iPad mini Retina

IGZOおみくじ? ~iPad mini Retinaディスプレイモデル~

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by [2013年11月11日]

最新型iPadとして先日発表された「iPad Air」と「iPad mini Retinaディスプレイモデル」ですが、9.7インチディスプレイ搭載の「iPad Air」は予定通り11月1日に販売開始されたのに対し、「iPad mini Retinaディスプレイモデル」は「11月中」の発売を予定としているものの、その日時は確定していません。

このことに関連して、現在関係者筋からの情報と称して「iPad mini Retinaディスプレイモデルはシャープ製IGZO液晶の生産歩留まり悪化で供給が滞っており、供給量が少ない。また、この機種のディスプレイパネルはシャープ製IGZO液晶が4割、LG電子製アモルファスシリコン液晶が6割である」とする噂が出回っています。

噂の真偽については今ここで取り扱っても意味がない(※ただし、「火のない所に煙は立たぬ」という俚諺もありますから、こういう噂が出回ること自体には十分以上の大きな意味があります)ため、ここではIGZO液晶と通常のアモルファスシリコン液晶で同等性能にできるのかどうかを中心に検討してみたいと思います。

「IGZO液晶≠IPS方式液晶」ではない

先日の記事でも記したのですが、念のためにまずお断りしておくと、IGZOというのは、インジウム(Indium)・ガリウム(Gallium)・亜鉛(Zinc)・酸素(Oxide)の英語名の頭文字を並べたその名称が示すように、液晶の制御を行う回路を構成する半導体の特徴を示したものであって、液晶の方式を示すものではありません。

(株)半導体研究所が発見し同社とシャープが共同開発を行って量産化に成功したIGZOはCAAC(C-Axis Aligned Crystal)と呼ばれる、見る向きによって層状にも六角形の構造にも見える、単結晶ともアモルファスとも異なるこれまでにない結晶性構造を備えています。このため、シャープのIGZO液晶パネルに採用されているIGZOはより厳密にはCAAC-IGZOと呼ばれています。

実は、IGZOでも通常のアモルファスシリコンと同様の構造、つまりアモルファスIGZOを形成することは可能なのですが、その構造からこの方式では薄膜での結晶化が不可能と考えられています。

以上から明らかなように、「アモルファスシリコン半導体を組み込まれたIPS方式の液晶ディスプレイパネル」が存在するのと同じ意味で、「CAAC-IGZO半導体を組み込まれたIPS方式の液晶ディスプレイパネル」が存在し、需要の有無を無視すれば、「CAAC-IGZO半導体を組み込まれたVA方式の液晶ディスプレイパネル」などCAAC-IGZO半導体を用いてIPS以外の各種方式による液晶を作ることも当然可能となっています。

つまり、IPSとIGZOは対立する概念ではありません。

そのため、Appleが今季発表した新型iPad 2機種が額面上IPSパネル搭載としていて、かつそれがIGZO液晶パネルであったとしても何ら矛盾しないのです。

また、これを言い換えるとIGZO液晶ではなくIPS方式液晶搭載としておけば、今回言われているようにIGZO液晶の供給不足が発生したとしても、他社製のIPS方式液晶パネル(※IPS方式の液晶は元々日立製作所が最初に実用化し、パナソニック液晶ディスプレイやジャパンディスプレイ、それにLG電子などが製品を開発製造販売しています)に黙って切り替えたとしても仕様上は「嘘がない」ということになり性能はともかく製品の安定供給上はメリットがある、ということになります。

そもそもIPS液晶って何?

