製品紹介ページに掲載された、DP-CMX1の内部基板写真コンピュータ基板と独立してオーディオ回路専用基板が搭載されるという、薄さが正義のスマートフォンにあるまじき設計となっている

オーディオメーカーが本気で作ったスマホ ~オンキヨー、SIMフリースマホGRANBEAT発表~ 後編

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by [2017年2月14日]

前編ではオンキヨーが発表したSIMフリースマートフォン “GRANBEAT” DP-CMX1について、主にスマートフォンとしての仕様・特徴を中心に見てきました。

後編ではこの機種の「肝」となるオーディオ面での特徴を中心に見てゆきたいと思います。

専用基板搭載としたオーディオ回路

製品紹介ページに掲載された、DP-CMX1の内部基板写真コンピュータ基板と独立してオーディオ回路専用基板が搭載されるという、薄さが正義のスマートフォンにあるまじき設計となっている

製品紹介ページに掲載された、DP-CMX1の内部基板写真
コンピュータ基板と独立してオーディオ回路専用基板が搭載されるという、薄さが正義のスマートフォンにあるまじき設計となっている

ハイエンドオーディオ機器の世界では、特にデジタル回路とアナログ回路の混在するデジタル・アナログコンバータ(Digital Analog Converter:DAC)を搭載する機器を中心に、出力される音へのノイズ混入を嫌って基板を別に分けて搭載し、電源回路も別回路からの給電とするなどといった大がかりな設計がしばしば利用されます。

さらに、同じ基板の中でもグラウンドを基板パターンで分割してLチャネルとRチャネルの間での信号干渉を電気的にブロックする、ステレオ出力対応のDACチップを2セット搭載し、2チャネルの一方を逆位相で出力し、差動合成してノイズを打ち消し合わせる※注6など大小さまざまな手法を用いることで、音質の向上が図られることになるのですが、驚いたことにはこのDP-CMX1では、それらが全てではないにしろその多くが搭載・採用されていることが明言されています。

 ※注6:これは下に示したバランス出力やBLT駆動の考え方をDACに応用したもので、CDプレーヤーの黎明期からハイエンド機種で使われてきた伝統的手法です。

ONKYO SE-200PCIオンキヨーが2006年に発売した、192KHz 24bit出力対応高音質PCIバス対応サウンドカード。基板上に銅板を立ててグラウンドとすることで電気的に分割し、ノイズの影響を防ぐなどオーディオ的な手法が多用され、ピンからキリまで多種多様だった同じEnvy24HTチップ搭載サウンドカードの中では特に音が良いと高評価を得た

ONKYO SE-200PCI
オンキヨーが2006年に発売した、192KHz 24bit出力対応高音質PCIバス対応サウンドカード。基板上に銅板を立ててグラウンドとすることで電気的に分割し、ノイズの影響を防ぐなどオーディオ的な手法が多用され、ピンからキリまで多種多様だった同じEnvy24HTチップ搭載サウンドカードの中では特に音が良いと高評価を得た

オンキヨーはかつてパソコン用USBオーディオデバイスやPCI・PCI Express接続のサウンドカードを発売していた頃から、ハイレゾオーディオを標榜し、電源周りの回路構成の工夫や電気的な分離によるノイズ対策、そしてそれらによってもたらされる高音質を売りにしてきた会社でした。また「HF Player」としてハイレゾ対応のメディアプレーヤーアプリをスマートフォン向けに提供していることから、この製品でも何か「やらかしてくれる」ことをある程度までは予想も期待もしていたのですが、さすがに筐体の厚みの制限が厳しいスマートフォンでAndroidの動作するコンピュータ基板(メイン基板)と別にオーディオ回路専用基板を搭載してくるというのは考えませんでした。

これはある意味より薄く、より軽くというスマートフォンとしての利便性を犠牲にする判断ですが、オーディオの考え方としては実に真っ当な、正攻法の手段で、何というか物量による正面突破を図られたような印象です。

ESS Technology ES9018C2M製品紹介ページ「32-bit Stero Mobile Audio DAC」とあって、384KHz 32bit PCM、あるいは11.2MHz 1bit DSD信号の入力に対応する

ESS Technology ES9018C2M製品紹介ページ
「32-bit Stero Mobile Audio DAC」とあって、384KHz 32bit PCM、あるいは11.2MHz 1bit DSD信号の入力に対応する

