QUALCOMM Gobiチップセットの公式ページ目的別に多様な機種が提供されていることが示されている。

iPhone 5sの神髄に迫る! ~通信インターフェイス編~

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by [2013年9月27日]

iPhoneの新型が発売になる度に早速分解し、その中身を公開してしまうことで定評のある米ifixit。

初回記事では、iPhone 5sのセンサー系、前回の記事ではプロセッサ周り、とそのifixitの分解報告記事を元に考察を重ねてきました。今回は通信インターフェイス周辺を中心に検討してみたいと思います。

実はiPhone 5と同じのままのLTEモデム

QUALCOMM Gobiチップセットの公式ページ
目的別に多様な機種が提供されていることが示されている。

さて、今回のiPhone 5sの先行機種にあたるiPhone 5は、iPhoneとしては最初のLTE通信対応機種です。

このiPhone 5、LTE通信だけでなく3G通信でも当時の最新規格に対応した、という点で重要な性能改善があったのですが、ともあれ、この機種では日本で販売されたモデルで言うとソフトバンク向け(モデルA1429)でQUALCOMMの第2世代LTEモデム内蔵ベースバンドプロセッサであるMDM9x15(Gobi:UE Category 3準拠)系のMDM9615Mと、QUALCOMM製で同社として第4世代に当たるRFトランシーバーのRTR8600が搭載されていたことが実機の分解調査により確認されています。

本来、MDM9x15系のベースバンドプロセッサにはRTR8600ではなく、WTR1605Lと呼ばれるより低消費電力かつより多くのLTE周波数帯に対応する第5世代RFトランシーバーが組み合わされるのが基本なのですが、いかなる理由によるものか、iPhone 5ではこのRFトランシーバーが採用されました。

このRTR8600はLTE通信でも利用できるのですが、その対応周波数帯は限られていて、iPhone 5では多いモデルでも5つ、少ないモデルではわずか2つ、とかなり接続性の悪い仕様になっていました。

このあおりで、iPhone販売に新規参加したauは、旧世代の携帯電話端末が使用不能に追い込まれる、という大きな犠牲を払ってでもおこなった周波数帯再編で手にした800MHz帯(バンド18:いわゆるプラチナバンド)が利用できず、先行するソフトバンクモバイルに接続性で圧倒的な優位に立てる絶好のチャンスを逃すことになったのです。

このような状況下で登場したiPhone 5sですが、ifixitの分解レポートによるとベースバンドプロセッサはiPhone 5と同じMDM9615MでRFトランシーバはWTR1605L、というQUALCOMMのCategory 3接続世代の「Gobi」チップセットで推奨される基本構成そのままとなっていた、とのことです。

サムスン GALAXY S4。ベースバンドプロセッサとしてQUALCOMM MDM9x25シリーズを搭載する機種の例。

筆者はiPhone 5cの紹介記事でも示したように、少なくとも上位機種であるiPhone 5sではベースバンドプロセッサがMDM9625MでRFトランシーバはWTR1625L、つまり第3世代の「Gobi」チップセットに置き換えてくるものと予測していたのですが、非常に残念ながら予測が外れました。

「非常に残念」としたのは、この第3世代「Gobi」チップセットが今夏の各社製Android搭載スマートフォンに大量採用された機種で、しかもUE Category 4、つまり下り最大112.5Mbps(※UE Category 4の本来のスペックでは下り最大150Mbpsなのですが、チップの仕様としてこの値となっています)を実現するLTEの高速通信モードに対応する、前世代とは本当に世代の違う性能を実現しているためです。

これはつまり、このiPhone 5sが現状のハード構成でLTEの高速通信モードに対応することは物理的にあり得ず、最大75Mbpsの通信モードが上限となる、ということなのです。

Appleはなぜ古いチップセットを選んだのか

なぜAppleが既に生産と供給の始まっているMDM9625+WTR1625Lを選ばず、一世代古いMDM9615+WTR1605Lを選んだのか、については幾つかの理由が想定できます。

