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「尖った」ウォークマンの復活 ~NW-ZX1~

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by [2013年9月30日]

今から四半世紀ほど昔、まだiPodも携帯MP3プレーヤーも影も形もなかったその頃、携帯音楽再生機器の代表と言えば、間違いなくソニーの「ウォークマン」シリーズ(※カセットテープ再生用)でした。当時をご存じの方には、WMで始まる型番のそれらの機種を購入された経験がおありの方が、決して少なくないと思います。

当時、あれほど多様な製品バリエーションと、あれほどデザイン、機能、あるいは音質にこだわった製品群で熱烈な支持を得ていた「ウォークマン」というブランドが、iPodの台頭と共にいかにして凋落していったか、についてはそれだけで本が一冊書けてしまうほどのエピソードがあるのですが、ともあれ、1980年代後半から1990年代初頭にかけての時代、つまり日本経済がバブル経済の好景気に沸いていたあの時代、ソニーのウォークマンこそが携帯音楽再生機器の王様だったことは否定の余地がありません(※そもそもこのジャンルを創始したのがソニーだ、という事情もあるのですが)。

音が良ければ全てが許される

その頃のソニーだけでなく、高級オーディオ機器メーカー全般に言えることなのですが、ハイエンドで高音質を謳う機種では、その種類を問わず音質改善のためになるのならばどんな手段の行使も許される、という風潮があります。

一方、2001年にデビューした、AppleのiPodがそうした重厚長大路線に一石を投じ、シンプルな操作体系と驚くほどのコンパクトな筐体、それに圧縮技術の採用による当時としては破格の収録可能曲数による扱いやすさで、携帯音楽再生機器の市場に革命を起こしたのは疑いようのない事実です。

それは、「使い勝手が全てに優先する」、メディアプレーヤーであるiTunesを中核に据えたパソコンメーカーならではの製品であり、先に挙げたような「音に全てが奉仕する」ことを許容してしまうソニーの技術至上主義とでも言うべきスタンスと、真逆の発想、真逆の立場に立つ製品であったと言えます。

そのため、iPodに市場を席巻された後のソニーは、自らの開発方針に迷いが生じたものか、また、iPodのような製品が傘下にレコード会社を抱える自社の方針と相容れないこともあってか、「ウォークマン」ブランドの携帯音楽再生機器の企画開発で長らく迷走を続けてきました。

「音の良い」ウォークマンの復活

そうしてソニーが迷走を始めてからおよそ12年、十二支が一回りしてようやく、「音が良いことに全てが奉仕する」ウォークマンが帰ってきました。

その名はNW-ZX1。

ソニー伝統の最上位機種を示す識別子「Z」をその型番に冠し、4インチディスプレイを搭載し背面下部だけがやたら分厚くなった特徴的な形状の筐体を備える、Android 4.1搭載機です。

SONY NW-ZX1

この機種の何より大きな特徴、それはFLACフォーマットの場合限定ですが、最大でサンプリング周波数192kHz、量子化ビット数24ビットのいわゆるハイレゾリューション(高解像度)音源に、ソニーのメモリータイプウォークマンとして初めて対応することです。

ハイレゾリューション音源とはなんぞや?

サンプリング周波数と量子化ビット数、と言っても何のことか良くわからない方もおられるかも知れません。

要するに、サンプリング周波数というのは音の波形があった場合、その波形をどれだけ細かく刻む(サンプリングする)か、という時間軸方向の分解能を示し、量子化ビット数というのは、ある時間における音の大きさをどれだけ細かく区切るか、という音量を示す軸の方向の分解能を示すものです。

つまり、サンプリング周波数も量子化ビット数も大きければ大きいほど、精密に元の音の波形を復元できるようになるため、必然的に音が良くなります。

具体的には、今私たちが日常利用している音楽CDのサンプリング周波数が44.1kHzで量子化ビット数が16ビット、と言えばこのNW-ZX1で扱えるサンプリング周波数192kHz、量子化ビット数24ビット、というスペックの凄さが理解して頂けるのではないかと思います。

