Galaxy Note 7と付属のSペンのイメージ双方の防水対応実現により、このような過酷な状況での手書き認識対応が可能となった

Galaxy Note 7の結末 ~サムスン期待の新星はいかにして終焉を迎えたか~(後編)

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by [2017年1月12日]

前編ではサムスン電子がAppleの新製品に対抗する機種として市場に先行投入したGalaxy Note 7がどのような問題を起こし、どのような対応・対策が採られてきたかを見てきました。後編ではこの機種のリコールの問題点やこのリコールでサムスン電子が喪ったものについてみてゆきたいと思います。

不具合対応の難しさ

Galaxy Note 7と付属Sペンのイメージ防水防塵対応もあって、この機種に対する期待は大きなものがあった

Galaxy Note 7と付属Sペンのイメージ
防水防塵対応もあって、この機種に対する期待は大きなものがあった

さて、このGalaxy Note 7のリコールですが、未だ遅々として進んでいません。

サムスン電子による交換特典が11月末で終了した段階で全世界的には70%前後の回収率(※注)で、実際に販売された180万台中約54万台ものGalaxy Note 7がいまだ使用され続けているとのことで、2016年内の交換プログラム終了までに全数の回収が完了できたかどうかが危ぶまれる状況となっています。

 ※注7:例外的にアメリカでは12月9日の時点で93%と高い回収率に達していることが明らかにされています。航空機の利用が日常的となっていて機内持ち込み禁止のデバイスでは非常に不便なことがその一因と考えられますが、早い時期から発火・爆発事故がこの国で報告されていたことも影響していそうです。

これは「ごね得」とでも言えばよいのか、韓国などで最後まで交換せずに渋った方が結果としてよりよい条件での機種交換が期待できると考える人がいることや、その交換のための手続きが煩雑で、サムスン電子から送られてきた防爆仕様の特別な箱に入れて「航空便以外」で運ぶ必要があること、ユーザー層が多忙なビジネスマン主体で機種変更のための時間を確保するのが厳しいこと、それに機種変更の対象となったのがGalaxy S7やGalaxy S7 Edge、つまりGalaxy Note 7よりも先行して発売された、機能的・性能的にGalaxy Note 7よりも見劣りする機種しかないことへの不満などの要因が指摘されています。

このGalaxy Note 7はAndroid搭載スマートフォンとしてみると本当に高性能・高機能でした。最新鋭の機種を好きこのんで購入・使用する、いわゆる「アーリーアダプター」と呼ばれるユーザー層にとっては、今更Galaxy Note 7より9ヶ月も前に発売された、性能の劣るGalaxy S7・S7 Edgeに交換されても何のメリットもない訳ですし、何より内蔵スタイラスペンの使い勝手の良さを評価してこの機種を選んだユーザーにとっては、それのないGalaxy S7・S7 Edgeは選択肢たり得ません。また、だからといって現在の最新機種から1世代は前のGalaxy Note 5へ今更のように機種変更するというのも納得行く話ではありません(※注8)。それなら交換プログラムで次世代機種が選択できるようになるまで様子見をしようという考えになっても不思議はないでしょう。

 ※注8:Galaxy Note 7を発売直後に購入するようなユーザーであれば、その直前までGalaxy Note 5を使用していた人も少なくなかった筈です。そうした人にとっては、Galaxy Note 5を交換対象として提示されても馬鹿にされたような気分にしかならないのではないでしょうか。

また、販売の際にキャリアによる手厚いインセンティブ施策が行われるのが一般的な携帯電話・スマートフォンの場合、よほど充実した補償策を講じなければユーザーを満足させるのは難しく、またワールドワイドで販売された製品であるが故に、1国で適用された補償策が他の販売先各国でも同様に適用されないと、国単位でのブランドイメージの低下、ブランドに対する不信感を招くことになりかねません。

さらにニュースなどで報じられたところによれば、一部の販売代理店では持ち込まれたGalaxy Note 7の交換プログラム実施の際にその店が特典として付けた景品を未開封のまま返却するか、さもなくばそれと同額を支払わねば交換を拒否するという、販売代理店側が緊急性の高い今回の交換プログラムの趣旨を理解しているのか疑わしいような事態が発生していた(※注9)とされ、これも回収率伸び悩みの大きな要因となっていたようです。

 ※注9:サムスン電子自身も当初、自社がつけた景品を回収するという考えだったのですが、この方針は世論の猛反発にあってさすがに早期撤回されています。

Galaxy Note 7に対するバッテリー充電機能を殺すソフトウェアアップデートの配信時期を遅らせることを告知するVerizonのプレスリリースアメリカの大手キャリアでは同社のみが、旅行シーズンの利用に配慮してこのような決定を行った