チップセットの入手性

一つ目は、チップセットの入手性。

ありがちな話なのですが、最新世代のチップセットは、どうしてもそれに対応した通信モードのサービス開始を予定している、あるいは開始している通信キャリアに端末を納入しているメーカー各社の間で取り合いになります。

それはつまり、チップセットの調達価格が安くならないということを意味しており、また必要な数量が必要なときに供給される確約が得にくい、ということでもあって世界中で大量に端末を販売するAppleのようなメーカーにとってはあまり好ましいことではありません。

消費電力

二つ目は、消費電力の問題。

iPhone 5sの場合、iPhone 5で1,440mAhだった内蔵リチウムイオン電池の容量が1,560mAhとなり、約8.3パーセントだけですが増量が実現しています。

もっとも、前回の記事でも触れたように、この機種では28nmプロセスで製造されたトランジスタ数10億超のA7プロセッサと、NXP Semiconductors製LPC1800シリーズだと正体の判明した、低消費電力のM7コプロセッサを組み合わせて搭載しています。

これを32nmプロセスで製造されていた前世代のA6プロセッサ搭載のiPhone 5と比較した場合、製造プロセス面ではやや有利なものの、64ビットアーキテクチャへの移行に伴うプロセッサそのものの巨大化・消費電力の増大はそれを覆い隠せるものではなく、M7プロセッサを組み合わせてなるべくA7プロセッサを動かさないようにして、ようやく従来並の連続動作時間を確保している、というのが実情でしょう。

つまり、バッテリー容量の増大はA7採用による消費電力増大にどうにか対応するために行われたもので、ハードウェア設計上、これ以上余計な消費電力増大を受け入れる余地はない、ということになります。

今夏のAndroid搭載スマートフォン新製品各機種では、従来比1.5倍とか2倍とかいった極端な内蔵バッテリー容量の増強に踏み切っているのと比較すれば、このiPhone 5sでの約8.3パーセント増というのは微々たるもので、本当に焼け石に水、というレベルでしかありません。

付け加えて言えば、それだけの増量があったにもかかわらず、多くの条件で稼動時間は従来のまま据え置きになっています。これは即ち、低消費電力化に効果があるとしてM7コプロセッサを搭載しているにもかかわらず、またバッテリーが増量されたにもかかわらず、そうした努力をあざ笑うかのように、A7プロセッサが動く度に電力を(言い方が悪いのですが)バカ食いしている、という状況にあることを示唆しています。

一方、今夏のLTEの高速通信モードに対応した機種を注意深く調べてみると、ほぼ例外なくバッテリー容量が問答無用で大容量化された機種が該当します。そして、シャープのCAAC-IGZO液晶ディスプレイ搭載機のような一部の例外を除き、75MbpsのLTE通信にのみ対応する世代で同等プロセッサを搭載した機種と比較して,バッテリー容量の増大に比例した稼動時間の延長が得られていないようなのです。

このことから、高速通信モードの実現にはある程度消費電力が増大することが推定され(※通信機能の原理を考えるとこれは当然ではあるのですが)、連続動作時間を少なくとも前世代並のレベルでキープしたかったと見られるApple(※今回の新製品でことさらに動作時間のわずかな増大を謳っていることからも、それは明らかです)としては、これは到底受け入れがたい条件であったことが推定できます。

なお、このiPhone 5sはiPhone 5比でLTE通信と3G通話だけピンポイントで連続稼働時間が増大する、という不思議な稼動時間になっている(※動画再生時間などは従来と同様のまま)のですが、これはハードウェアがほとんど変わらず、RFトランシーバがRTR8600からWTR1605Lに変わっただけのiPhone 5cでも同様の値となっていることから、これはこのRFトランシーバの消費電力差がストレートに現れた可能性が高いと考えられます。

技術的な飛躍の乏しさ

三つ目は、技術的な飛躍がそれほど大きくなく、実用性が乏しい、と判断した可能性。

先にも記したとおり、MDM9x25系ベースバンドプロセッサとWTR1625Lの組み合わせでは、LTE高速通信モードで最高下り112.5Mbpsでの通信が可能とされています。