もっとも、このハイレゾリューション音源、当然ながら情報量もその解像度が高くなるのに比例して増えるため、同じストレージ容量しかない場合、必然的に保存できる楽曲の再生時間が短くなります。

これまで、12年も携帯デジタル音楽プレーヤーが市販されてきたのに、いつまで経ってもサンプリング周波数がCD-DA並の44.1kHz、あるいはDVD VideoやDAT並の48kHzで収録された音楽データが一般に流通してきたのは、正にこの容量問題が大きく影響していたのです。

そのため、このNW-ZX1では内蔵ストレージ容量を現行で一番大きな容量の内蔵ストレージを備えるスマートフォンの倍にあたる128ギガバイトに倍増し、しかもそれ以外の容量のモデルを用意しない、という対策を採っています。

この位の容量があれば、ハイレゾリューション音源のデータばかりを保存しても、充分実用になる、という判断なのでしょう。

問題は、現状ではいわゆるマスターテープレベルでサンプリング周波数192kHz、量子化ビット数24ビットで製作された市販音楽ソフトがそれほど多くないことです。

もっとも、ソニー限定で言えば、こうしたハイレゾリューション音源とは全く別のアプローチ(※サンプリング周波数2,822.4kHzと超高周波数でサンプリングし、量子化ビット数を1ビットとしています。この方式では原理的に、可聴域を遥かに超える周波数帯の音まで記録可能となりますが、その反面圧縮効率が悪く、実用を考えれば可逆圧縮(ロスレス圧縮)で無圧縮の1/2程度にしかできません)で開発されたSuper Audio CD、つまりSACDとして知られる記録媒体の開発元であり、CDを遥かに超える情報量を備えた録音データの蓄積が進んでいるため、それをフォーマット変換すれば済みます。

そのため、対応市販音楽ソフトのラインナップ整備に決定的に困ることは恐らくないでしょう。

音源に見合った再生回路

さて、音楽のソースレベルで解像度が上がっても、変換・出力する再生回路部分の分解能が低ければ、折角のハイレゾリューション音源も宝の持ち腐れです。

そのため、このNW-ZX1では現状で考えられる限りの手が尽くされ、高音質化が追求されています。

その筆頭となるのが、S-Master HXと名付けられた、新世代のフルデジタルアンプ回路です。

この種の携帯音楽再生機器では従来、一旦DAC(Digital Analoog Coverter:デジタル-アナログ変換器)と呼ばれる回路でデジタル信号による音声データをアナログ音声信号に変換して、微弱な出力のそれを、アナログアンプと呼ばれるトランジスタなどの増幅素子を組み合わせた回路に入力・増幅することで、必要な音量の音声信号を作り出すようになっていました。

一方、デジタルアンプの場合、DACに相当する回路部分で、デジタルレベルで音量を増減し、必要な音量のアナログ音声信号を直接作り出して出力します。

アナログアンプの場合、原理上どうしても電力変換効率が低いのですが、デジタルアンプの場合、アナログ音声信号を出力する部分で高速スイッチング素子を利用するため、電力変換効率が良く低発熱=より少ない消費電力で音声信号を増幅でき、しかも回路をシンプルに低コストに構成できる、というメリットがあります。

もっとも、一見良いことずくめのこのデジタルアンプ、これまでほとんど利用されてこなかったのには訳があります。

実はデジタルアンプ、スイッチング素子を利用するために、ただ漫然と作っただけでは小音量時にどうしてもノイズが乗りやすく、しかも額面上の音量の割に馬力感が出ない(※特に人の歌声や弦楽器などの生演奏で、張りのある豊かな音が再現できず、平板になりがちです)、という問題があるのです。

そのため、このNW-ZX1ではヘッドフォンアンプ部の電源を+と-で別々にし、さらにLチャネルとRチャネルでも別々にすることで、つまり4系統の独立した電源回路からそれぞれ給電することで、急激な音量の変化などによる電力消費の変動に迅速に応答できるようにすることで、より繊細で力強い音が出力できるようにした、とされています。