IPS方式は、 In Plane Switching、つまり水平面内スイッチングという方式名が示すように、液晶の配向がパネル面に対して常に平行な状態で行われるタイプの液晶です。

配向? 何それ??という方にわかりやすく言うと、液晶は一般に液晶の分子に電圧をかけた際に分子の向きが変化する=液晶通過時に光の波の向きを90°ねじるという特性があることを利用して、一定の向きの波をもった光しか通さない「偏光板」とよばれる部品と組み合わせることで、パネル面に向かう光を通したり通さなかったりする制御を行って画面表示を実現しています。

IPS方式の場合はそれがパネル面に平行なまま、分子の向きを90°回転させることで光のオンオフを実現しているのです。

アクティブマトリクス方式による画面表示回路の構成例
単純に格子状に結線するだけの単純マトリクス駆動方式と異なり、各画素ごとに駆動用トランジスタが必要となるため、複雑な回路構成となる。

この方式は歴史的には実用化時期がかなり遅く、1996年にようやく製品化が実現しましたが、これはこの方式が原理上、回路構成の単純な単純マトリクス駆動方式の液晶では実現できず、よりトランジスタ数の必要なアクティブマトリクス駆動方式の液晶でなければならなかったことなどによるものです。

そのような複雑な方式なのに実用化が望まれたのは、液晶分子がパネル面に平行な状態とパネル面に対し垂直で光の進行方向と平行な状態の間で画素のオンオフを切り替える他の方式と比較した場合、IPS方式だと視野角、つまりパネル面に対する視線の角度が170°~178°と他方式よりも10°以上大きくとれ、どの角度で見ても色が変化しにくく(色度変位が小さく)、しかも各階調・各色での反応速度のばらつきが生じにくい、という実用上大きなメリットがあるためです。

EIZO FlexScan L997
2005年から2012年まで7年にわたって販売された、日立製S-IPS液晶パネルを搭載するハイエンド21インチ液晶ディスプレイの代表機種。色に敏感なDTPオペレーター・デザイナーを中心に熱烈な支持を受けた。

それゆえ、当初は他方式と比較して構造が複雑で生産コストが高くつく、という事情もあって特に色に神経質なDTPオペレーター向けやグラフィックデザイナー向けなどの高級機種や、視野角と色度変位が深刻な問題となっていた大画面テレビ用として製品化がはじまったという経緯があります。

近年のタブレットやスマートフォンでこの方式のパネルの採用事例が多いのも、デザイナー向けと同様、視線の角度によらず色が変化しにくくしかも広い範囲で視認しやすい、というこの方式のメリットを買ってのもので、モバイル機器向け液晶ディスプレイパネルの方式としては、現状で事実上最良の方式であると言えます。

なお、サムスンなどの一部メーカーではスマートフォンやタブレットなどの小型機器で、液晶ではなくそうした視野角問題のない有機ELディスプレイを採用しています。有機ELは液晶と比較して低消費電力化で有利なため見過ごされがちなのですが、そうした有機ELパネル採用メーカーでなおかつ液晶パネルの製造を行っているメーカーを調べてみると、実は大抵はIPS方式陣営ではなくVA方式などの液晶分子がパネル面に垂直になるよう回転する、つまり視野角問題の出やすいパネルを製品化していたメーカーとなっていて、小型で手持ちされるため簡単に視野角が大きく変化するこの種の機器では、IPS方式以外の各方式の液晶の視認性に問題があることを物語っています。

ちなみに、このIPSという名称は元々日本では開発元であった日立ディスプレイズの登録商標で、同社の液晶ディスプレイ事業が他の国内液晶ディスプレイメーカー各社との合従連衡を経て事業再編で新設のジャパンディスプレイに譲渡された結果、現在では同社の登録商標となっています。

アモルファスシリコン液晶とIGZO液晶、混在でも大丈夫?

さて、今回のiPad mini Retinaディスプレイモデルでは前述のとおり仕様で「IPSパネル」の搭載が明言されつつ、シャープ製IGZOパネルとLG電子製アモルファスシリコンパネルの2種が混在していることが噂されているわけですが、トランジスタを構成する半導体そのものが根本的に異なるこれら2種のパネルで、同じ連続稼働時間とすることができるのでしょうか?

