタアーキテクチャ」と謳えるような構造のトランジスタは、少なくとも筆者は思いつきません。

 ※注2:メーカーによって14nmに16nmとピッチの値が異なりますが、技術的・性能的にはほぼ同世代かつ同等の技術と見なされています。

なおこのFinFET技術については、既に本格的な量産体制にあるものの自社製品への採用が大半でAppleのiOS搭載製品へこの技術による生産ラインを提供するとは(少なくとも現時点では)考えられないインテルを別にすると、GlobalFoundryとサムスンのグループによる14nm FinFETプロセスと、台湾TSMCによる16nm FinFETプロセスの2グループで開発が進められています。

こうした事情と、これまでAppleのiPhone用オリジナル統合プロセッサがサムスンか台湾TSMCのいずれかによって生産されてきたという経緯から考えると、A9プロセッサで採用の「新トランジスタアーキテクチャ」はこれら2社いずれかのFinFETである可能性が高いでしょう。

もっとも、今回のiPhone 6s・6s Plusに搭載されているA9プロセッサが果たしてどちらのグループによって委託生産されているのかは明らかにされていません。

しかし一方の台湾TSMCには、現在QualcommやNVIDIAといった有力顧客各社がこの16nm FinFETプロセスを利用する生産ラインによる製品の生産委託に殺到している状態とのことで、とても数の出るiPhone 6s・6s Plus向けA9プロセッサやiPad Pro向けのA9Xプロセッサの量産を引き受けられるような状況ではないようです。

なお、技術開発の系譜の異なるGlobalFoundryとサムスンによる14nm FinFETプロセスと、台湾TSMCによる16nm FinFETプロセスの間では物理設計レベルで互換性がなく(※注3)、一方の生産ラインのキャパシティが不足したからといって、おいそれと製品の製造プロセスを、もう一方に切り替えることはできない(=生産ラインの変更には物理設計のやり直しが必要になる)ようになっています。

 ※注3:そもそも物理設計に互換性がないからこそ、ピッチが異なっているのだと言えます。

こうした状況から、今回のiPhone 6s・6s Plusに搭載のA9プロセッサはGlobalFoundryとサムスンによる14nm FinFETプロセスを使用している可能性が高い(※注4)と考えられます。

 注4:発売後、特性の異なる2種のプロセッサが混用されていることが発覚しました。つまり、GlobalFoundryとサムスンによる14nm FinFETプロセスと、台湾TSMCによる16nm FinFETプロセスを両方とも採用し、安定供給に備えていたわけです。これらは先にも記しましたが物理設計に互換性が無いため、お金をかけて両方の設計を行ったことになります。言い替えれば、A9プロセッサの設計時点では、そこまでせねば製品の安定供給が期待できない状況にあったということなのです。

統合プロセッサパッケージへのモーションコプロセッサの組み込み

M9モーションコプロセッサがA9プロセッサのパッケージ内に組み込まれたことを紹介するApple社のiPhone 6s製品紹介ページ。ここに掲載されている写真から、A9プロセッサのパッケージサイズが意外と大きいことが見て取れる

M9モーションコプロセッサがA9プロセッサのパッケージ内に組み込まれたことを紹介するApple社のiPhone 6s製品紹介ページ。
ここに掲載されている写真から、A9プロセッサのパッケージサイズが意外と大きいことが見て取れる

半導体製造プロセスばかりが注目されがちなA9プロセッサですが、実のところこのプロセッサには他にも重要な変更点があります。

それは、これまでのA8プロセッサでは別パッケージになっていたモーションコプロセッサが、このA9プロセッサではA9プロセッサと同じパッケージに納められるように変更された事です。

このモーションコプロセッサ、名前は仰々しいのですが、iPhone 5sに搭載されたM7やiPhone 6・6 Plusに搭載のM8などの実態を見る限り、これは低消費電力の制御用マイコンの域を超えるものではありません。

従来機でこれがメインのA7・A8プロセッサから独立して搭載されてきたのは、ひとえにメインの統合プロセッサの消費電力が大きく、バッテリーの持ちを改善するために極力これを動作させないようにしつつ各種センサーからの情報を常時受け取って処理するためのプロセッサが必要であったためです。

もっとも、独立したプロセッサとして搭載するということは、ほぼ完全にメインのプロセッサを停止させた状態にできるということですが、その一方でその分だけ部品点数が増えるということで、設計製造上はあまり良いことではありません。

また、独立したプロセッサであるということは、各種センサーから得られたデータの処理に当たってはメインのプロセッサとの間でデータの送受信が必要ということでもあって、回路を簡素化し電力的なロスを減らす意味では、できればメインプロセッサの直近にコプロセッサが位置していた方が良いのは明らかです。

今回のM9プロセッサは単にA9プロセッサと同じパッケージに収めてあるだけのようですが、各機能ブロックごとに電力管理を確実かつ高精度に行えるのであれば、モーションコプロセッサの機能はメインの統合プロセッサのダイ上に搭載してしまうのが理想であるといえます。恐らく、次の(仮称)A10プロセッサではM10相当のモーションコプロセッサ機能を同一シリコンダイ上に形成するように設計変更・改良されるのではないでしょうか。

大幅強化となったGPU

さて、今回のA9プロセッサではA8プロセッサ比でGPU性能が最大90パーセント増大したと公称されています。

半導体製造プロセスがシュリンクされて、等価回路の場合は単純計算で約1/2程度にチップ面積が縮小されることを考えれば、チップサイズがこれまで通りならば従来と同じ動作クロック周波数を維持していると仮定した場合、従来比2倍のシェーダーが搭載できることになります。