さらに、音声出力段のフィルターに温度特性の良いフィルムコンデンサを採用、ヘッドフォンアンプのカップリングコンデンサ(※本来、出力信号で直流が流れてスピーカーやヘッドフォンを破損させるのを防ぐために挿入される部品です。この機種の場合、フルデジタルアンプ、かつ+と-で別々の電源を搭載していることからこのような構成が実現しています)除去による周波数特性の改善や位相遅れの改善、電源回路への導電性高分子タンタル固体電解コンデンサ(POSCAP)や導電性高分子固体電解コンデンサ(OS-CON)といった低ESR、つまり等価直列抵抗値の低いコンデンサの採用による電源回路そのものでのノイズ除去やスイッチング素子の出力平滑化、といった徹底した音質改善対策が講じられています。

SONY NW-ZX1の背面(中央)およびアルミ合金削り出しモノコックボディ(右)
真鍮削り出しのボタン群をふくめ、まるで高級カメラのような質感であるが、それだけに下部背面の電源ブロックを収めた部分の膨らみが目立つ。

これらの対策は、いずれもハイエンドオーディオ機器では定石の設計手法なのですが、その反面、回路規模や部品寸法が大きくなるため、電源回路や増幅回路部分の容積が必然的に大きくなってしまう、という問題があります。特に、OS-CONは構造上一定の背の高さが必要なため、この部品の寸法(+基板と筐体の厚み)よりも薄い外形寸法の筐体が造れません。

そして、やはりというかこの機種でもこれが問題となっており、アルミニウム合金を削り出して造られたモノコックボディの下側が大きく膨らんで分厚くなる、というこれまでにない形状となっています。

手に持った場合の重量バランスを考えると、下手に同じ厚さで重心が定まらないような筐体よりも、むしろ重心が下方に寄っている筐体の方が持ちやすいのですが、いずれにせよこれは厚みの問題を無視してでも音質を優先した、ということで、この機種での音質向上に賭けるソニーの熱意が見て取れる部分です。

何にせよ、ここまで記した音質改善対策(他にも色々あるのですが)はどれも正攻法のストロングなものばかりで、これならば相応の音質が期待できそうです。

DATウォークマン使いの筆者に初めて「欲しい」と思わせたメモリータイプウォークマン

実を言うと、ここまで12年の間、特に後半のここ6年ほどに限って言えば、ソニーは高音質路線への回帰に様々な努力を重ねていました。

例えば、初のビデオ再生対応機でありながら付属ヘッドフォンをはじめ音質にこだわり抜いた設計であったNW-A800(2007年)や、フルデジタルアンプのS-Master MXを搭載し、FLACファイル再生にも対応したNW-Z1000シリーズ(2011年)といった歴代ハイエンド機種では、なにがしかの高音質化への努力や工夫が見られ、実際にも高音質なことでiPodに奪われていたシェアの奪回に大きく寄与してきました。

もっとも、その一方でこれらはソフトウェア面や使い勝手の面での不満が結構あって、例えばパソコン側のメディアプレーヤー、つまりiPodでいうiTunesに相当するアプリが何度も作り直しになって名前から変更される、という事態が繰り返されてきていました。

そのため、筆者の物欲を微妙に刺激しない機種が続いていたのですが、今回のNW-ZX1は違いました。

そういうソフトがどうこうという問題以前にハードの作り込みだけで「欲しい」と筆者が真剣に思ったソニー製ウォークマンは、最後のDATウォークマンとなったTCD-D100(実は今も手元に残してあって時々使っていたりします)以来、本当に久々です。

特に、ソニー製ウォークマンで長らく最大のアキレス腱となってきたヘッドホンジャック周りが作り込まれ、真鍮削り出しの円筒状パーツに包み込まれた形になっているのを見て、「ああ、これはわかっている」と思ってしまいました。

実物を見ないことには怖くて即断ができないのですが、この造りなら、色々期待してもよいのではないでしょうか。

▼参考リンク
ウォークマン®史上初 CDの音質を超えるハイレゾリューション・オーディオ音源に対応した『NW-ZX1』、『NW-F880シリーズ』を発売

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