Galaxy Note 7に対するバッテリー充電機能を殺すソフトウェアアップデートの配信時期を遅らせることを告知するVerizonのプレスリリース
アメリカの大手キャリアでは同社のみが、旅行シーズンの利用に配慮してこのような決定を行った

なお、リコールがなかなか進まないことに業を煮やしたのか、サムスン電子は12月9日付けでアメリカ市場向け出荷分について12月19日にソフトウェアアップデートを配信、これにより全てのGalaxy Note 7の内蔵バッテリーパックへの充電を禁止しモバイルデバイスとして使用できなくする(※注10)ことを予告し、さらにリコール対象をGalaxy Note 7全てに拡大した上で、他のサムスン製スマートフォンへ交換(※注11)する場合には最大100ドルのインセンティブをユーザーへ支払い、既に交換済みで過去のリコールプログラムによって25ドルのインセンティブ支払いを受けていたユーザーには追加で最大75ドルのインセンティブ支払いを実施、そして返品あるいは他社製スマートフォンへの交換を希望する場合にも25ドルのインセンティブ支払いを行うことを自社ページで案内しています。

 ※注10:このアップデートについては、アメリカ最大手のキャリアであるVerizonは「We want to make sure you can contact family, first responders, and emergency medical professionals during the holiday travel season.(休暇の旅行シーズン中に家族や第1応答者(日本で言う救急隊に相当)、それに緊急医療専門家と連絡できるようにしたい)」として2017年1月5日まで配信を行わないことを発表しています。なお、サムスン電子のアップデート予告では「to work as mobile devices」とあるため、USBコネクタ接続による給電と動作は機種交換でデータ転送を行う際の必要性などから許容されている可能性があります。
 ※注11:この交換対象には、本体を交換してしまえば持っていても意味が無くなるGalaxy Note 7の専用オプションも含まれます。

リコールに応じた時期で顧客の受けるインセンティブに差がつくのは避けねばならないとは言え、少なくない台数について1台あたり当初予定から最大75ドルの追加負担が増える訳ですから、サムスン電子の負担は並大抵ではありません(※注12)。

 ※注12:もっとも、合計100ドル程度で心証を悪くさせたユーザーのサムスン電子製品に対する忠誠心を維持できる/自社製品の顧客としてつなぎ止めることができると考えれば、広告宣伝費の範疇で考えれば安いものだという指摘もあります。

サムスン電子が喪ったもの

今回のGalaxy Note 7のリコールとそれに続く短期間での生産終了は、当然のことながらサムスン電子の経営に甚大な影響をおよぼしました。

2016年10月半ばの時点でサムスン電子自身が発表した7月~9月期の直接費用と、以後の機会損失額(※注)の合計はざっと8兆ウォン、つまり現在の日本円に換算して約7800億円ほどと推計されています。

 ※注:Galaxy Note 7の販売機会を逸して失ったと推計される利益額。

公表されたこの7月~9月期のサムスン電子全体の営業利益は5兆2千億ウォン(約4800億円)で、前年度同期と比較して29.67%の大幅減、当初予想と比較しても2/3となっており、当初予定の期内営業利益を丸ごと吹き飛ばしてしまった格好で、この期間だけでも甚大な影響があったことが見て取れます(※注13)。

 ※注13:この数字でさえ、最新の3D-NAND技術によるフラッシュメモリや有機ELディスプレイパネル、それに高速動作するDRAMといった最先端技術による収益性の高い製品の好調があってようやく達成されたものです。なお、サムスン電子の2016年10月~12月期についてはこれらにより営業利益8兆ウォン到達が見込まれています。

製品のリコールにかかる費用負担は少なくとも交換・返品プログラムの終了までは続きますから、続く10月~12月期および2017年1月~2月期の営業利益でどのような数字が出るのかを見ないと全体としてどの程度の被害となったか明らかにならないのですが、いずれにせよ現状で判明しているだけでも、規模が小さめで財政基盤の弱いスマートフォンメーカーなら確実に即倒産となってしまう金額(※注14)です。

 ※注14:逆に言えばサムスン電子がそれだけ規模の大きなメーカーで、このGalaxy Note 7が1千万台規模と大きな販売実績を期待される前評判の良い、そして単価の高い製品であったからこそ、そこまで被害が拡大してしまったと言えます。

ちなみに、2016年のこの期間に世界中のスマートフォンメーカーの営業利益を合計した金額は94億ドル、つまり1兆1千億円ほどで、サムスン電子のスマートフォン事業を担当するIM(IT・Mobile)部門単独での営業利益は約1千億ウォン(97億4千万円)しなかなったとのことです(※注15)です。