しかし、実際には今夏のNTTドコモなどのCMが物語るように、下りで最高112.5Mbpsはおろか100Mbpsを出すのが精一杯で、しかもそのサービスが実施できているエリアは極端に限られています。

NTTドコモ・au・ソフトバンクモバイルの通信キャリア3社が競争で、空恐ろしいペースでLTEネットワークの整備に力を入れている日本でさえそのような状況なのですから、少なくとも2013年秋に発売し、恐らく2014年秋まで販売が継続する今回のモデルでは、UE Category 4に対応するメリットは少ない、とAppleが判断したとしても不思議はありません。

更に言えば、前世代のiPhone 5でRFトランシーバにWTR1605Lではなく型落ちのRTR8600を搭載していたお陰(?)で、RFトランシーバをWTR1605Lに変更するだけでもユーザーレベルでは十分以上のメリットが得られる状況なのですから、ここは64ビットプロセッサ搭載、というLTEの高速化どころではない一大トピックを前面に押し出して、LTE関係の話題は接続性に限り、速度問題は極力避けよう、というシナリオは充分あり得ます。

いずれにせよ、現状では色々無理がある

実際のところ、64ビットのARM-v8準拠で28nmプロセスにて製造された10億トランジスタのチップ、というA7のスペックは何十ワットもの消費電力を許容できるミドルレンジのGPU並の規模で、本来ならばモバイル機器に積めるようなものではありません。

それがわかっていたからこそ、ARM自身は28nmプロセスのCortex-A57プロセッサを主にサーバの分野に売り込んでいたわけなのですが、OSも自社製で64ビット対応の面で問題がなかった、というアドバンテージはあったにせよ、他のスマートフォンメーカー各社が採用に二の足を踏む現状であえて採用を強行してしまったこのiPhone 5sの設計には、これまで見てきたようにアンバランスな面が多々あることは否定できません。

本来ならば次世代の20nmプロセスで量産すべきプロセッサを28nmで作ってしまった、つまり同じクロック周波数で動作させた場合に50パーセント程度の消費電力で済むはずのプロセッサを倍の消費電力のまま、無理矢理押し込んでしまったわけですから、そもそもバッテリー容量を8.3パーセントやそこら増やした程度で同じ程度の稼動時間が得られるはずがないのです。

それを、M7コプロセッサの追加搭載でA7の動作時間を最小限に短縮させ、さらにDRAMの消費電力低下など周辺部分で従来並の実用消費電力に抑えるための努力を積み重ねてクリアしたわけですが、その結果この機種は、「64ビットプロセッサは搭載したもののメモリ容量が小さく、しかもLTEの高速通信モードにも対応しない」という、非常にいびつなスペックで完成とせざるを得ませんでした。

ただ、誤解しないで欲しいのですが、このスペックは従来のiPhone 5と同等の筐体に収まるハードウェアで、しかも現在の技術で実現可能な範囲で、という条件の下ではほぼベストの設計によってのみ実現しうるものです。その点でAppleは望みうる最良の仕事をした、と見て良いでしょう。

しかし、そうしたスペックと引き替えに、この機種は間違いなく64ビット時代の先駆者となった一方で、「未完の大器」とでもいうべき立場に甘んじざるを得なくなったのです。

もちろん、既存の32ビットアプリを動作させる分には何ら問題はありませんし、64ビットプロセッサのパワーで相応の高速処理が得られるわけですが、このiPhone 5sでは恐らく今後、こうしたアンバランスさが問題となる局面が必ず現れるものと思います。

ただし、それが一般的なユーザーが利用するであろう、約2年の間に明確に露呈するような状況となるか、と言えばそれは恐らく「ない」と予測できるのですが・・・。

▼参考リンク
iPhone 5s Teardown
iPhone 5c Teardown
Apple A7 Teardown

超高速4G LTE。ここで使えます。(Appleが公開しているiPhone 5/5s/5cモデル別LTE対応一覧表)
Qualcomm® Gobi™ Modems(QUALCOMM Gobiチップセットの公式ページ)
4G World 2012 Global multimode carrier aggregation(QUALCOMMが公表している「Gobi」シリーズチップセットに関するPDFファイル)

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