結論から言うと、これら2種のパネルの特性をほぼ同一に揃えて扱うことは可能です。

CEATEC 2013 シャープブースで展示されていた従来型液晶(左)とIGZO液晶(右)の同一画像表示時の消費電力量比較
動画再生の場合でも、ご覧の通りIGZO液晶の方がごくわずかにだが消費電力が小さくなる。

ただしそれはIGZO液晶の持つ、休止駆動方式による静止画状態でのリフレッシュレート引き下げによる大幅な消費電力低減効果を無効にすることを意味しています。それはつまり、IGZO液晶でなければならない理由を否定する(※アモルファスシリコン液晶と同一特性として扱う以上、性能の低い方に合わせざるを得ないのですからこれは当然の結果です)訳で、これは非常に贅沢というか何とももったいない使い方です。

ただし根本的な物性の相違から、休止駆動方式を無効化してもIGZO液晶の方が若干低消費電力となるため、この場合でもIGZO液晶搭載機の方が連続稼働時間が公称値よりも長くなる可能性が高いと考えられます。

あるいは、もしかするとそうしたスペック面での相違を無視して、何の対策も採らずに搭載している可能性もありますが、その場合、iPad mini Retinaディスプレイモデルは公称スペック以上にバッテリーが長持ちする「当たり」のIGZO液晶パネル搭載機と、バッテリーが公称スペック通りでしか動作しない「外れ」のアモルファスシリコン液晶パネル搭載機の2種が混在することになります。

つまりどちらにせよ、少なくとも液晶ディスプレイパネルの消費電力という観点では、この製品は(噂通りならば)「当たり」が4割、「外れ」が6割でユーザーには全く嬉しくない、俗に言う「おみくじ」状態となっている、ということになります。

厄介なのは、これら2種のパネルの液晶ディスプレイとしての方式に差がないため、これら2種のパネルをそれぞれ搭載したiPad mini Retinaディスプレイモデル本体2台を並べて比較しても、分解しない限りは、あるいは同条件で動作させた際の連続稼働時間を比較しない限りは、両者を識別するのが難しいとみられることです。

先行発売された姉妹機種であるiPad Airの分解とその再組み立てが非常に難しい、と分析されていることから推測する限り、この機種でも分解してパネルメーカーを確認したとしても元通りに戻せない可能性が高く、また仮にそのパネルメーカーが識別できたとしてもそれを理由にした返品交換は常識的に考えて認められない(※LG電子製パネル搭載機で公称スペックを「正常に」充足する以上、それは当然の話です)ため、購入した場合はどちらのパネルが搭載されているかなど思い悩まず、素直にそのまま使うのが賢明、ということになりそうです。

できれば全数IGZO液晶パネル搭載で出して欲しいのだが・・・

ユーザーの立場で一番好ましいのは、当然ながらシャープのIGZO液晶生産ラインの歩留まりが向上しiPad mini Retinaディスプレイモデルの全数がシャープ製IGZO液晶パネル搭載となることです。

しかし10月17日に同社から発表されたニュースリリースでも示されているように、シャープはこれまで奈良県の天理工場でのみ行ってきたスマートフォン向け高精細IGZO液晶パネルの生産を第8世代の大型マザーガラスを使用して生産する三重県の亀山第2工場で開始することを発表するなど、自社液晶パネル生産ラインのIGZO液晶パネル生産ラインへの切替を急ピッチで進めているものの、亀山第2工場のライン転換が完了し本格的な量産が開始するのが「本年中」となっており、これは時期などを考慮すると恐らく先日ご紹介したAQUOS PHONE EX SH-02F/Xx mini 303SHのためのパネル供給に振り向けられる可能性が高く、iPad mini Retinaディスプレイモデル向けパネルの供給改善には役立たないと推測できます。

そのため、シャープには早急に、何としてでも現行ラインでのIGZO液晶パネル生産の歩留まり改善を実現して欲しいところです。

▼参考リンク
亀山第2工場でスマートフォン向けIGZO液晶パネルの生産を開始(シャープが10月17日に発表したニュースリリース)

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