なお、音質を決定する中枢部品であるDACはESS Technology製のSABRE DACことES9018C2Mが2基搭載されています。

これは「世界最高性能」を豪語し、CDプレーヤーや据え置きタイプのDACなどに搭載され、オーディオファンを中心に高い評価を得たES9018SというDACチップのモバイル機器向け派生バージョンの一つ※注7です。

 ※注7:このES9018C2M自体はLG電子のV10に2基目のDACとして搭載されるなど、幾つかの機種で先行搭載例が存在しています。

ONKYO DP-CMX1のオーディオ基板を示した製品紹介ページ下部のヘッドフォン出力部を除き、基本的にLチャネルとRチャネルが完全に分割され、しかもその部品配置が可能な限り左右対称となるように設計されている

ONKYO DP-CMX1のオーディオ基板を示した製品紹介ページ下部のヘッドフォン出力部を除き、基本的にLチャネルとRチャネルが完全に分割され、しかもその部品配置が可能な限り左右対称となるように設計されている

もっとも、さすがに既存のスマートフォンでこれを2基搭載してしまったケースは現状で他に見当たらず、またこれにLR別々にESS Technology純正のステレオオペアンプであるSABRE 9601Kを(後述するバランス出力対応の必要もあって)搭載してしまったのも例がありません。

ちなみにオーディオ基板の画像を見るとこれらDAC・アンプ部は電源入力回路部ともども基板面積のロスなどお構いなしにLRの2チャネル分の回路が極力対称配置となるように設計されており※注8、ここでもオーディオメーカーらしい贅沢な回路設計ぶりが見て取れます。

 ※注8:1980年代後半のバブル期に各社製品で多用される様になって以来、ステレオアンプやCDプレーヤー、DACなどでは標準的に利用されている設計手法です。基板サイズが大型化するなどのデメリットもあるものの、左右の音声信号がほぼ等距離の回路を同タイミングで通過することになるため音質的なメリットが大きいという特徴があります。

バランス出力に対応したヘッドフォン出力

DP-CMX1 上部通常の3.5mm径ステレオミニプラグ端子(右)と並んだバランス出力端子(左)は昨今のヘッドフォンでバランス接続用として多用されている2.5mm径4極TRRSタイプのものが使用されている

DP-CMX1 上部
通常の3.5mm径ステレオミニプラグ端子(右)と並んだバランス出力端子(左)は昨今のヘッドフォンでバランス接続用として多用されている2.5mm径4極TRRSタイプのものが使用されている

さて、このDP-CMX1で最大の特徴となるのが、ヘッドフォン出力のバランス出力対応です。

そもそもバランス出力とは何ぞや?という方もおられる事でしょうから、そこから話を進めると、通常のオーディオ機器の入出力接続では、信号波形を正相で、つまり本来の波形のままで出力・伝送するアンバランス出力と呼ばれる方式が利用されています。

この方式は入力された信号をそのままアンプ回路で増幅して伝送するため、回路構成や配線が単純で、低コストに利用できます。

しかしこれはその反面、外部からのノイズを受けるとそれを除去するのが難しく、特に長距離伝送を行いたい場合には問題となります。

そこで考え出されたのがバランス出力と呼ばれる方式です。

これは入力された信号をまず2つに分け、一方の波形を反転アンプと呼ばれる回路を通して上下反転した波形に変換した状態で増幅し伝送、伝送先で信号を再度反転して正相に戻し、伝送された2組の音声信号を最後に合成して出力するという仕組みになっています。

こう言うと何が何だか、という方もおられるでしょうが、この方式を採用すると途中のノイズが飛びつく長い配線の区間で正相の信号と逆相の信号それぞれに、同じ位相・同じ波形のノイズが飛びつくため、伝送先で逆相信号を再反転しするとノイズも反転されて逆相となって、正相のままの信号と合成するとそちらの正相のままのノイズと打ち消しあってこの区間のノイズが事実上ゼロになります。

ここがこの方式の重要なところで、同じノイズを伝送中に反転状態で飛びつかせ、反転合成することで正逆打ち消し合わせるというのはノイズ除去の考え方としては簡潔ながら理想に近いやり方です。