もちろん、A9プロセッサでは先にも触れたようにCPUコアの回路規模が従来よりも大きくなっていると考えられるため、単純に2倍の数のトランジスタをGPUに割り振れない可能性が高く(※注5)、また公称性能の向上率が2倍より低く抑えられていることから、実際にはシェーダー数増強などの量的な強化はほどほどにして、ある程度GPUコアの動作クロック周波数を引き上げることで実効性能を引き上げている可能性が考えられます。

 注5:CPUの性能向上の鍵となる命令スケジューラの機能強化や分岐予測機構の精度向上などには、得られる効果からするとかなり大規模なトランジスタ数の増強を要します。

Imagination Technologies社公式サイトのPowerVR Series 7XT紹介ページここで示されているブロックダイアグラムやシェーダの構成などを見る限り、iPhone 6s・6s Plusはこの系列のGPUを搭載している可能性が高い。

Imagination Technologies社公式サイトのPowerVR Series 7XT紹介ページ
ここで示されているブロックダイアグラムやシェーダの構成などを見る限り、iPhone 6s・6s Plusはこの系列のGPUを搭載している可能性が高い。

もっとも、むやみやたらとGPUコアの動作クロック周波数を引き上げるのは、電力消費と発熱量の増大の両面で難があるため、A8プロセッサがImagination Technologiesの「PowerVR GX6450」、つまり同社の「Power VR Series 6XT」の中でも中位に当たる4クラスタ構成の機種を搭載していたとされることから、今回のA9プロセッサはその次世代に当たる「Power VR Series 7XT」の6クラスタモデルである「Power VR GT7600」を搭載している可能性が高いのでは無いでしょうか。

Appleの場合、最近はiPad用にA8XやA9Xなど別途GPUや実装DRAM容量を増強したモデルを用意することが定着しているため、またiPhoneでは画面解像度が最大でもフルHD(1,080×1,920ピクセル)となるため、iPhoneに(同時代のAndroid搭載スマートフォンと比較して)むやみやたらと過大な性能のGPUを搭載することを避ける傾向があるのですが、今回のiPhone 6s・6s Plusでは後述するようにカメラ性能が大きく向上し、動画撮影機能も4K対応となるなど大幅強化されているためか、CPU以上にGPU性能の引き上げが重視された形となっています。

そのあたりを勘案すると、GPUとして4クラスタ構成の「Power VR GT7400」を搭載する可能性は低いように思えます。

高速化した通信機能

iPhone 6・6 Plusでは、LTEでの通信速度が150Mbps、Wi-FiがIEEE 802.11acで433Mbpsとなっていたのですが、今回のiPhone 6s・6s Plusではコミュニケーションプロセッサ周りの変更でLTE-Advanced対応となり、複数のアンテナにより多重通信することで高速化を実現するMIMOがサポートされ、またWi-Fiも同様にMIMO利用で高速化されたらしく、LTE-Advancedで300Mbps、WI-FiでIEEE 802.11acにおいて866Mbpsといずれも最大値が文字通り倍増しています。

もちろんこれらはあくまで理論最大値で、しかも基地局やWi-Fiルーター側できちんとMIMOに対応していなければこれらの速度は得られないわけですが、必要な条件が満たされていれば、下手な有線LAN接続よりもよほど高速な通信環境が得られるようになっています。

実のところiPhoneとしてはIEEE 802.11acに初対応したiPhone 6/6 Plusの時点でさえ、IEEE 802.11b/g/n対応の古いWi-Fiルーターを使用しているとその速度のあまりの遅さにイライラすることが少なくありませんでした。

これが接続できるだけでも万歳、といった状況(例えば都バスや地下鉄の車内)ならば少々遅くとも文句は無いのですが、自室などでそういう状況に陥ると結構頭にくるものです。

NEC AtermWG1200HPIEEE 802.11ac接続で最大867Mbpsでの利用が可能な比較的低価格のWi-Fiルーターの例

NEC AtermWG1200HP
IEEE 802.11ac接続で最大867Mbpsでの利用が可能な比較的低価格のWi-Fiルーターの例

これをIEEE 802.11ac対応かつ最大1,300Mbpsでの通信をサポートする当時の最新機種(NEC Aterm WG1800HP2)に買い換えただけでてきめんに快適になったという筆者自身の経験に照らしても、やはりWi-Fiルーターは利用する端末の最速通信規格・通信速度に対応する機種を使った方がストレス無く利用できます。

特に、YouTubeなどの動画を閲覧する場合、最近は高解像度対応も進んでいるため、十分な通信速度を確保しておかないと、再生中にブチブチ切れたり止まったりして、まともに見ることができません。

通信速度が最大866MbpsクラスのIEEE 802.11ac対応Wi-Fiルーターは市場では既にIEEE 802.11ac規格に対応するものとしてはローエンド寄りという扱いになってきていて、今や1万円以下で余裕で買えるような状況ですから、IEEE 802.11a/b/g/n対応の古いWi-Fiルーターをお持ちでかつiPhone 6s/6s Plusへの機種変更を検討されている方は、合わせてWi-Fiルーターの代替も検討した方がよろしいでしょう。

その3へ続きます。

▼参考リンク
iPhone 6s – テクノロジー – Apple(日本)

PowerVR Series7XT GPU Family – Imagination Technologies
PowerVR Series6XT GPU Family – Imagination Technologies

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