 ※注15:現在の世界のスマートフォンメーカー各社の中で最も高い営業利益を上げているのはAppleで、同社だけで全体の91%、85億ドル(約9956億円)もの営業利益を得ています。言い替えると、営業利益ベースで見るとAndroid搭載端末を製造販売しているメーカー各社は残りの9%、9億ドルしか利益が出ていないということで、いかにAppleの経営が効率良く行われているかが見て取れます。AndroidとiOSのシェアの評価については、単純な稼働端末台数での比較だけでなく、こうした利益面での効率性なども勘案する必要があるでしょう。

しかも、サムスン電子が負担せねばならない費用はこれらばかりではありません。協力メーカー各社に発注していた部品の完成品在庫全数について当初の契約通り納品単価で買い上げ、仕掛かり品の在庫については工程進捗状況により工程原価での買い上げ、そしてそれらの製造のために各社が購入した副資材の各社購入単価での全額補償などといった補償措置(※注16)のための費用だけでも最悪で3000億ウォン、つまり292億円ほどになると推定されており、さらに各国のユーザーによる訴訟への対策費用も必要となるため、さらに金額が上乗せされることは明らかです。

 ※注16:こうしたメーカー群にはサムスン電子からの発注に依存する規模の小さな企業が少なくなく、これらの発注済み部品を単純にキャンセルされるとそれだけで大量かつ連鎖的な企業倒産を引き起こす恐れがあって、またサムスン電子自身にとってもそれらのメーカーから納入されている他機種用部品の安定供給に悪影響をおよぼしかねません。これはそうした影響に配慮した対応であると言えます。

加えて、サムスングループ全体で見ると結果的に濡れ衣を着せられて株価暴落となってしまったサムスンSDIやその協力会社の受けたダメージも無視できません。

Apple iPhone 7 Plusサムスン電子が仮想敵として想定したとされる機種だが、Galaxy Note 7の自滅でむしろ敵に塩を送る結果となってしまった

Apple iPhone 7 Plus
サムスン電子が仮想敵として想定したとされる機種だが、Galaxy Note 7の自滅でむしろ敵に塩を送る結果となってしまった

また、ブランドイメージについては数値化・金額化が難しいのですが、Galaxy Note 7のリコールと生産終了で他社製品、例えばLG電子のV20やAppleのiPhone 7 Plusなどに流れた顧客は少なくないでしょう。

先代にあたるGalaxy Note 5もその一つ前のGalaxy Note 4も日本では未発売で、いわゆる技適の問題もあるためGalaxy Note 3からの乗り換え先として日本の大手キャリアからの発売が予定されていたGalaxy Note 7に期待していた日本のユーザーの失望感も並大抵ではありませんでした。

このあたりのダメージは、後になるほど効いてくる性質がありますから、数年後に見ると、予想以上のシェア喪失となっていたという可能性も否定できません。

拙速の代償はあまりに大きすぎた

「拙速は巧遅に勝る」という言葉が「孫子」にありますが、こと長期間使用される工業製品の場合は、むしろ逆で「巧遅は拙速に勝る」ことが少なくありません。実際、今回サムスン電子が受けた/これから受ける損害の大きさを考えると、拙速は近視眼的な販売戦略的には有益でも、製品の品質保証やブランドイメージの維持といった長期的観点では最悪の結果をもたらしてしまう危険性があることは明らかです。

今のスマートフォンでは内蔵バッテリーパックの交換が可能な機種は珍しくなっているため、内部のバッテリーがどのように収まっているかを目にする機会はほとんどないのですが、Instrumentalの記事に掲載された内部写真は、素人同然の筆者でも不安に思いました。恐らく今後発表されるであろうサムスン電子による調査報告ではその点が明確に説明されることを期待したいところです。

▼参考リンク
[Official Statement] Galaxy Note7 – Samsung Newsroom
Samsung Establishes U.S. Product Exchange Program for Galaxy Note7 – Samsung Newsroom
Samsung Will Ask All Partners to Stop Sales and Exchanges of Galaxy Note7 while Further Investigation Takes Place – Samsung Newsroom

Statement on the U.S. Department of Transportation’s new order to ban all Galaxy Note7 devices – Samsung Newsroom
Galaxy Note7 Update – Samsung Newsroom
Samsung Taking Bold Steps to Increase Galaxy Note7 Device Returns – Samsung Newsroom
Galaxy Note7 Safety Recall and Exchange Program

Verizon statement regarding Samsung Galaxy Note7 | About Verizon

サムスン「250万台のノート7を全量交換」 | Joongang Ilbo | 中央日報
<ギャラクシーノート7生産中止>サムスン電子「今後の損失3兆ウォン台半ばの見通し」 | Joongang Ilbo | 中央日報
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Aggressive design caused Samsung Galaxy Note 7 battery explosions — Instrumental Millions of Things
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