しかも、この方式では肝心の音声信号そのものは正相2系統の合成で信号強度が2倍になりますから、当然に信号とノイズの比率を示すS/N比が上がるという効果もあって、実に巧い仕組みになっています。

小学校の頃、朝の全校集会などで運動場に出た時、先生方の使用するマイクなどがやけに長い配線なのを見たことがある方も多いと思います。

実はそうしたマイクなどの配線も、一般的にはこのバランス出力を利用することでノイズをキャンセルし長い距離の配線で問題なく利用できるようにしています。

マイクのコネクタがアンバランス出力ならば信号線2本で事足りるはずのモノラル信号を扱うのに、最低でも3本のピンを備えているのは、実はこのバランス出力の必要によるものなのです。

もっとも、この方式が万全かというと必ずしもそうではありません。

信号を分割して一度反転アンプを通し、さらに伝送先でもう一度反転を行って合成するというその仕組みから、途中の回路と配線が2倍になって反転アンプなどで結構なコストがかかりますし、また音声信号が余計な回路を通過する関係で音質面でのこれらの影響がわずかながらあるため、短い距離ならばむしろシンプルな回路構成で済むアンバランス出力の方がより良い結果となることもあります※注9

 ※注9:このため、ハイエンドのオーディオ製品では、選択肢としてアンバランス出力とバランス出力の端子を並べて搭載することが少なくありません。むしろ、安い部品を2組使ってバランス出力を構成する位なら、そのコストでより高級な部品を使ってアンバランス出力とした方が格段によい音質が得られることが少なくありません。何が何でもバランス出力の方が良いというわけでは無いのです。

そのため、その利用はケースバイケースということになるのですが、スマートフォンでこの機能が「選べる」ようになるというのは、本当に衝撃的です。

世の中、ポータブル機器では何かというとワイヤレスの方向性が示され、Appleのように薄型化や防水防塵対策を目的として早くもヘッドフォン端子をスマートフォン本体から廃止してしまったメーカーもある昨今、音質向上のためならば配線の本数が増え専用ジャックの別途搭載が必要となるバランス出力の採用も辞さず、それどころかオーディオ回路別基板化で本体が分厚くなることさえ許してしまうオンキヨーの心意気と覚悟には、例えそれが手法としてオーディオの王道であるにしても、また自分がiPhoneユーザーであるにしても、共感を覚え応援したくなってしまいます。

ONKYO DP-X1製品紹介ページに掲載されたACG駆動とBTL駆動の概念図それぞれ一長一短であることが示されている

ONKYO DP-X1製品紹介ページに掲載されたACG駆動とBTL駆動の概念図
それぞれ一長一短であることが示されている

なお、この機種ではアンプ回路をオンキヨー独自開発のACG(Active Control GND)駆動とバランス出力で一般的なBTL(Bridged Transless)駆動で選択利用できるようになっています。

このACG駆動はBTL駆動で逆相接続に使う方のアンプをグラウンドの電圧制御に利用し、リアルタイムで電圧変動を打ち消すよう動作させて常時0Vを維持させることでセパレーション性を維持しつつ安定性を向上させるという仕組みです。

この方式は実態として音声信号そのものの扱いについてはアンバランス出力同様となって、利得の増加やノイズキャンセルという観点ではメリットが全く無い代わりに、グラウンドが0Vで維持されることから見通しの良い安定的な音が得られるのが特徴とされています。

グラウンド電位の変動、あるいはその管理の難しさはオーディオ機器では真空管アンプの昔から常に問題とされてきたこと※注10ですから、そこにメスを入れたこの駆動方式は音量・音圧の確保という点では不利なものの、音質的にはBTL駆動時にない繊細な表現などの点で音質の良さが得られるものと期待できます。

 ※注10:真空管アンプの場合、各回路からのグラウンド信号線をどの場所で、どのようなつなぎ方で接地するかだけでも音が激変することがあり、この種のアンプを設計製作する人々の悩みの種となっています。

まぁ、このあたりは好みが分かれるところですから、選択肢が提供されることは大いに喜ばしいと言えるでしょう。

なお、このDP-CMX1のこうしたオーディオ回路周りの設計は、その多くを先行製品であるポータブルオーディオプレーヤーのDP-X1という製品(2015年12月発売)の物を踏襲しています。

DP-CMX1でUSB端子が最新のType-Cコネクタではなく、micro USB Type-Bコネクタのままなのも、あるいはこのあたりの事情故なのでしょうか。

スマートフォンとは思えないギミック・回路の数々が魅力だが問題は重量か

以上、オンキヨー DP-CMX1についてみてきました。

ONKYO DP-X1 製品紹介ページDP-CMX1に先駆けること約1年少々のデジタルオーディオプレーヤー。DP-CMX1登場の布石となった機種と言える

ONKYO DP-X1 製品紹介ページ
DP-CMX1に先駆けること約1年少々のデジタルオーディオプレーヤー。DP-CMX1登場の布石となった機種と言える

正直なところ、いかにAndroid搭載のデジタルオーディオプレーヤーとして4.7インチディスプレイ搭載のDP-X1を既に出していたとはいえ、スマートフォンというカテゴリのデバイスについて全く未経験だったオンキヨーが、割と容赦なくハイエンドオーディオの文脈・回路ノウハウを山盛り状態で持ち込んだ製品で、(こう言うと失礼なのですが)ここまでまともな形にまとめ上げたというのは意外でした。

ポータブルオーディオプレイヤーとスマートフォンの間に暗くて深い溝があることは、iPodとiPhone、あるいはウォークマンとXperiaを見ていれば容易に気づくことですが、それを乗り越えて誕生したこの製品はなかなかに魅力的です。

この製品の発表の際に公開されたプレスリリースを良く読むと、末尾にこの製品の開発にあたっては富士通の子会社である富士通コネクテッドテクノロジー社※注11が協力したことが明記してありました。

 ※注11:同社は携帯端末の研究、開発、設計、製造、販売、企画および保守・修理サポートを事業として2016年2月に富士通から分社した会社で、つまりかつての携帯電話時代からの富士通・東芝の技術と伝統を引き継ぐ会社ということになります。

あるいは、この製品でオーディオ回路部だけが独立した基板構成となったのは、富士通コネクテッドテクノロジーが手がけたスマートフォンとしての基板と別立てで開発する体制であったためなのかもしれません。

いずれにせよ、バランス出力ヘッドフォン端子搭載をはじめオーディオマニア的には大変魅力的なギミックが一杯のこの機種ですが、スマートフォンとしてみた場合には10万円近いそのお値段※注12…ではなく、LTEの対応バンドの少なさとそのあまりに大きな本体重量といった実用性の面がネックとなるかも知れません。

 ※注12:オーディオマニアは総じて音さえ良ければ価格は見なかったことにする人種なので、出てくる音が彼らの好みに合いさえすれば、これは恐らく問題とはならないでしょう。

本体の重さが234gというのは、iPhone 7の4割増、iPhone SE比だと倍以上ですから、いくら5インチディスプレイ搭載で3000mAhの大容量バッテリー内蔵、しかもアルミ削り出しの筐体を採用しているとは言え、最近のポータブルオーディオデバイスとしてみると破格の重さ※注13です。

 ※注13:もっとも、これでも四半世紀ほど昔の高音質ポータブルオーディオ機器と比較すると格段に軽くなっています。1990年頃に音の良いポータブルオーディオ機器を求めた人々は、本体だけで420g、フル充電状態でも2時間しか持たない210gのニッカドバッテリーパックを組み合わせたDATレコーダーのSONY TCD-D3なんて代物を肩から提げて、それも予備のバッテリーを何本も携行して使っていたものでした。それを考えればこのDP-CMX1の234gという重量は音さえ良ければ無視できる性質のものと言えるかも知れません。

この機種の成否は、この重さを許容できるだけの、この重さでもこの機種を持ち歩きたいとユーザーを納得させられるだけの音質が得られるかどうかにかかっていると言えるでしょう。

いずれにせよ今後の展開が注目される機種です。

▼参考リンク
GRANBEAT | SMARTPHONE | ONKYO
GRANBEAT | SMARTPHONE | ONKYO
Dual SIM 対応 SIM フリーハイレゾスマートフォン“GRANBEAT”を新発売(PDF)
オーディオ&ビジュアル製品情報:ヘッドホン>DP-X1|オンキヨー株式会社
ESS Technology :: 9018C2M
富士通コネクテッドテクノロジーズ

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